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第5章 2

 アンヌが捕まった。その事実は聖歌隊にあっという間に伝わった。川のほとりに立ち尽くす訓の周りに次々と降りてくる。

 彼らの動揺を静めるのに加え、興奮したマルシャンが早口のフランス語を訓に浴びせてくる。

「静かにしてくれ」

 大南語で訓は大声を出した。子どもたちは黙ったが、彼らの顔は一様に暗い。一時的にフランス語から耳を閉ざすことにした。

「俺が近くにいながらすまなかったな。文懐様に報告して兵士を何人か借りてこよう」

「どうするんですか?」

「交換条件を出して……彼女を堂々と返してもらうのが一番望みありそうだな。平野に構えた陣営に忍び込むのは無理だ」

「でも、交換条件って」

 セシリアが顔をしかめた。

「アンヌ一人のために何かを犠牲にするってことでしょう。皆が許すかしら?」

「それが問題なんだ。……まあ、説得してみるよ」

 だから、持ち場に戻ってくれ。お前たちは何も心配しなくていい。訓は聖歌隊にそう言った。

「数日はかかるかもしれないが、アンヌは必ず助ける」

 少年たちは顔を見合わせた。数日なんて、とても待ってらんないよね。

 溜息をつきながら引き返していく訓を見送った後、聖歌隊の面子は顔を寄せ合い話し合う。

「アンヌの救出、先生は無理って言っていたけど……」

「絶対無理なんてこと、ないと思うわ」

 セシリアの断言に皆が思わず拍手した。

「私たちだけで、あのでかぶつと胡散臭い仙人サマを出し抜くのよ」

 ジャンがぶつぶつとたしなめる。

「どうやってだよ。まず作戦を練らないと」

 最初に案を出したのはピエトロだ。彼が受けた衝撃は大きかったが、その分やる気も満々である。

「陽動は? 奴らの鼻の先で騒ぎを起こして、様子を見に出て来た隙に忍び込むんだ」

「却下」

 マリアが冷徹な判断を下す。

「どうやってそんな大きな騒ぎを起こすの。大砲や爆弾を勝手に使うわけにはいかないでしょう」

「だって緊急事態だよ」

「武器弾薬を私たちが浪費して、怒られるのは訓先生よ。ただでさえ弾が足りなくなるって皆心配してるのに」

 ミゲルがのんびりと提案する。

「じゃあ、百姓のふりをするのはどうかな? 差し入れですって、ご飯でも持って」

「ありだわ」

セシリアはミゲルの頬を(かなり背伸びして)つつき、聖歌隊の面々を見回した。

「全員で突撃するわけにはいかないわね。三人が限度かしら。誰が行きたい?」

「アンヌが私たちのことを敵に話してるかもしれない。あんまり子どもらしい奴が行ったら怪しまれるよ」

「じゃあ、ジャンとミゲルと、あと……」

 背の高い順に選ぶセシリアの袖を引っ張る者がいる。

「翠瑠? どうしたの」

「わたしも行く」

 ピエトロが慌てた。「駄目だよ、危なすぎる」

「お願い、アンヌちゃんを助けたいの」

「気持ちはすごく分かるけど……」

「いや待って、ピエトロ。翠瑠を連れて行けば相手も油断するかも」

 マリアがそう言い出したので皆が驚いた。

「どういうこと?」

「親子のふりをするんだよ。男子と女子が一人ずつ、翠瑠を連れて投降したいとでも言って敵陣営の中に入れてもらうの。子どもを危険な目に遭わせたくないとか何とか言ってさ。あれだけ一対一の対決にこだわっていた将軍が、投降者を手当たり次第殺すとは思えないし。……危険なことには変わりないけどね」

「そうだよ。三人まで捕まってしまったら……」

「でも、わたしは大丈夫」

 眉を吊り上げ、翠瑠は言い切った。

「皆みたいにすいすい逃げ回るから」

「そうね。ずっと私たちと木の上を動き回っていたものね」

「決まりね。翠瑠と一緒に行くのは、一人は女子でなきゃ。イザベル、行ける?」

 イザベル__すっかり聖歌隊の友となった怜はうなずいた。

「行くよ。任せて」

「お願い。ジャンかミゲルは……」

「おれが行く」

 名乗りを上げたのはジャンだった。

 動きやすくめくり上げた衣の裾を下ろし、つないだ絹の紐を肩にかけ、イザベルとジャンは翠瑠と手をつないだ。懐に短剣と爆薬を忍ばせたジャンは胸を押さえ、何度も大きく呼吸した。

「緊張してる?」

 イザベルが穏やかに尋ねる。

「ああ、少し」

「私も。でも、わくわくもしてる」

「さすがに強いな」

「初めて、皆の役に立てるからね」

 ほつれることのないようにきっちりと結った髪に銀の簪を刺し、イザベルは肩を上下に動かした。

「やばいことになったら、翠瑠とアンヌを引きずって全力で逃げようね」

「おう」

 森の出口までは三人を送っていく聖歌隊。口笛が頭上から鳴り、福が顔だけ逆さまに覗かせた。出会ってすぐに聖歌隊と打ち解けた、すばしこい少年だ。

「福! どうしたの?」

「文懐様たちとそっちの先生の話を聞いたんだ」

「アンヌのことね」

「そう。司祭が沢山集まってどうするか話し合ってる。向こうの捕虜になっちゃったんだって?」

「やばい?」

「やばい。現皇帝はかなり反逆者に厳しいよ。早く取り返さないと殺されちゃう」

 順化を見てきた者の言葉は重い。イザベルとジャンが慌て出す。

「もう行くよ」

 福が目を細め、三人に声援を送った。

「何しに行くか知らないけど、お気をつけて。王姉妹を信用しないようにね」

 その意味をセシリアが聞こうとする前に、ジャンは手を振って森から外に飛び出した。同時に、福も再び姿を消した。

 ジャンたちの危険な任務は開始された。後は、彼らが臨機応変に動けるよう神に祈りながら、こちらのやるべきことをやるしかない。

「川が危険だって皆に伝えたわね。いつ仙人が飛び出してくるか分からないし。あとは、イザベルたちがどうやって帰ってきても迎え入れられるようにしておかなきゃ……」

「敵の大軍勢に追われてきたらどうする?」

「華さんを呼ぼうか」

「弩で迎撃くらいなら私たちにも出来るでしょ。なるべく、訓先生にばれるような手段は使いたくない」

 木にもたれて話していたセシリアと仲間たちは、不意にぎょっとして背筋を伸ばした。木々の間から今まさに話題にしていた華が現れたのだ。

「華さん……! い、いつの間にそこに」

「ついさっきですよ。ねえ、私がなんですって?」

「あ……いえ、何でも」

「いいえ、何でもない状況には見えませんね。セシリア?」

 普段の控えめな笑みは彼女の顔から消え去り、今は険しい表情で少年たちを見比べる華。

「教えて下さい。訓さんに内緒で何をしようとしているんです?」



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