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第4章 5

 昨晩は城内に泊まったらしいマルシャンが上機嫌で迎えた。

「おはよう、ジョルジュ」

「私は阮訓です」

 ささやかな抵抗をマルシャンは完全に黙殺した。

「嘉定にはかなりの数の宣教師がいるのだな。幸先がいい」

「そうでしょうか」

「考えてもみろ。フランス人の数が多ければ多いほど、本国の関心だって高くなる。援助を得られる希望が広がるのだぞ」

 マルシャンがせっつくので、朝早くから黎文懐に接見することになった。文懐は昨日と全く同じ格好で待っていた。目の下には隈があるが、身のこなしや口調は早朝とは思えぬほどきびきびとしている。

「マルシャン猊下。今日は、かの国からの援助について話したい」

 フランス語に通訳しながら、訓の目は自然と床に向いた。昨日は物言わぬ英路がそこにいた。今はもう血の一滴も彼の証は残されていない。

「昨晩、軍事援助をフランスから確実に得られると貴方は言った。それは単なる希望か、それとも事実に近い推測なのか? また、我々は何を交渉の材料とすればいい?」

「ただの絵空事ではありません。フランスはかつてグエン・アン陛下との間にヴェルサイユ条約を締結しました。今回も速やかに同じ条約を結ぶこととなるでしょう」

「だが、その約束は果たされなかった」

 文懐が切り込んだ。

「ピニョーが率いていた軍隊はフランスの正式な部隊ではなかったと聞いている。何故フランスは心を変えた? 何か落ち度があったのかな?」

「それは、複雑怪奇な当時の事情によるものです」

 突然、マルシャンは訓の着物を強く引き、強引に近づけられた訓の耳にそっと囁く。

「いいか、絶対に我が宣教会に非があったとは思わせるな」

 文懐が眉に皺を寄せる。

「どんな事情だ? 是非とも知りたい。同じことがまた起きては困る」

「ポンディシェリ__インドのフランス軍基地で、ピニョーと総督の間に対立が起きたためです。総督は遠征の必要性を危ぶみ、偽りの報告を本国の宮廷に送りました。それを信じたフランス国王が、弱気にも軍の派遣を取りやめたのです」

 訓は付け加える。

「後から見れば、フランスの判断は誤りでした。ピニョーが連れてきた軍勢のおかげで嘉隆帝軍は勝利を収めたのですから。今、フランスは過去の失敗を反省し、積極的に大南に軍事援助を行うことでしょう」

 ポンディシェリのコンウェイ総督が軍の派遣をやめさせたのは、ピニョーへの私怨のためだ。だが、こんなみっともない話はとてもこの立派な大公の前では出来ない。

 コンウェイ総督の愛人に言い寄られたピニョーが却って彼らの仲を非難し、恨みを買っただなんて。馬鹿げている。

 黎文懐はしばらく黙っていた。マルシャンとの間に立っている訓は次第に居心地が悪くなり、意味もなく背中で指先をいじくり回した。

「……貴方の名前は何だったかな?」

 文懐がまっすぐ見ているのは他でもない訓だった。

「阮訓でございます」

「訓か。ちょっとおいで」

 手招きされるままに訓は前に進んだ。マルシャンが不満げな声を上げる。

「燈。お客様に茶と菓子でも出して差し上げろ」

 そう言い置いて文懐は部屋の奥に向かう。訓は迷ったけれど、明が目でしきりに促しているのに気づき、慌てて後を追った。


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