第5章 16
その場から動こうとしない訓を励まし、秀を埋葬させたのは聖歌隊だった。皆、十字を切って秀に最後のお別れをした。泣きじゃくるアンヌを、イザベルが慰めていた。翠瑠は、ぶるぶると怯えたように震えていた。誰かが秀の両親を連れてきてくれた。
秀が首から下げていた十字架を秀の手に握らせ、上から土をかけていく。完全に顔が見えなくなっても、重ねた土が盛り上がるまで同じ作業を続けた。秀の両親もやはりキリスト教徒で、泣きながら祈っていた。彼らにかける言葉が見つからず、訓は沈黙するしかなかった。
「先生」
ジャンが訓を見下ろして質問した。
「おれたちはこれから何をしたらいいですか?」
「お前はまず傷の手当てをしておいで。傷口から毒が入ったらいけないから」
「平気です、これくらい」
頬をばっさり分けた切り傷を撫で、ジャンが呟く。
「聞きました? ピエトロを殺したの、王姉妹らしいですよ。ピエトロ一人に対してあいつらは二人でかかってきたんですって」
いつか、絶対に殺してやる。憎悪に満ちた声でジャンは小さく呟いた。それを聞いた訓は、思わず声を荒げていた。
「やめろ。お前たちはもう戦うな」
「でも、また敵はやってくるんでしょう!」
ジャンの叫びに、子どもたちが振り向く。
「あいつらがおれたちを殺す前に、一人残らず殺さないと。もう、誰も死んでほしくないんだ」
「お前にもな、拓」
ジャンがひるんだ。訓は子どもたちを見回し、こう命令した。
「ついておいで。大事な話がある」
翠瑠を含めた聖歌隊がぞろぞろと列を為す。秀一家をその場に残して。
人気のない木立の中で、訓は子どもたちに向き直る。
「いいか、これは俺からの命令だ。今すぐにここを離れて……出来るだけ遠くに逃げなさい」
真っ先に反応したのはマリアだった。
「どうしてです? 意味が分かりません」
「お前たちはこのまま戦いに参加してはいけない」
「でも、どうせ戦は終わりましたよ」
「終わりじゃない。すぐにまた泥沼の戦いが始まる」
脅しではなかった。反乱軍を皇帝がそのまま放置しておくはずがない。北部の二将を投入するか、軍隊を増強するか。いずれにせよ、宮廷は何としても反乱を叩き潰したいはずだ。
「逃げるって……どこへ?」
「森の中を北へ進め。宮廷の手が届かない深い森の中に、お前たち全員がのびのびと暮らせる村がきっとある」
「先生も一緒ですよね」
訓は首を横に振った。
「俺は残って戦う」
そんなのずるい。口々に文句を言う子どもたちを睨みつけることで黙らせた。
「この反乱は……」
訓は声を低めた。
「成功するか否か、まだまだ先が読めない。人の命を山と積んだ博打に子どもたちまで載せたくはない」
「失敗するかもって思っているんですか?」
カトリーヌが尋ねた。
「成功すると良いとは心から思っている。だが……」
まだ反対するのは血気盛んなジャンだった。
「おれたちがいたら、皆の勝利に貢献できると思いますけど」
「役に立つ、立たないの問題じゃない! これ以上の危険に晒したくないから今こうして頼んでいるんだ。何故分からない?」
いつの間にか、華が近づいてきていた。そっと訓の側に立ち、華も訓に加勢した。
「私も訓さんに賛成です。元々、子どもを巻き込んではいけなかったんです。__文懐様も、後悔しておられます」
華は淡々と語った。
「伝令の、福という子を覚えていますか。あの子も今回の戦いで命を落としました。敵は、私たちにとって子どもたちがどんなに役に立っているかを知り、途中からは子どもを敢えて狙い撃ちする戦法を実践していました。子どもはすばしこいけれど、経験には乏しいし力もまだ弱い。熟練の兵士が本気を出せばあっさりと殺せてしまうんですよ。このままあなたたちが戦闘に参加していたら、今以上の地獄を見ることになるんですよ」
その脅しは、子どもたちに効いたようだ。
「文懐様は、希望する未成年の子たちを嘉定に送り返す許可を下さいました。私と明さんが護衛を務めます。皆さんもどうか、逃げて下さい。戦いは、私たち大人に任せて」
一番に明瞭な返事をしたのはセシリアだった。
「分かりました」
華が微笑んでうなずく。訓は感謝の気持ちを込めて華を見た。彼女が嘉定に行くというのは初耳だったが。
「わたしたちも、嘉定に行けばいいんですか?」
訓は少し考え、否定した。
「嘉定も不穏だ。反乱軍が押さえている地域は、宮廷に目の敵にされるだろう。やはり、最初に言った通り__」
「北の森の中、ですか」
子どもたちの顔には不安がちらついている。
「言葉とか、通じるのかしら」
「中圻と南圻でそう変わりやしない。その気になれば、お前たちだけで一つの社を作ることもできる」
中圻(中部ベトナム)には未開の森が一帯に広がっているとの噂を思い出しながら訓は答えた。
「宮廷軍に捕まらないようにだけ、気をつけて下さい。そうだわ。莫随龍様も丁度北に向けて出発するそうだから、彼らの一団に加えてもらいましょう」
華が提案した。




