14(後悔と解放)
セシリアが訓を揺さぶり、叫んだ。
「怜ちゃんが、川に身を投げて……!」
男が蒼白になった。
ミゲルも重ねる。
「助けが間に合わなくて、死んでしまいました!」
「何!」
訓は大声を出し、固まっている男をそっとつついた。
「おい、大丈夫か?」
男はセシリアをじっと見つめていた。セシリアがごくりと喉を鳴らす。がたがた震えながら彼は聞いた。
「本当に__身を投げたのか」
「はい」
「__川に?」
「はい」
セシリアはやや軽蔑を含んだ視線を男によこした。訓は男の背中をさする。ほんの少しだけ罪悪感を抱きながら。
虚ろな目で男が呟く。
「……これは罰だ」
「何だって?」
訓が羽織った黒い法衣と、胸元のロザリオを交互に見比べ、男は呻いた。
「やっぱり……お前を殺した、罰が当たったんだ。そうだろう? 司祭さんよ」
セシリアが目をつり上げた。「殺した」に反応したのだ。訓は「静かにしていろ」と囁いた。
「あなたが罰だと思うのなら、きっと」
「だって、そうとしか思えない! あいつは……お前は、川に突き落としてから毎晩夢に出てきて……とうとう、怜を連れていってしまったのか!」
訓が答える。
「……そうだよ。あなたがあまりにも彼女を苦しめるからだ」
男の顔が恐怖で歪んだ。
「お……おれは、二人も人を殺してしまった! しかも、土地神が下さった怜を! どうしたらいい、どうすればおれは許してもらえる? 答えてくれ!」
答えは訓に委ねられている。セシリアもミゲルも、もっと言えば今正に恐怖に震えながら教会に隠れている怜も、訓がこの男にしかるべき引導を渡すことを望んでいる。
どうやら、根っからの悪人ではないらしい__子兎のように震える男を見下ろして思う。恐ろしい妄執に囚われて怜を傷つけながら、自分は犯した罪に怯えていた。終わらせるなら今だ。今なら、こいつは訓の言うことに従うだろう。
もし訓が彼に死ねと言えば__。
「あなたのするべきことは決まっている」
生徒たちが息を呑んだ。
怜を守ることが最優先だ。それが訓と聖歌隊の暗黙の了解である。
だがそれでも、訓には彼を殺すことができない。
「怜のことを忘れ、北に戻れ。順化でも、紅河でもいい。心穏やかに過ごせる場所で生きていくんだ」
「そんなことでいいのか……?」
「勿論だ。あなたの罪は、あなた自身が悔い改めることで償われる。司祭と怜のために祈ることがあなたを救う」
男はがっくりとうなだれた。水滴が何粒も、床の上にこぼれ落ちた。
北へ帰っていく男に心ばかりの路銀を渡し、訓は一人で見送った。完全に見えなくなってから、家の中で待っていたミゲルたちに声をかける。
「待たせたな。行こうか」
「はい」
ミゲルもセシリアも、はっきりと返事をして立ち上がった。歩き出すとセシリアが隣に並んだ。
「あっという間に説得しちゃいましたね」
「お前らの演技のおかげだよ」
「でも、あんなに素直に聞くとは思いませんでした」
「多分、彼自身も分かっていたのさ。自分の行いのまずさに。だが、怜がいる限り激情を抑えることができなかった」
「これで、やっと怜ちゃんも幸せになれますね」
「どうかな」
セシリアは不満げに口を尖らせた。
「これからの幸せは彼女次第だ。だが少なくとも、彼女を悩ませる脅威はなくなったよ」
教会に顔を出すと、ピエトロやアンヌたちがわっと訓たちを囲んだ。
「ど、どうなりました?」
教会の奥に、司祭に付き添われた怜がいる。勿論、川に飛び込んでなどいない。
「彼は帰って行ったよ。怜が死んだと完全に思い込んでいる」
大きな歓声が聖堂に響いた。
涙を流す怜を、寄り添うカトリーヌが抱きしめた。司祭たちも微笑んでいる。誰もが安堵に頬を緩ませ、興奮してざわめいている。
「聖水と香油の準備を」
老司祭が高らかに宣言した。戸惑う訓の目に、ロザリオを握りしめた怜の姿が映った。
「怜……」
怜は立ち上がり、訓や司祭に頭を下げた。
「私を、キリスト教徒の仲間にして下さい。助けて下さった皆さんと一緒に、信仰の道に進みたいのです」
彼女の洗礼は、その日のうちに執り行われた。




