表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/132

第5章 6

 王姉妹の情報は、それまでにもいくらか入ってきていた。男に劣らぬ勇猛果敢な戦いっぷりと狡猾な戦略で、これまでにいくつもの反乱を潰してきた悲劇の姉妹。双子同士でしゃべらなくても心が通じるとか、どんな動物でも手なずける不思議な力があるとか、信憑性の低い噂も。


 果断な将軍というのは事実のようだ。アンヌを奪還した翌日、早速王姉妹の軍勢が森に攻め込んできた。霧のたちこめる朝の出来事だ。


 文懐軍は即座に迎え撃ったが、大人数でも規律のとれた宮廷軍は手強かった。鉄砲や爆弾を効果的に駆使して森を破壊していった。反乱軍に負けず劣らず西洋の武器を入手していたようだ。網で捕らえた王姉妹の兵士が持っていたのは、最新式の爆薬だった。後で分かったことだが、華僑商人が宮廷軍にも武器を売りさばいていたようである。


 宮廷軍の強みはそれだけではない。彼らは水のような透明な鎧をまとっていた。あの仙人の仕業に違いない。触ると冷たく濡れるその鎧のせいで、いくら火矢を放っても槍で刺そうとしても皮膚まで貫通しないのだった。


 一方、反乱軍を大きく助けたのはせっせとこしらえた罠だった。何十人もの宮廷軍兵士が穴に落ちて戦えなくなった。子どもたちは敵が落ちた穴をひたすら蓋で塞いでいった。だが、落とし穴が至る所に仕掛けられていると気がついた宮廷軍は、反乱軍の飛び石を渡るような走り方を真似るようになった。


 文懐は救護所兼司令部代わりの教会で焦れていた。森の中の戦いに数で勝る宮廷軍が慣れてしまったら、こっちが不利になる。早いところ宮廷軍を退却に追い込みたいのだが、決め手となる致命傷を負わせることがどうしてもできない。


 少人数での奇襲は、最初こそ効果があったが、今ではこちらのやり方を敵が覚えてしまった節がある。むしろこっちの方が、妖しげな仙術に戸惑わされてしまっている。向こうは歴戦の兵士を集めているのだから、対応力は格段に上だ。


 子どもたちが次々と、木の上からあちこちの戦況を報告し、また去っていく。どこも少しずつ押されているようだ。死者の数も見過ごせない。その上、大龍軍まで加勢し始めたという。思わず呻き声が漏れた。


「どんな手段でもいい、一気に奴らを始末できれば……」

 文懐の呟きに、傍らのマルシャンが反応した。彼がフランス語で何かを提案し、司祭がおずおずと通訳する。

「ここまで敵兵を誘導し、大量の爆薬で吹き飛ばすのはいかがでしょうか」

「教会と一緒に?」

 教会は今や火薬庫となっていた。しかし飾られた十字架や聖母子像は今も信徒のよりどころとなっている。わざわざフランスから持ち込まれた十字架を見上げ、文懐は首を振った。彼だってキリスト教徒なのだ。

 何でもない顔でマルシャンが言葉を重ねる。

「今は戦争中です。神も我々の苦渋の選択を許して下さるでしょう」

「本場の司祭様がそう仰るなら、」

 文懐はまだ少し迷っていた。しかしマルシャンだけでなく燈を初めとする家来たちや、クレティアンテの司祭までもが賛成するに及んで、とうとうその提案を受け入れた。

「火薬の半分は持ち出しておけ。それから、敵の兵士をここに集めろ。俺がこの中にいると声高に呼ばわれ」

「文懐様はどうなさるおつもりですか」

「ここで待つ。かかってくる猛者がいれば相手してやる。教会に残す火薬は、警戒されぬよう見えないところに隠しておけ」

 その時、訓が負傷者を担いで教会に入ってきた。近くにいたカテキスタが今し方の決定を伝える。訓は一瞬愕然とした表情になったが、さっとうなずいた。

 火薬をさらに森の奥に運ぶ者、十字架を壁から降ろそうと試みる者、爆破する火薬を配置する者で教会は一時混み合った。文懐は立ち上がり、大刀と鉄砲を引き寄せた。肩の痛みはもうほとんど回復している。

 大龍将軍は、木っ端微塵に吹き飛ばされても生きているのだろうか。ふとそんな疑問が湧いた。

 ふと、横たわっていた負傷者を抱え込んだ訓が目に止まった。文懐は彼に近づいていき、囁いた。

「お前は怪我もしていないな」

「……まあ」

「任せたいことがある。大龍の弱点を探れ。あいつがどうやったら死ぬのか、突き止めてこい」

 訓は目を見開いた。

「……私が?」

「できないなんて言うなよ? 誰もが全力を尽くしている。実力以上の成果を絞り出せ」

 大丈夫、きっとお前なら出来る。根拠のない励ましの言葉をかけた。本当は、訓でなくてもいい。誰に頼んでも、最善を尽くすと思っている。

 ただ、彼なら任務の途中で死ぬこともなく、しぶとく戻ってくるだろうと直感が働いただけだ。

「不安か。なら、仲間をつけてやる。双!」

「はい」

 あちらこちら働き回っていた部下の一人が、文懐の側でひざまずいた。

「この訓と一緒に、大龍の弱点を見つけてこい。手段は問わない」

「はい!」

 双はいつでもいい返事だ。その時、双の顔を見た訓が微かに首を傾げた。しかし何も言わず、訓もうなずいた。

「健闘を祈る」

「どうも……」

 訓と双が出て行ってから、文懐は教会の中で待った。燈からは先に逃げるよう進言されたが歯牙にもかけなかった。

 最初に飛び込んできたのは、若い兵士だった。喉を大刀の鞘で突き、気絶させた。それからまたすぐ次の相手が向かってくる。反乱軍の大将を討ち取ることができると逸っているのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ