第5章 52(黎文懐 2)
話が終わった頃には、真夜中をかなり過ぎていた。
少しでも休めと訓を下がらせた後、文懐は額にわき出た汗を拭った。
(あいつ、とんでもない爆弾を隠していやがった……)
驚き、戸惑い、腹立ち、そして嬉しさ……それら全てがごちゃ混ぜになって、文懐を興奮させた。今夜はまともに寝られそうもない。
口元に笑みが溢れた。背中をぐんと伸ばし、声もなく文懐は笑う。無防備に草むらに寝転がると、側に立っていた人間が逆さに映った。
文懐は慌てて起き上がる。いつの間にか自分は一人ではなかった。
「文懐様。早くお休み下さい」
双がおずおずと呼びかける。
「分かっているよ。明日に備えないとな」
お辞儀をして下がろうとする双の腰帯を掴み、文懐はこの部下を強引に引き寄せた。
「こら待てよ。聞いていただろ?」
「な……何の話でしょう?」
「とぼけるなよ。あいつ、訓の話だよ。お前も驚き過ぎて耳が痙攣しているぞ」
双は慌てて両耳を押さえた。
「嘘だよ。だが、盗み聞きしていたのは本当のようだな」
「申し訳ありません……」
「構わないさ。だが、あいつは一応周りには隠しておきたいらしい。俺からも命令する。今夜聞いたことは誰にも話すなよ」
「は」
「双も何か隠していないか? 話すなら今のうちだぞ」
それは、冗談のつもりだった。
双は、いつもと同じ口調でさらりと言った。
「実は、双というのは私の本名ではないんです。これは、いわばあだ名のようなもので」
「へえ。本名は何というんだ?」
「太利と申します」
双は、文懐の右手に何かを握らせた。手を開いて、文懐の顔はこわばった。
「……どういうことだ」
手のひらに置かれたのは。赤黒い血のついたロザリオだった。見間違えようもない、長男が幼い頃に贈った物だ。文懐の名前が彫られている。
長男は、今嘉定の城を守っているはずだった。
双が微笑んだ。そして隠し持っていた短剣を文懐の胸に突き刺した。あっという間の出来事であった。




