第6章 11
大臣たちが順を追って退出した後、がらんとした広間の中で後ろに控えた近習が呟いた。
「陛下は、あの男をお許しになるのかと思いました」
明命帝は、肩から上だけで振り向いた。この近習の失敗は最近見なくなった。人間は変わるのだ。
「私の裁決に異議を唱えるつもりか?」
近習は慌てて首を振る。「滅相もございません。ただ……その、お気持ちを害されるかもしれないのですが……」
「構わん。話せ」
「陛下は、あの男との会話を楽しまれているご様子でした」
明命帝は正面に向き直る。つい先程訓が吐き出した十字架は、兵士によって回収された。
阮福訓__訓の正しい名前を知らせたのは、在りし日の太利だった。どう調べ上げたのか、訓の生まれた場所と状況まで把握して書簡を送ってくれた。
反逆者の顔が見てみたいと大臣たちの反対をねじ伏せてまで訓を連れてこさせたのは、決して単なる興味からではない。宮廷に入れることこそに意味があった。集めた重臣たちの反応をこっそり窺い、明命帝は心の中で密かに一覧表を作成した。反逆者への軽蔑を隠さない者、関心がない者、面白い見世物を見るように楽しんでいる者。そして、悲しむ者、身を乗り出して訓を観察する者、小さく十字を切った者。近々また大規模に人員の入れ替えが必要だ。嘉隆帝時代からの旧臣は総じて訓に同情の目を向けていた。黎文悦親子の最期を見ておきながら、明命帝の前で感情を隠せないような愚かな臣下は必要ない。
思いがけず無礼な問答をふっかけられ、感情をむき出しに怒鳴ってしまったのは本当に想定外だった。明命帝の父親の話をしてはいけないという、最近の宮廷での暗黙の了解を、訓は当然知らなかったのだ。ただ、訓に向かって宣言した形となった言葉は間違いなく本音であった。
明命帝は、ずっと強さを求めてきた。戦いに勝利する強さ。膿を絶てる強さ。絶えず成長し続ける強さ。自分はずっと強くなり続け、そしてこれからも一層の力を身につけていく。大南という国も同じだ。即位式で新しい冠を被った瞬間から、明命帝は大南そのものとなった。内憂外患を排除するのは、怪我や病を治すことと同じだ。
「楽しんでいる暇など、私にはない」
近習は黙って聞いていた。太利のように口出しをする訳でもない。それはそれで分をわきまえた良い召使いだった。
従者の一人が広間に入ってきて、明命帝の前で平伏した。
「藍皇女様が、陛下にお会いになりたいとのご要望です」
「断る」
明命帝は即答した。
「叔母上には、阮福訓の処刑が終わるまで決して会わぬ。よく伝えておけ」
皇女つきの従者は異を唱えない。
「これは叔母上への優しさだと理解するがいい」
「はい」
「この先、叔母上が何を話そうとも朕は聞かぬ。今まで通り、穏やかに日々を過ごされよと」
「恐れ入りながら、申し上げます。皇女様にとってそれは難しいことでございます」
「それでも、耐えるしかない」
あの男は耐えたぞ__と明命帝は重々しく囁いた。従者がごくりと生唾を飲み込んだ。恐怖がちらつく顔から明命帝は目を逸らす。
「母親に助けを求めなかった。だから、朕も叔母上に赦しを与えようというのだ。どんな秘密も明らかにされなければ、罪に問われることはない」
話は終わりだ。今日はもう一人になりたかった。政務に戻る意欲が湧くまで、太利とよく秘密を話した部屋に籠もっていたい。




