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第6章 7

 荘厳な皇宮の裏門から牢獄に入れられた訓は、首と両手に枷をはめられた。翠瑠の両親が最後に唾を訓の顔に吐きかけ、順化の喧騒の中に放たれていった。彼らはそのまま順化で暮らすのだろうか。安穏に生活できるほどの蓄えを持っているのかと訓は引っ立てられながら思う。馬鹿なことを考えて現実から逃げ出すことで、辛うじて正気を保っていられるのだ。

 牢獄で食事をまともに出されたが、訓は一切口をつけられなかった。食欲がないのだろうと、人の良さそうな牢番が哀れみの目を向けながら皿を下げた。これなら喉を通るだろうと残された水差しの中の水は、一人では飲むことができない。

 壁に背中を預け、鼻から息を吐いた。湿気の溜まった不愉快な場所だ。埃にむせそうになるのをこらえるだけで時間が経っていく。いつ牢から出されるのか__十中八九、それは自分が死ぬ時間だ__その時までまるで煉獄の中を漂っているかのように退屈だった。


 ピニョーの息子を捕らえた。その報告を送ってきたのは明命帝の親友、太利だった。しかし、実際に戻ってきた軍隊の中に彼はいなかった。

 二人してひざまずく王姉妹が、太利の死を震えながら知らせた。明命帝は眉一つ動かさず彼女たちの話を聞いた。

「太利を殺したのは__その息子とやらか」

「いいえ。反乱軍の中の一兵士でございます」

 明命帝はそれを聞き、つかの間目をそっと閉じた。涙が出てくることはなかった。三十数年あまり、弱い感情は見せないよう自分を律している。

 目を開けると、同じ顔をした美しい女どもが自分を見上げている。宝石の目が期待と不安で輝いていた。一瞬だけ、激しい怒りが湧いた。太利が死んだのに、この女たちは生きて報償をもらおうとしている。

「王碧翅に王紅翅よ、よくやった。そなたらの償いはこれにて完遂であったな」

 紅翅の目がうるむ。

「夫たちは既に自由だ。獺の間で待っているから会いに行くがいい。出て行く際、部屋にある物は何でも持っていけ」

 指定した部屋には、金銀と宝石、乳香や陶磁器を予め運び込んでいた。王姉妹は床に身を投げ出して感謝を表し、明命帝の前を退出した。ゆったりとした足取りの中に早足が混ざっている。

「……さて、」

 明命帝は新しい左大臣を呼び寄せた。自分より一回り若いが、頭の切れる男である。

「大臣を全員集めろ。それから、例の囚人を連れてこい」

「はい」

 頭を下げた左大臣であったが、ふとその表情が動いた。

「何だ?」

「藍皇女様も、その囚人に興味を持っていたようでございます」

「叔母上が」

 藍皇女は、阮朝が開かれるまでキリスト教徒であった。つつましい老女で、普段は自室や書物蔵にこもって読書に明け暮れている。野心がない性格のため明命帝も比較的穏やかに対応できる親族である。

「叔母上は昔から西洋びいきだったからな。まあいい、お招きしろ」

 


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