第5章 39
約束通り、宮廷軍の攻撃はぴたりと止んでいた。しかしその間に、大龍の心臓を取り返そうと機会を窺っているはずだ。訓は文懐に呼び出されてその話を聞いた。
「お前の弟子がこれをとってきたおかげで、我々も少しは休めそうだ」
薄紅色に輝く拳大の宝玉。ただの石ころにしか見えないが、ロンテに奪われた大龍が動揺し弱々しく痙攣しながら倒れたのを訓は確かに目の当たりにした。
椅子に腰掛けた文懐は、片手で玉を雑にこねくり回している。
「まだ破壊しないのですか?」
「まあ待て。こいつは何かと役に立つぞ。これを返して欲しいがために、奴は何を差し出してくれるかな?」
「返すつもりはあるんですか?」
「まさか!」
文懐は声をたてて笑った。「あちらさんから武器でも平和でも搾り取った後に、たたき割ってやる」
文懐の部下が駆け寄ってきた。宮廷軍の使者が白旗を掲げてやってくるという。文懐は椅子に沈めていた体を起こし、通すように命じた。
将軍の使いとして来たのは、背の高い武将だった。さっとひざまずいて文懐に形ばかりの敬意を表し、きびきびと話し始めた。
和睦__といっても、仮初めの平和に過ぎない。両軍にとって休息ではなく、やがてすぐに再開される激突への準備期間である。
それでも、文懐の軍にとっては大きな勝利だった。何せ、停戦を申し入れてきたのは宮廷軍の側だ。一体、どこの世界に、反乱勢に白旗を振って和議を願い出る官軍がいるだろうか?
阮朝皇帝の威信は、確実に揺らぎつつある。
大龍将軍自身がしたためたという和議状を隅から隅まで読み、文懐は鷹揚にうなずいた。
「停戦を受け入れよう」
その場に居合わせた年若い兵士たちが、開けっぴろげな笑みをみせた。文懐の側に立つ側近燈が目だけでたしなめる。
「大龍殿はお元気かな? 今どうしておられる?」
使者は眉一つ動かさず答えた。
「ご健在でございます」
「へえ、大切なお宝をなくされて、さぞ気落ちしておられるだろうと思っていたよ」
「心配していただくほどのことはございません」
文懐は署名した紙を半分に切り、使者に片方を渡した。受け取った使者は紙を手早くまとめ、最後に傲然と兵士たちの顔ぶれを眺め回し、悠々と帰っていった。敵陣の真ん中を歩いているというのに、足を早めることもよそみすることもない。
「何だあいつ、強がりやがって」
誰かが呟いた。
「昨日命からがら逃げてった大龍は、情けないほどうろたえていたのにな!」
兵士たちがどっと笑った。だが文懐は逆に眉をひそめる。
「あまり甘く見るなよ。将軍は大龍だけじゃあない」
「双子の女将軍ですか?」
「王姉妹を見くびらない方が良い」
訓が静かに言った。彼の周りには司祭や信徒たちも集まってきていた。使者が帰ったので、交渉の行く末を聞きにきたのだろう。




