第4章 詩のような戦い
明の屋敷に戻ると、翠瑠と華が迎えてくれた。
「先生!」
「訓さん。無事でよかった」
「……俺は無事だよ」
ぐったりと疲れた訓だったが、元気そうな華と翠瑠を見て安堵した。
「怪我はないんだな。よかった」
「訓さんこそ。城に行ってきたんでしょう?」
「ああ」
「兄様に会った?」
翠瑠が無邪気に聞いてくる。
「兄様、元気だった? わたしも会いに行っていい__?」
「翠瑠ちゃん」
勘の良い華が翠瑠の肩をやんわりと抱いた。その美しい瞳は訓の顔に固定されている。
「訓さんも疲れているのよ。少し休ませてあげましょう」
奥から出てきた明も口を出す。
「城にはまだ行けないよ。まだ混乱しているから……」
「じゃあ、兄様にここに来てもらえばいい?」
「……翠瑠」
華と明が同時に訓を見た。少なくとも確実に真実を知っている明は、口を閉ざして訓を待っている。華はその隣で、眉根をぎゅっと寄せた。彼女の滑らかな頬に、灰のかけらが残っている。
本当のことを翠瑠に告げようと思った。相手がどんなに小さな子どもでも、嘘で誤魔化すのは不誠実だ。分かっているのに。
口から出てきたのは、最もよくない言葉だった。
「英路は元気だよ。まだ城内にいる。お前もいずれ会えるだろう」
明が鋭く息を呑んだが、何も言わなかった。
「傷ついた人たちの手当をしなくてはね。翠瑠ちゃん、手伝ってくれる?」
「うん!」
翠瑠は元気よくうなずいた。兄が生きている__そう信じ込んだから、目に見えて明るくなった。反対に訓の胸はひどく痛んだ。
明がぼそっと呟く。
「僕は何も言いませんけどね」
「そうしてくれて嬉しいよ」
「これで良いとは、とても思えません」
そんなこと、分かっている。
「マルシャン猊下は、文懐様になんて?」
「ああ__反乱軍を援助すると」
「それはよかった」
少し離れた所で、華が翠瑠の長い髪をくくってやっていた。明はもうずっと、気がつけば華の動きばかり目で追っている。それが意味することに気づかないほど訓は愚かではなかった。
これから、彼女たちを守る役目は明の物になるのだろう。今までも華に守られてばかりだった気がするけれど。
「俺も加わることになった」
「通訳としてですか?」
「ああ」
「では、翠瑠や華さんはどうするのです?」
「折を見て安全な場所に逃がせたらいいと思っているよ」
明はうなずいた。
「僕も貴方を手伝います」
「フランスに行くまで大人しくしてな」
「もう無理ですよ。日和っている場合じゃない」
明は無理に笑顔を作った。したたかさを演出したようだったが、成功してはいない。
「僕だって、キリスト教徒に責任があります」
責任なんか背負わなくていい。訓はそう言おうとした。英路も明も、まだ若いのだ。自分の身の安全だけを心配していればよかった。
そうすれば、殺し合いに巻き込まれることはなかったのに__意味のない後悔をすり切れるほど繰り返している。首を振って、明の肩を叩いた。屋敷で今やるべきことは山のようにある。感傷に浸ってばかりでは何も前に進まない。




