第4章 10
社の中に足を踏み入れた時、既に決着はついていた。
火薬の匂いが辺りに充満している。立ち昇る暗い色の煙の向こうに、蠢く男たちの姿が見える。
教会の前の空き地に、数人のぼろぼろな男女が座らされていた。皆知っている顔だ。ちらりと見ただけで目を逸らした。何故か胸が痛んで正視できなかった。
文懐が戻ってくる。抜き身の大刀がまだ生々しい血を滴らせていた。ぎらついた目で文懐は訓と子どもたちに言った。
「終わった。待っている仲間たちを連れてこい」
「は、はい」
ジャンが踵を返した。
「……ピエトロは?」
「ピエトロ? __ああ、あの少年か。彼は今、助けられた司祭に気つけ薬をやっている」
文懐は籠手の隙間を煩わしげにかきむしり、取り出した何かを無造作に捨てた。訓の目は無意識に地面に落下するそれに向いた。
髪の毛のかたまりだった。
「文懐様。社の人間を殺したのですか?」
「抵抗する奴だけだ。生かしておいても得にならない」
「そう……ですか」
「悪いがこれが戦だ。覚悟しておくんだな」
「あの……」
マリアがそろそろと手を上げている。
「何だ!」
「そんな沢山の人は社に入れないと思いますけど」
文懐は竹の囲いで一応の防御を施した社を見渡した。
「確かに。では後方の者はその場で待機だ。旅の休憩をとらせよう」
教会の前に集まったのは何人かの文懐の家来とマルシャンをはじめとする司祭たち、それに訓の一行だ。
捕虜となった一団の中には、翠瑠の両親が混じっていた。華の側で翠瑠が怯えて硬直してしまった。娘に気づいたのかそうでないのか、彼らは憮然とうつむいている。
「訓」
張り詰めた空気の中で寄ってきた人がいた。子どもの頃から世話になっていた高齢の大南人司祭だ。ピエトロに支えられ、少し足下がふらついているが、特段目立った怪我はなさそうだった。
「……高文司祭」
「嘉定から戻ってきたそうじゃな。無事でよかった」
「……猊下こそ。お怪我はなさいませんでしたか」
「大したことはないよ。よくあるかすり傷だけじゃ」
それより、と高文は声を落とす。
「嘉定まで行った成果はどうだったかね」
「ご覧の通りです。英路を失いましたが、三千の反乱軍がついてきました」
「英路は死んだのか」
高文が捕虜たちに目をやった。
「彼らも可哀想に……」
高文は、聖職者たちの中でもとりわけ穏健だ。どんな状況でも腹を立てるということがない。子どもがいたずらをしても、掟を破ったならず者に対しても柔らかな説教で済ましてしまう。訓にとっては、父親代わりのありがたい存在でもある。
ただし、実際はいい加減な訓を嫌っているのだろうと密かに思っている。優しい性格というのは厳しいことを言わないだけだ。腹のうちでは何を考えているか分からない。真面目な司祭にとっては、怠け者の同僚はかなり目障りだろう。
案外、この旅で命を落とすことを期待されていたのかもしれない__訓はこっそりと胸の内で呟いた。
「皆さんにはご迷惑をおかけしました」
「あれぐらい、何でもない。毎日無事戻ってくるように祈っておったよ」
「他の皆は随分怒っていらしたでしょう」
はっはっは、と高文は笑った。否定はしなかった。
「訓先生が出発した後、マルシャン神父さまも嘉定に向かったんですよ」
ピエトロがそう教えてくれた。
「ああ、向こうで会ったよ」
通訳を任された、とは言わなかった。どうせこのクレティアンテに戻ってくれば、自分よりフランス語が上手い聖職者は大勢いる。自分はすぐにお払い箱だ。そうなれば気楽なものだ。




