第5章 9
セシリアは、泉のほとりで起きた出来事を全て承知していた。だから、訓があっという間にあの恐ろしい将軍たちを従える様子も、さほどの動揺もなく見守っていたのだ。
大龍の前に出て行く前に、訓はセシリアにこう言った。大龍の心臓の在処が分かれば、即座に隙を突いて盗み出せ。心臓を貫いても死なないということは、体の外に取り出せるのだ。大龍の命を握るほど大切な物を、天幕や遠い都に置いておくことはないはずだ。
何、大龍が怖い? 心配するな。俺が体を張ってでも奴を止めてやる。警戒すべきは仙人だが、奴の仙術はお前には決して効かない。
訓の物言いがあまりに自信にあふれていたものだから、セシリアは信じて動いてみることにした。聖歌隊の中でも一番のすばしこさを誇る自分なら、仙人も出し抜けるという自負もあった。
将軍たちが地面にひれ伏した時、訓とセシリアの目が合った。微かにうなずきかけた訓の目は少し陰っていた。将軍の真っ直ぐな忠誠心を欺くのが決して本意ではないのだと、その目は語っていた。しかし、セシリアにはどうでもいいことだった。全身を耳にして、決定的な事実が引き出される瞬間を待っていた。
セシリアが仙人にぶつかった時、老人の異様な毛深さに彼女は動揺した。しかし素早く仙人の衣を探り、すぐに発見した。
彼女が取り出したのは、青と赤が入り混じった宝玉だった。
大龍が叫ぶ。仙人が憤怒の形相でセシリアに掴みかかる。彼の全身が大きな竜巻となって襲いかかってきた__が、セシリアはためらいなく仙人の腹を力いっぱい蹴飛ばした。
仙人がくの字に体を折り曲げる。訓に合図して、セシリアは敵の将軍から距離をとった。走り去る直前、ふと振り向くと仙人が呆然と叫んでいた。
「騙したのか! それに、何故わしの術がお前に効かぬ?」
セシリアは一つだけ答えてやった。
「私はカンボジアの民よ。胡散臭い大南の仙術なんか、効きっこないわ」
その後はもう振り返らない。走って逃げる間に、笑いがこみ上げてきた。将軍なんて言っても、案外間抜けだ。子どもに出し抜かれるなんて。




