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第3章 10(城の中へ)

 弾や矢をかいくぐり、地面にうずくまっている丸腰の人を手当たり次第に屋敷に放り込み、そろそろ体力も尽きようという頃になってようやく城の周りは静かになった。

 見渡せば、立っている宮廷軍は一人もいない。ほとんどが死体となって転がっている。或いは、怖じ気づいて逃げてしまったか。

「城の中はどうでしょうか」

 明が呟く。訓は死体が握っていた槍を取り上げ、明の屋敷を見た。開けた窓から華の顔が覗いていた。その横に翠瑠もいることを確認して、訓は城の中に入って行った。

 明もついてくる。城内ではまだ戦いが続いていた。斬りかかってくる男の刀をやっとの思いでかわすと、万力を込めた刃が床にめりこんだ。背後の明が叫ぶ。

「待て! 僕らは味方だ。潘世明だ!」

「潘……?」

 毒気を抜かれた顔で大男が明を見る。

「坊ちゃま!」

「やあ……ひどい有様だね。この人も僕の仲間だ。カテキスタだよ」

「し、失礼しました」

 大男も返り血に塗れていた。

「宮廷軍はまだ中にいるのかい?」

「いません。全員皆殺しにしました」

 戦く訓とは反対に、明は満足げにうなずいた。

「流石だな。こちらの犠牲はどうだ」

「数人の兵士が殺されました。あと、文懐様__」

「何だって!?」

 男の言葉の途中で、明が叫んだ。

「文懐様が!?」

「いや、その、文懐様の……」

「そんな……! どうして? あの文懐様が」

「落ち着け、明」

 訓は明の頭を叩いた。一瞬ぽかんとする明。

「最後まで話を聞いてやりなさいよ」

「あ、ありがとうございます。坊ちゃま、亡くなったのは文懐様の腹心の部下です」

 明の顔がすうっと白くなった気がした。

「……父か」

「いえ、その……」

「名前をずばっと言ってやったらどうだね」

 見かねて再び口を出す。こんな見かけなのに大男が何故かもじもじしているせいで、明の情緒が可哀想な目に遭っているからだ。

「お父上ではありません。でも、坊ちゃまのお知り合いだから……悲しまれるのではないおかと思って。新しく雇われた、若い通訳の人です。名前は忘れてしまったのですが……」


「阮英路?」


 訓はそっと尋ねた。明の目が凍った。


 違う。明の目に映る自分が凍りついているのだ。


「そう、そんな名前でした。文懐様を守って、鉄砲で胸を……」

「もういいよ、分かった。ありがとう」

 明がそっと男を止めた。男は遠慮しながら刀を床から抜き、城の奥に去っていった。

 確かめなければならない。本当に英路は__死んだのか。もう話すことも、歩くこともできないのか。だが、足が動かなかった。間違いであって欲しい。全てが夢で、目が覚めたら自分の家にいるのだったらいい。

 動かない英路に対面してしまったら、現実と認めなければならなくなってしまう。今なけなしの理性が壁となって押しとどめている悲しみの波が氾濫すれば、もう立っていることもできない。

「……屋敷に、戻りましょうか?」

 気を遣ってくれたであろう明の言葉に、自然と首を振っていた。真実を知らずに翠瑠に会うことはできない。あの子をここまで連れてきた大人としてあまりに無責任だ。

 そうだ。この後翠瑠の元に戻るのは確実なのだ。彼女になんて言えばいい? 

「英路に__会わなくては」

 明も辛そうに顔を歪めていた。彼の父親が今死ななくてよかったと、ぼんやりと思った。


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