最終話 支配者の在り方
名前を見てわかる通りこれが最終話です。
詳しい説明はあと1話エピローグがありますのでその時説明させてもらいます。
それから10日後。ブルーパレス中心街の大広場にて。
「凶悪な吸血鬼、化け物を打ち負かせることが出来たのは諸君らのお陰だ。本日、魔人集団を完全に駆逐した事をここに宣言するっ!!」
ステージに乗った3人の騎士のうち、真ん中に仁王立ちをしている王国騎士長カインは腰に携えていた剣を引き抜く。剣は眩しいほどの日差しを受けてキラリと輝いた。
ウォォォーー!!
それを聞いた500余の群衆が勝鬨を上げる。そして見ず知らずの人と抱き合っては激しく喜び、群衆は騒ぎ喜びのどんちゃん騒ぎになった。
カインはそんな光景を見下ろして喜ぶと、両脇に居る騎士達と顔を合わせて笑みを交わす。
「ふふっ。全く気持ちがいいものだ」
カインは久しぶりに喜ぶ。
今は午前12時ごろか。強烈な日差しも今だけは心地よく感じられる。
自分達はとうとうなし遂げた。凶悪で強大な吸血鬼達を撃退することに成功できたのだ。しかしそれもこれも全てはあの方のおかげ、フェンリル様のおかげなのだ。
カインは誰かを探すように巨大な群衆を見渡す。しかし彼の姿は見受けられなかった。それは当然フェンリルの姿。
全く謙虚なお方だ……。
凱旋を共にするようお願いしたところ彼はやんわりと申し出を辞退した。吸血鬼、魔獣、さらにはヴァンパイアの王である真祖を倒しておきながら、自分は余興が興味ないのだと言ったのだ。
その大きすぎる器にカインは感銘を受けざるを得なかった。あの方こそこの国の救世主、あの方を敬わずに誰を敬えというのだろうか。
カインは尊敬すら超えて畏敬の念を抱いている。
「騎士長……何考え事してるんですか?」
馴染みある隣の騎士がそう聞いてくる。
「おっと悪い、ボーっとしてた」
すると彼は笑いながら、
「勘弁して下さいよ。この集まりは騎士長が主役でもあるんですから今だけでも心配なことは忘れて騒ぎましょうぜ!」
「あぁそうだなっ!」
カインは隣の騎士と両肩を組む。そして歓喜に身を任せ、空に向かって雄々しく吠えたのだった。
△△△△
その群衆を300m以上離れた高層建築物の屋上から観察している者がいた。それは言わずもがな蒼翠のフェンリル、ジーク・スティンである。
「ふん……」
ジークは眩しげにハットを傾けては空を仰ぎ見る。雲一つない空は青い絵の具を濃く塗ったような一面の晴天が広がっている。
「これで一つ仕事が完了したか」
ジークはカッコ付けてそう言う。
当然、誰も聞いているわけではない。だがこれをわざわざ言いたくてここに来たのだ。全ては自分を格好良く見せるための最高のステージ作り。人々が盛り上がっているのを遠くの場所で俯瞰しながら静かに強者の面持ちで独り言を言う。これが最高にクールなのである。
例えるなら体育祭で盛り上がっている人々を誰もいない屋上で腕を組み観察する。もしくは一人だけの教室で机に手を置いて黒板を見る。これがカッコ悪いはずがない。
ことさら最も貢献した者が姿を消して遠くで一人、他の者達を見守る。この行いこそが自分を裏の実力者、支配者へと近づけるのである。
そしてジークはどこまでもカッコつけながらあくまでも冷静に、
「我は陰の者。諸君らは光の者。光がまた望むのならば我はまた夜と共に現れよう」
そう言った時にジークはもうそこにいなかった。
どこまでも広がる青空の下、涼しい風が一つ吹いた。
△△△△
「これより第7回ブルー・パレス復興会議、最後の会議を執り行いたいと思います」
前回よりも圧倒的に出席者が減った会議室に大きくも無いその声はやけに響いた。今この場にいるのは議長であるカイン、フェンリルとしてジーク、壁で控えているシーナだけ。
全く人がいない空席をカインは寂しそうに見渡す。そして口を開いた。
「といってもこれはもう会議であって会議では無いものです。どうぞ気を楽にしてご清聴下さい」
「了解した」
「ありがとうございます。約二週間ぶりの開催ですかね?魔人襲撃によってこの会議も大きな影響を受けました。副騎士長であるアデル、副経済長、その他大勢の方々は襲撃によって殉職、欠席になりました。勿論今もご存命の方はいらっしゃいますが、その方々は王都の方で各々復興作業に従事していると思われます」
「なるほどな……二人では少し味気ない。どうせ最後の会議なんだ。女よ、お前もこっちに座ってはどうだ?」
カインの背後で直立しているシーナへフェンリルは声をかける。しかしシーナは手を横に振った。
「私は本来なら会議に出席する権利はありませんので、出させて頂いただけで十分でございます」
「そうか……それなら仕方ないな」
「御気遣いありがとうございます」
なぜかそこでカインが頭を下げる。フェンリルは若干不思議に思いつつ次の言葉を待った。
「この会議が今回で最後というのは、出席者が大幅に減ったのは勿論のこと、私たち騎士部隊が王都へ帰還するためです」
「ということはデス・フォール崩壊から数ヶ月、やっと諸君らの任務が終わったと言うことだな」
「そうですね。本来ならもっと早くに帰還する予定でしたが襲撃によって伸びたという感じです」
「………」
「それで今回の議題ですが、特にございません。ですので代わりにフェンリル様への報酬、謝礼について具体的に提示させていただきたいと思います。フェンリル様、ブラック・ヴァルキリーの方々へは白金貨10000枚、大金貨5000枚、金貨3000枚出させていただきます」
「なるほど、白金貨10000枚か……」
と言いつつ、実際はどれほどの額かは分からないので頭で考える。
確か白金貨って一枚10万円の価値だよな。だから10×10000で10億か……?それと大金貨、金貨合わせて12億8000万かな?
フェンリル、ジークはあまり計算が得意では無いので何か間違ってるかもしれないが、一つだけ分かることはそれが莫大なお金ということだ。むしろそれさえ分かっていれば問題ないだろう(適当)。
ジークは小さい脳みそを振り絞って考える。しかしそれは側からみれば別の感情に思われたようでカインは恐る恐る、
「何かご不満がおありでしょうか?もし不十分でしたらこれよりもっと大きな額を動かすことも可能でございますが」
「ん、えっ?いや、十分な額だ」
思わず素の声が出てしまった。二人の様子を見る限り変には思われてないようでホッとする。
「そうですか。ではお金の方はこちらでお終いとさせて頂き、次はフェンリル様ご所望の土地についてです。ここから北西の地に人里離れた森林地帯がありましてそこはどうでしょうか?」
「北西の森林地帯?」
「はい。かなり国境沿いになりますが奥深いところで誰も近寄りません。噂によると危険な魔物も出るようですが薬草や鉱物資源といったものは手付かずです」
フェンリルはそれとなく頷いておく。
危険生物が出ると男は言ったが、恐らく自分ならば容易に倒せると思って提案したのだろう。それにこの世界で人が踏み入れ無い世界は魔物の世界と言っていい。魔物が出るからと言って他の地域を要求したところでそこもまた魔物は当然生息している。人間から離れた自然の地などそんなことは付き物だ。
「なら大金貨、金貨は要らんからその周辺の土地も貰おうか」
「よろしいのですか?」
「あぁ。それに諸君らも今は何かと費用がかさむ時期だろう」
「あ、ありがとうございます!」
今のカインの感謝それはフェンリルの配慮を察したのだ。
襲撃によってダメージを受けた王国は多大なる復興金が必要だ。故に謝礼を一部受け取らないということはフェンリルは王国に恩を売れ、カインとしてもお金の代わりにいらない土地を上げれば良いだけの話で渡りに船ということである。
「――では最後に」
そう言ってカインは一旦間を開ける。初めは何かと思ったが、フェンリルはすぐにその意図に気が付いた。彼は真面目な顔をしている。どうやら重大な話でもするのだろう、大方予想はついているが。
そしてそれは思った通りの内容だった。
「帝国が我々王国に対して宣戦布告をせずに大軍を率いて領土を侵攻して来ました」
「……そうか」
「敵の数は10万人。戦略も手数も用意周到のようですぐには歯止めが効かず、現在東国境から5kmほど進行されているようです」
「ほう、意外と食い止められているな。我としては雪崩の如く前線崩壊すると思っていたが」
「副騎士長であるアデルが13ある王国騎士団に指示しておりまして魔人襲撃最中でも統制が取れておりました。それが進行に反映されているのかと」
「有能な男だな」
「はい……彼は非常に頼りになる先輩でした」
彼は非常に悔しそうな顔をする。
恐らくかなりお世話になったのだろう。帝国が討ち取ったわけではないとは言え、優秀で頼りになる先輩を亡くした怒りや悔しさは相当なものが伝わってくる。実際、後ろの彼女も少し動揺を見せた。
「これからどうするのだ?国王は行方不明、魔人襲撃と権力闘争で貴族は崩壊寸前、となると実権を握っているのは軍部のトップであるお前だろう?」
「我々は魔人襲撃、帝国侵攻で亡くした方々の思いを無下にしないためにも全力で応戦する構えです。そして現在、国家総動員法を発動しようと考えております。幸い国民も魔人の件で国を守ろうという意識が高まっており士気も非常に高く、そうやすやすとは帝国の思うままにいかないでしょう」
「国家総動員法ということは我も強制的に駆り出されるのか?」
「いえそれは畏れ多い。私が貴方様に命令を出そうなど帝国に落とされる前にこの国が崩壊します」
「ふふっそうか。だが我一人程度でそんなことにはならんと思うぞ」
「いえいえ。……それでなのですがフェンリル様に今一度私のお願いを聞いてくれる訳にはいきませんか?これは命令でなく懇願です。謝礼も多く用意させていただきます」
「なんだ言ってみろ」
「辺境の城にある王女様を守ってほしいのです」
「王女様だと?」
「はい」
その後も話は続き、もうしばらく無いであろう三人の会議は幕を閉じた。