第5章 12
訓とセシリアが大龍の心臓を持って戻ってきたのは、それからしばらくした後のことだ。横たわったまま動かない文懐に妖しく光る玉を見せ、訓はいつものように澄ました顔でねぎらいの言葉を受け取った。
「一体どんな奇跡を起こしたんだ?」
周囲にそう尋ねられても、訓はぎこちない笑みを浮かべるだけではぐらかす。
早速玉を破壊すべきだと言う声が上がった。だが、交渉の材料とする方に軍配が上がった。理由は簡単、文懐だけでなく何人もの名士が同じような硬直状態に陥っていたからだ。この面妖な状況は仙人の仕業だと誰もが信じて疑わなかった。
交渉の場はすぐに開かれた。大龍は前に対峙した時よりも丁寧に振る舞っていたが、時折目に火花のような怒りが散っていた。仙人と名乗る老人は、訓が姿を現すと落ち着きをなくした。
仙人は、文懐の体を見えない力で縛ったのは自分だとあっさり告白した。それから、解いて欲しければ宝玉を返せと迫った。だが一方で文懐たちは、宝玉を壊されたくなければ術を解けと譲らない。
__結果として、戦況を膠着させる方向で合意された。ただし宝玉は文懐軍が確保したままだ。仙人の方は辛うじて今現在の術を解除したが、いつでも同じ仙術をかけられると文懐を脅した。双子の姉妹将軍はしばらく森の中で戦闘を続けていたが、大龍の軍が退却したことを知ると潔く森から逃げ帰った。
宮廷軍は平野に陣取り、反乱軍は森を境に南圻を押さえている。いつ破られるか分からないかりそめの平和がここに成立した。




