第3章 12
マルシャンがフランス語で話しかける。訓はその場でそれを文懐たちに伝えた。
「栄光あるコーチシナの総督閣下、お会いできることに感謝しています。私はパリ外国宣教会から派遣されてきた宣教師です。フランス本国を代表し、あなたを援助したい。キリスト教に敵対的な皇帝を退位させるために必要な軍事援助をします」
文懐の顔がわずかに晴れた。
「それは好都合だ。……交渉をすぐにでも始めよう」
マルシャンにも通訳は必要である。頭が混乱しそうだ。
「だが、俺たちもすぐにあなた方を信用するわけにはいかない。どうしてこんなに簡単に支援すると言ってくれるのか?」
「革命を起こす意義があると確信したからです。今の皇帝は悪魔に取り憑かれた男です」
「宮廷軍は強い。どれだけの砲台を用意できる?」
「望むだけ調達できます。かつてピニョー猊下がそうしたように」
通訳しながら訓は顔をしかめた。
「嘉隆帝を助けた宣教師だな?」
「その通り。そして幸いにも、……っ、ここにその後継者がいます」
「後継者? 何の話だ」
訓は迷った末に、マルシャンの言葉をまっすぐに訳した。担ぎ上げられると分かっていたが、自分自身の気分が少し変わっていた。
英路が死んだ。自分は何も出来ないままだった。ふつふつと湧き上がる激情は当然のように英路の敵に向かう。
「今通訳をしてくれているこの男は、カテキスタでありながら、ピニョー猊下の実の息子です。彼が呼びかければ、極東中の宣教師が閣下のために立ち上がることでしょう。彼が手紙を送れば、フランス政府は軍隊を派遣してくれることでしょう」
マルシャンはずいぶん無茶を言う。
だが、文懐は喜んだようだった。
「アドラン司教の話は、父によく聞いた。外国人ながら立派な人物だとあの父がよく褒めていた。過去のように、我々も仲良くやれるかな?」
文懐の手が伸びてきて、訓の手に触れた。自分の指に、誰かの血がついていることに今頃気がつく。新しい主人の指を汚してしまう前に慌てて着物の端で拭いた。
「今回の敵は、嘉隆帝の息子だ。奴は恩知らずにも、戦いで最も功績を上げた者たちを率先して虐げようとしている」
敵をとろうじゃないか。文懐が囁く。
「手を貸してくれるな?」
訓は……もう一度英路を見た。それから、自分を取り巻く環境全てが、戦に加わったから失われるといった種類のものでなく、祀り上げられることに何の障壁もないのだと気がついた。
嘉定にいた英路が反乱に身を投じると決めた時から__いや、母の腹から生まれた時から、こうなることはわかりきっていた。嘉隆帝の息子が二代目皇帝となったように。文悦の息子文懐が嘉定を治めているように。
マルシャンは微笑んでいた。期待を込めて、訓の肩を叩いた。
「はい」
うなずいてしまってから、訓は考えた。喜ぶべきかと。英路の敵討ちでも何でも、これから進む道は血と世俗の欲望に塗れている。




