何をしていたの?
おかしいと気づきだしたのは、結婚して子供が産まれてから。
どんどん、毎日のイメージが薄くなっていく。
と言ったら、どういう意味?と思うじゃん。
どんな意味と言われてもそうゆう意味だから仕方ない。
とにかく、毎日のイメージが薄くなっていくんだよ。まるで自分の想像の世界を歩いているみたいに。
てか、私、ちゃんと起きてるんだよね?
起きて、顔洗って化粧して、服を着て。
今、ここにいるんだよね?
ママ、と足元で声がする。あ、娘が起きてきた。
私は娘の顔を見る。なんかぼやけて見える。
それではいけないと、私は娘の顔をはっきり見るように脳に命じた。
すると子供の顔がはっきりしだした。
少し目が大きい可愛い子だ。あれ?目が大きすぎるかな?口が小さすぎるかな?
あれあれあれあれ?
子供の顔のイメージがぐちゃぐちゃになる。いけない、ちゃんと考えなきゃ。
台所で朝食をつくる。味噌汁にする野菜を刻み、ボウルに入れる。
ふと私は野菜を見た。
切ったはずの野菜が、固まってる。
ああ、いけない、またやってしまった。
私は今、野菜を切ったんだから、
切ったってイメージを強くしないと。
出汁をはった鍋がグツグツいってる。
その光景が、まるで昔みた、コンピュータグラフィックの映像に見えてきた。
わいてるはずの出汁が、ゼリーみたいになってる。
駄目だって私!
朝日が窓から差し込んでるんだから、
光を反射してるはずだから、
沸騰した出汁はこんな風に見えるはずだ。
私は必死に思考を巡らせた。
このところ、毎朝これだ。
ようやく出来た朝食、へとへとになりながらテーブルに運ぶ。
テーブルでは、娘と主人が待ってる。
ふと私は二人の顔を見た。
マイクラみたいな姿をしてた。それが器用に箸をもち、口を開けて食物を流し込んでいる。
私は半ば茫然とそれを見つめた。でももう、
リアリティを持たせるために考えることに疲れてしまった。
これでも一応、
一応、
「食べてることになるよね」と。
やがてもはやドット絵のようになった主人と娘が、行ってきますと玄関を出て行った。
というか、ドアをすり抜けた。
もう、ドアを開けて、と考えることも私には出来なくなっていた。
どんどん薄くなる。
リアリティの世界のイメージ。
人の想像力なんて、所詮こんなもんでしかない。
でも、その世界を望んだのは私達だ。
理由?
怖かったから。
ここが安全だと思ったから。
いや、違う。
私はこんな世界望まなかった。
汚れてても、危なくても。
私はこんな世界は望まなかった。
自らもマイクラ、いや、ドット絵になってしまった姿で、私は住んでいるマンションの屋上に出た。
なぜか、建物の景色はくっきりとしていた。それはそうだろう。もともとオプションでついてきたんだから。
屋上から身を投げるその瞬間。
私は、汚くて危なかった世界の事を思い出していた。
そして父にこう言ってたのを思い出した。
お父さんは、今まで何をしていたの? と。
今の今まで、どこで何をしていたの? と。
父は言った。
みんながしてるからするんだ。
みんなそうしているだろう? だからお前もしなさいと。
これが、みんなのしたこと。
こんな世界に入るのが、みんなのすること。
私は、屋上から身を投げた。
何のためらいもなかった。
こんな世界で死ねたらいいけど、
多分……
多分……。