7(夜ご飯)
怜はその後も途切れ途切れに目を覚まし、その度に怯えきった目で誰か来なかったかと尋ねた。そのため、ジャンは彼女の世話というよりはむしろ外の見張りに徹していた。
講義に行く前に、訓がジャンに囁いていった。
「いいか、怪しい者が来たらすぐ大人に知らせるんだぞ。自分たちだけで対応しようと思うな」
彼女の言う追っ手とは、何者なのだろう。日が沈むまでずっと訓の家の前にいたけれど、見知らぬ大人には出会わなかった。だけど、彼女の怯えっぷりはただ事じゃない。
夕方のミサが終わって、ピエトロたちが戻ってきた。彼らが持ってきた魚や野菜を訓の家のかまどで焼いた。干した牛肉を刻んだものと米の麺を入れたスープを作った。美味しそうな匂いが家の外まで流れ出した頃、訓も戻ってきた。
「丁度良い時間に帰ってきたようだな」
訓は上機嫌に言った。
「喜べ。高文司祭が怜の洗礼を提案して下さった。キリスト教徒になるなら我々で保護できるからな」
子どもたちは歓声を上げた。
「おじいちゃん先生、やるう」
上体を起こしていた怜は、緩慢に瞬きをした。
「私が……キリスト教徒に?」
「不満かね?」
「いいえ。何だか夢のようで……見知らぬ地で、こんなに親切にして下さるなんて」
「当然よ。だって、キリスト教徒は兄弟姉妹だもの。助け合わなきゃ」
夕食は実に賑やかだった。何しろ、十人が狭い家の中にひしめきあっているのだ。すこし身動きしても誰かに触れる。だが、誰もがその窮屈さを楽しんでいた。
焼いた芋をかじりながら、セシリアが噂話に花を咲かせる。
「聞いた? マリアたちと同い年のジャンヌが、明先生に告白したのよ。今日が最後だからって」
「えっ!」
アンヌが珍しく大声を出した。
「そ、それで、どうなったの?」
「明先生が断ったって」
「良かった……」
「明も聖職者だぞ。女の子の誘いを受けられる訳がないだろう」
アンヌが今度は失望の溜息をもらした。
「それに、ジャンヌを近づかせたら大変よ。あの子、すごいやきもち焼きなんだから。そりゃあもう鬼女のように明先生を束縛するわ」
「あんなに可愛いのに?」
「ミゲルは裏の顔を知らないだけ。あの子がアンヌや、明先生に憧れている子にどれだけ辛くあたったことか! 明先生の奥さんにでもなったら、嫉妬で先生を燃やしてしまうわね」
その時、怜がぶるりと震え、匙を落とした。気がついたジャンが匙を拾って渡したが、彼女は妙に硬直したまま虚空を見つめていた。