第6章 4
誰かが軽やかに駆けてくる音がした。咄嗟に振り向いた太利が、一瞬のうちに地面に崩れ落ちた。周りが一瞬沈黙し、それから大騒ぎになった。
倒れた太利の陰から姿を現したのは、やはり同じ顔の男だ。混乱している訓の前で、彼は血のついた短刀を抜く。太利がうめいた。
男は檻に気がつくと、さっと寄ってきた。童顔だった彼は険しく歪んだ表情で囁く。
「僕です、双です」
訓は応えることができない。双の足下の太利に視線をやった。
双は吐き捨てるように言った。
「文懐様の仇だ」
それから、檻についた錠をがちゃがちゃいじくった。
「今助けます」
訓は首を横に振った。呆然としていた兵士たちが我に返り、走ってくる。訓が自由になれるほどの時間はない。
「俺のことはもういい。それより、」
訓は文懐の首をそっと持ち上げ、格子の隙間から双に差し出した。双はぐっと息を呑み、一、二度鼻を啜った。
「文懐様だけでも……きちんと弔って差し上げて……」
その時、双の肩が荒々しく掴まれた。訓は声を上げる。何のためらいもなく双は後ろ足で蹴り上げ、隙を突いて筋肉質な腕をすり抜けた。
文懐の首を抱いた双はまだ、訓を見つめている。哀れみの混じった瞳が揺れている。訓は叫んだ。
「行け! たった一人でも、生き残れ!」
双は身を翻し、あっという間に夜の闇に消えて行った。地面に転がった太利が呻く。小さな声、命が消えようとしている人間の言葉を訓の耳は拾い上げた。
「なかなか……やるじゃないか……双」
それっきり、太利は胸の傷跡から血を流しながら、とうとう目を覚まさなかった。




