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第4章 9

 あれ以来翠瑠ときちんと話す機会を得ないまま、訓らのいる反乱軍は故郷を訪れた。コーチシナの社は軒並み文懐軍を歓迎したが、一部の文紳は逃げ出したらしい。華の社では長が待ち構えていた。予想以上の軍勢で華が戻ってきたことに驚いていた。


 嘉定を出発した反乱軍はおよそ三千。これから更に増えることを想定している。実際各地域の若者は嘉定の軍隊の垢抜けた様子や文懐に憧れているようだった。


 久しぶりのクレティアンテ。目に映る全てが懐かしい。呑気な感慨は翠瑠を見てすぐに消え失せたが。


 翠瑠は鉄砲を背負った華と共に馬に乗って移動していた。もう泣き騒ぐことはないが、訓を見ても寄ってもこないし一切口をきかなくなった。訓はそれを当然の罰だと受け止めた。


 前方の木々の隙間から、十字の尖塔が見えた。訓が所属している教会だ。はしゃいだような声が兵士の中から上がった。ただし訓や翠瑠、明は喜ぶことはできなかった。


 教会のある社には、翠瑠と英路の両親がいる。この有り様をどうやって彼らに伝えればいい?


 英路は嘉定に埋葬された。肌身離さず身につけていたロザリオは、華を通じて翠瑠に渡した。本当は、生きている英路を連れて帰るはずだったのに。


 訓らの乗った荷車の前に、ばらばらと飛び出してきた者がいた。御者が慌てて馬を止める。

「何事だ」

 つんのめった兵士たちが怒りの声を上げる。訓は身を乗り出し、あっと息を呑んだ。

「ピエトロ!」

 駆け寄ってくる少年は、確かに顔なじみだった。汗で顔を光らせ、荷車に手をかける。マリアやジャンも一緒だ。

「元気にしていたか……」

「はい、お久しぶりです。でも、それどころじゃないんです!」

 訴えるピエトロの腕から血が流れていた。不吉な予感に胸が騒いだ。

「どうした?」

「教会が襲われて__司祭様が何人もさらわれて__」

「一体誰に?」

「英路さんの親が、反キリスト集団を結成したんです。ほら、翠瑠ちゃんが英路さんを捜しに先生と出かけちゃったから、ものすごく怒って」

「娘と息子を返せって、キリスト教徒を攻撃するんです!」

「反乱が起きる噂もあって、暴徒が一気に増えて__」

「僕らも自分の家にいられなくなって」

「それは由々しき事態だ」

 後ろから凛とした声が響いた。灰色の馬に乗った黎文懐が、人並みをかき分けやってくる。

「先生、この人……?」

「嘉定総鎮、黎文懐様だよ」

 ピエトロたちは慌てて頭を下げた。

「堅苦しい挨拶はよそう。それより、キリスト教徒が攻撃を受けただって?」

「は、はい。僕たち反撃していいのかも分からないんです」

「司祭様は皆連れ去られちゃったし、そもそも争うことはよくないって言われてるし」

「そんなためらいは捨ててしまえ」

 文懐はきっぱりと言った。

「自分たちに命の危険がある時に、道徳も糞もあるか? 我々だってキリスト教徒だ。だが、命と生活を守るためにこうして武器をとったのだ」

 少年たちはぽかんと口を開けた。文懐の力強い言葉に感銘を受けているようだった。

「異教徒どもの拠点に案内しろ。我々が助けだそう」

 文懐は数十人の兵士を呼び寄せ、自分はその先頭に立って進んで行った。案内するのはピエトロだ。途中で文懐が自分の馬に引っ張り上げてやっていた。

 残された訓はマリアとジャンに囁く。

「他の皆は無事か?」

「聖歌隊は大丈夫です。皆ちょっと怪我はしたけど、誰もさらわれなかったし」

「わたしたち、訓先生がいつまでも戻ってこないから心配してたんですよ」

 マリアは少し怒っているようだった。

「悪かった。途中でいろいろあったんだよ」

「英路さんもこの中にいます?」

 マリアが兵士たちの集団をじろじろと眺めた。

「英路は……その……死んだよ」

 二人は目を瞠る。

「そんな……」

「一体どうして?」

「宮廷軍の襲撃でやられたんだよ」

 二人はしょんぼりしてしまった。

「春さんも悲しむね」

「うん。……あ、翠瑠ちゃんは?」

「翠瑠は……」

 その時、翠瑠の手を握った華が近づいてきた。訓が顔を向けると、翠瑠はよそよそしく目を逸らす。

「翠瑠!」

 ミゲルが大声を出す。

「ミゲルくん」

 ミゲルはそれ以上何も言わずに寄ってきた翠瑠の手を握った。

「あ、あなたは?」

 翠瑠に母親のように寄り添う華。彼女に真っ先に気がついたのはマリアだった。切れ長の目でパチパチ瞬きをする。

 華は訓の側に寄った。

「黎華と申します。南下してきた訓さんと翠瑠ちゃんに出会って、一緒に来ることになりました」

「背中の物は……もしかして鉄砲?」

「はい。僭越ながら、鉄砲を使います」

「華さんは鉄砲の達人なんだ。猪でも鹿でも、何でも仕留められる」

「時には外すこともありますけどね」

そう言って艶めかしく髪をかきあげる様子に二人は見とれた。

「うわあ、美人……」

 惚けたように呟くミゲルの足をマリアが踏む。

「わたしたち、ピエトロたちの様子を見に行かなくちゃ」

「そうだったな、俺も行こう」

「あ……」

 不明瞭な声を発したのは、翠瑠だった。

「翠瑠? どうした?」

 訓が何気なく返事をしたのがまずかった。翠瑠はまた頑なな寡黙さを取り戻してしまった。マリアとミゲルが二人を見比べ、首をひねっている。


 訓は思い出した。マリアたちは、暴徒を率いているのが翠瑠の両親だと言わなかったか?


 しかし、今この場でそれを確かめたら、翠瑠をさらに傷つけてしまうかもしれない。両親を援護すると約束しても、きっと翠瑠は信じない。


 訓は迷った結果、何も言わないことを選んだ。翠瑠や華に背を向ける。


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