第5章 44
その日の夕刻、文懐の元に聖職者たちの一団が訪れた。先頭は禿げ頭の司祭だ。普段は柔和な顔つきの老人が、今日は険しい表情で文懐に詰め寄った。
「大元帥閣下、聞き入れてほしいお願いがございます」
「何だ? 言ってみるがいい」
もう一人の年長の司祭も一歩前に踏み出した。
「阮訓を、宝石を守るお役目から外してください」
目の前の司祭たちの真意がつかめず、文懐はただ目を細めた。
「何故?」
「あの者は重要な任務に不適格です」
「今日も、信者に毒を盛られたと聞きました。度々宝石を危機に晒すのは、本人に自覚と能力がないからです」
「なるほど。では他に誰がいる?」
「我々の中から選んでも、腕に覚えのある戦士に任せてもよいでしょう。だが、阮訓は駄目です」
はじめの老司祭が顔を歪めて訓を非難した。
「燈殿からご報告があったはず。刺客一人自分で撃退できないようでは……とても文懐様のご期待に添えませぬ」
文懐は顎に手を当て、集まった聖職者たちを観察した。
「では聞こう。もし信徒が玉を奪おうとしたら、そなたたちはどう対処する?」
「その者を殺します」
何のためらいもなく、若い司祭が答えた。
「悪魔に取り憑かれた結果でしょうから」
「分かった分かった。じゃあ、訓を呼んでこいよ」
呼び出しに応じた訓は暗い顔のまま文懐らの前に出てきたが、司祭が話し始めると困惑の表情を浮かべた。
「心臓を……別の者に任せろと?」
「お前では守りきれぬ」
萬呂司祭が決めつけた。新米の司祭も賛成する。
「私たちなら、もっと上手くやれます。玉を下さい」
「そんな……」
高文が、司祭たちの言葉に賛成して深くうなずいた。訓は叱られた子どものように、無防備に傷ついた顔を晒す。素っ気なく顔をそむけ、高文が促す。
「訓、悪いことは言わぬ。玉を恵に渡すのじゃ」
文懐も訓を慰めた。
「お前一人に任せたのが悪かった。さあ、若い司祭殿に渡してやれ」
訓が首を振る。
「今日は……少し油断しただけです。これからもっと警戒します。だから……」
「訓!」
突然、高文が怒鳴った。訓だけでなく、カテキスタたち皆が身を縮めた。
「いいから、早く言うことを聞きなさい、坊や!」
カテキスタたちは驚きのままに囁き交わした。あの、温厚な高文司祭があんなに怒るなんて!
訓は顔をひきつらせ、懐の巾着からゆっくりと輝く宝玉を取り出した。そしてそれを司祭の手にのせて、きつい目で睨んだ。
「そう、それでいい」
萬呂司祭がふっと笑った。訓は何も答えず同僚たちに背を向け、早足でその場から逃げていった。




