第5章 15
「マリア? どこに行くんだ?」
彼女は答えない。
「何があったんだ……?」
その返事を待っている間に、マリアは立ち止まった。森の中のぽかりと開けた空間に、聖歌隊が集合していた。マリアと訓が入って行くと、はっと一斉に顔を向けた。
彼らは泣いていた。土まみれの指で涙を拭うから、顔中が汚れている。大きな蠅が何匹も辺りを飛び回っており、羽音が耳障りだった。
何があったのか。その問いへの答えを、訓は一瞬で理解した。脚に震えが来て、真っ直ぐ立っていられなかった。地面に力なく膝をつく訓を、目の赤いジャンが支えた。彼も顔にひどい傷を負っていることに初めて気がついた。
聖歌隊は、ピエトロの遺体を囲んでいた。
埋葬するためだろう、即席で掘った深い穴が動かないピエトロの側にぽっかりと口を開けていた。
「秀」
訓は少年の本当の名前を呼んだ。少年の白い顔に蠅がとまった。激しい怒りが瞬時に湧いて、汚らわしいその虫を払いのけた。
「秀!」
怒鳴っても、きつく揺さぶっても、ピエトロ__秀は目を開けようとしない。掴んだ肌はぞっとするほど冷たく固かった。
こんなことが起きるはずがない。全て悪い夢か、あの忌々しい仙人の作り出した幻だ。そうに決まっている。あの元気な秀が目を覚まさないなんて、あり得ないのだから。陶磁器のように冷たく青白い顔で、しっかりと目をつぶっているなんて。顔を近づければ微かに腐肉の匂いがするだなんて、胸元に陰惨な刺し傷があって、既に蛆が湧き出しているなんて、世界がひっくり返ってもあり得ない__。
頬をぶつような鋭い泣き声が側で上がった。ゆっくりと秀から顔を上げると、セシリアが号泣していた。大龍の心臓を奪取して誇らしさに笑っていた時の面影はどこにもなかった。
やめろ。泣くな。そう叫びたかった。まるで、本当に秀が死んでしまったみたいじゃないか。こっちはまだ何一つ認めてないというのに。まるで、本当に秀が。こんなこと起きるはずがないのに。英路だけで十分だと、十分過ぎるほどの犠牲を払ったと悔やんでいたのに。
気づけば、涙が溢れて止まらない。頬が濡れて、拭うのも億劫だった。その場から動けないまま、訓は秀の体を抱き続けた。
これが現実だなんて、ひど過ぎる。こんなことが神の思し召しだというのか? 秀や英路は天国に行って、それで残された者は喜ぶべきなのか?
どうして、こんなことになった。神は愛ではなかったのか。訓は神を、運命を、阮朝皇帝を責めた。子どもに武器を持たせた反乱軍に怒りをぶつけたい衝動が湧いた。しかし、一番許せないのは、自分自身だった。危険を承知していながら、子どもたちが戦に加わることを許したのは他でもない自分だ。そもそも、子どもたちをキリスト教徒にしたのも自分だった。




