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第5章 48

 二年の間に構築した武器輸入のネットワークは、文懐と一部の側近、そしてマルシャンのみが全容を理解していた。ポンディシェリの基地を通して、フランスは現在までに予備の大砲を五台と大量の砲丸を送り届けた。扱い方を教授すると称して、基地の軍人も数人やってきた。彼らはポンディシェリの下級将校だが、戦略の組み立て方や武器の扱いにおいて大南人兵士よりも格段に勝っている。マルシャンは彼らを歓迎し、今までで一番いきいきと働き始めた。彼らは以前から知り合いだったのではないかと、会話を聞いていた訓が感じるほどだった。

 そして大龍将軍を討ち取った日から約二週間後、二度目のフランスからの書簡が到着した。その時の書簡は、前回よりも一層踏み込んだ内容に変化していた。フランス政府は、文懐に条約の正式な締結を要求していた。武器の供与、軍人の派遣と引き替えに、大南の南半分__ちょうど「コーチシナ代牧区」の範囲にあたる地域をフランスの保護下に置くこと、鎖国を撤回しフランスの独占貿易を認めること、プロコンドール島の割譲。ざっとそのような要求がつらつらと美しい筆記体で記されていた。

「……訓。どう思う?」

 書簡の中身を聞き終えた後、文懐はわざわざ訓を探しに出た。フランス語の書簡を見せて訓にそう尋ねたのである。

「条約を結ぶべきかどうかですか?」

 文懐は知らないが、マルシャンはこっそり訓に囁いていた。文懐をおだてて、条約締結に話を持っていけ。必要ならば要求される物事を偽ってもいい。どうせ彼らにはフランス語が分からない__。

「私には、大元帥閣下に国防の是非を説くほどの知識はございません」

 文懐は短気な一面もあるが、決して愚かではない。マルシャンを代表とするフランス人の集団は初めから警戒して接していた。

「こんな条約を安易に受け入れてはいけないのは、私にも分かる。南圻全域を保護だと? フランスとの独占貿易だと? これまで築いてきたシャムや清との関係はどうなる。遠い西洋の一国のみと結ぶ関係など、脆弱過ぎてお笑い種だ」

「ですが、彼らの協力がなければ阮朝解体は困難なのも確かです」

 控えていた燈が口を出した。

「シャムや清との取引を広げてはいかがでしょう」

「シャムには深入りしない方がいい。折角大南の領地にしたカンボジアの土地をまだ狙っている。こっちに恩を売りつつ隙あらば利益をごっそり強奪していくような国だぞ」

「この条約への返事は__」

 訓はそっと書簡を持ち上げた。

「保留になさいますか」

「そうだな。あのマルシャンにはのらりくらりと誤魔化しておいてくれ。どうもあいつの前のめりさが気に食わない」

「聖職者とは思えない好戦派ですな」

 燈が面白くもなさそうに笑う。

「訓、お前はあいつのお気に入りだな。あいつが企んでいるのは何だと思う?」

「彼の言葉を信じるならば、キリスト教徒の保護と布教の拡大でしょうけど」

「それは建前だ。お前がわざとあいつの発言を悪意まみれに通訳しているのでなければ」

 訓は苦笑いした。

「私の意見を聞いてくれるか? マルシャンは、自らが大南の統治者になりたいんだと思う」

「まさか、そんな大それたこと……」

「あいつが一番に尊敬しているのはナポレオンとかいうフランスの武将だと、以前に別の司祭が教えてくれた。ナポレオンは、確かフランスの皇帝になったのだろう?」

「それは初耳です」

 訓に語ったのはピニョーへの憧れだけだった。欺かれていたのか。

 自分が馬鹿馬鹿しくなった。これでは、父親を誇る子どものような動揺の仕方ではないか。

「条約の件は一旦脇へ置こう。燈、各隊長に召集をかけてくれ。もう一つ、話し合わねばならない事柄がある」


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