第5章 50
同じ頃、碧翅将軍も軍議に臨んでいた。
全ての兵士を動かす采配が自分一人の手中にある。その重圧に耐えるほどの覚悟を彼女は既に持ち合わせている。
退却を決断するも、森を再び襲撃するも。本音を言えば、拡大した反乱軍を制圧するのにはもう少し軍隊を増強したい。しかし、退却など宮廷に伝われば何と思われるか。二年の停戦でさえ散々文句を言われたのに。
部下は進軍を主張する。碧翅のために早く戦を終わらせたいと思ってくれているのは知っていた。良き部下を持った。士気の高さでは反乱軍に決して負けていない。
「正面突破は無駄だわ。夜に紛れてじわじわと彼らの戦力をそいでいく方がいい」
血の気の多い部下たちにはとても言えないが、自分たちの役割は時間稼ぎだ。援軍が到着するまでの間、相手を挑発してやるだけでいい。それも、大した労力を割く必要はない。
軍議の途中で、ずかずかと乱入してきた集団がいた。ぼろぼろの旅装に、顔を隠した先頭の女。
碧翅は激しい勢いで立ち上がった。
「紅翅!」
顔が見えなくても分かる。慣れた歩き方に手の形。部下たちがわっと歓声を上げた。
「お久しぶりね、碧翅姉様」
頭巾を取った紅翅将軍は、二年前と全く変わらぬ笑顔で碧翅に抱きついた。
「お帰りなさい……」
別離は寂しかった。賊軍として投獄された時すら二人は片時も離れなかった。どこにいるか分からなかったことも今までにはなかったのだ。
「帰ってきたのね。カンボジアから」
紅翅の目が輝いていることに碧翅はすぐ気がついた。
「姉様、私、やったわよ! 今度こそ反乱軍を一気に制圧してしまえるわ!」
碧翅は息を呑んだ。
「太利の作戦が成功したの?」
「そうよ。姉様、明日にでもすぐ森を攻撃していいわ」
紅を抱き締め、碧翅は溜息を漏らした。
「あなたって……本当に……すごい子」
「姉様も、よく持ちこたえたわ」
部下たちの面々を見渡し、紅翅は晴れやかな笑みを満面にたたえた。
「勝負は大詰めよ。私たちの肩には、実に沢山の人間の期待がかかっていることをよく覚えておいて。私たちの進軍が、反乱軍にとって破滅の呼び声となる」
紅翅は唇を舐め、部下が運んできた刀を手に取った。
「お遊びはもうおしまいなのだわ」
碧翅は、紅翅が連れてきた数人の集団に目をやった。西洋人がいるのはすぐに分かった。軍服を着た黄色い髪のいかつい男だ。カンボジア人も、シャム人もいる。紅翅と太利が二年間奔走した結果集まってくれたのだ。
「ところで、太利は?」
「あの人はね、今森の中」
戦略の全貌を知っているらしい紅翅がまた不敵に笑った。
「念には念を入れて、ってね。憎たらしい反乱軍を徹底的に崩したいんですって」




