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第6章 3

 黎文懐が殺された、その日の正午までに勝負はついていた。王姉妹の軍隊が正面から森を攻め、朝方に発覚した文懐の死に激しく動揺していた反乱軍を容赦なく追い詰めた。南からはシャムとカンボジアの連合軍が進軍しており、逃げ出そうとした故文懐の兵士たちの退路を断った。極めつけに森を焼き尽くし、今も森火事を広げているのが、フランス軍の重火器だ。インドの基地からもたらされた最新兵器は、文懐たちが貸してもらいたいと望んでいた圧倒的な破壊力の怪物だった。

 宮廷軍の味方に様々な国の助っ人が集ったことが、戦況を一気に変えた要因の一つであった。いや、正確に言えば、彼らが奮闘して集めたのだ。嘉定軍と度々領土紛争を繰り広げていたシャム人、一方的に領土を併合され恨み骨髄に達していたカンボジア人、利益を得るためならばどの立場の人間とも取引を行う華僑、そして……フランス人。

 異人たちを抱き込む作戦は秘密裏に行われた。ごく少人数の交渉団が、シャム領カンボジアまで旅をして異国の軍隊を説得した。華僑は自分から宮廷軍に商売を持ちかけてきた。

 意外にも最も簡単に進んだのは、フランス軍との密約だった。仲介者のおかげで、ポンディシェリ基地の総督は兵器の貸与にあっさりと合意した。黎文懐側とも書簡を交わしている裏で、反乱軍を壊滅させる作戦に加担していたのである。

 男は(彼が双の兄、太利であることを訓はまだ知らない)、何も知らず呑気に会話していた文懐と訓を嘲った。早々に陥落させていた嘉定からは偽の手紙を出していたことも訓は今知った。

 太利を澄んだ声で呼ぶ者がいた。王姉妹の妹の方、紅翅だった。紅翅は太利に心安い言葉遣いで話しかけ、宴に参加したらどうかと誘った。一番の功労者はあなただろうと。

「いいえ、結構です」

 太利は首を振る。

「ここで、こいつの相手をしてやる方がずっと面白い」

「あら、そうなの」

 紅翅は首たちに囲まれて硬直している訓を面白そうに見た。

「随分と震えているのね。臆病だこと」

「こいつを陛下の元に連れて行くのです。紅様たちの自由はこれで約束されたも同然ですよ」

 紅翅は笑みを浮かべた。

「やっと……自由の身になれるのね」

 だが、彼女は訓に疑いの目を向ける。

「彼にそれほどの価値があるの?」

「ええ。そりゃもう」

 自信たっぷりに太利は答えた。

 好奇心に満ちた顔で覗き込む紅翅の顔は美しい。だが、転がっている生首に眉一つ動かさない彼女の様子はひどく不気味だった。

「太利様、そう言えば、さっきはあっちの方の天幕にいた?」

「いいえ。いませんよ。何故?」

「何でもないわ。きっと見間違いね」

 王姉妹将軍。彼女たちには因縁がある。訓はしゃがれた声で尋ねた。

「あなたが……秀を、殺したのか?」

「秀?」

 紅翅は首を傾げた。太利が耳打ちする。

「ああ、あの少年のこと」

 紅翅は一瞬にして冷たい目になった。

「そうです。私たちがあの子を殺しました」

 それを聞いた瞬間、心の地中深くに埋めて見ないふりをしていた強い怒りが再燃した。不自由な両手を鉄格子の隙間から伸ばそうとした。紅翅がゆっくりと身を引く。何をしようとしたのか自分でも分からなかった。

 ただ、紅翅に憎しみをぶつけたかった。拓や、ロンテや、他でもない秀の代わりに。あの子は俺たちにとって大事な仲間だった。殺されるべき人間では決してなかった。

 指が勢いよく格子にぶつかり、痺れるような痛みを味わう。自滅した訓を太利が笑っていた。紅翅は冷ややかに訓を観察しており、たったこれだけを述べた。

「私たちは、そのことについて悪いとは思いません」

 去っていく将軍に太利が深々と頭を下げた。

 無力な訓に、酔った様子の西洋人が飲みかけの酒をかけた。顔がべたべたに濡れて、不愉快と言うこともできない。せめて酒がつかないように、文懐たちを手で守る。ままごとをしているようだとまた太利が笑う。


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