襲撃の幕引き
「え、嘘…?」
「……姉さんあれは?」
「ん、どうしたんだ二人とも?」
王都で再合流したエイラとリザは寝耳に水という言葉が正しいような驚き方をする。それに連鎖してリエルも驚いた。
エイラとリザは同時にワープゲートの方向を伺う。
「あっちのワープゲートからもの凄い魔力を感じました」
リザは指差してリエルにそう教えた。
「そ、そうなのか?」
「はい。私たちと同等、もしくはそれに近いほどの強大な魔力です」
「え、ということは……」
勘がいいリエルは何かに気付いた。
彼女が気付いたこと、それは事の異常さ。もし今のが敵だとするならば、エイラとリザを驚かせるほどの相当な力を持っているということだ。
だから心配で少しあたふたする。
「どうする、新手の者か?ここは一旦引いて敵の様子を探った方がいいんじゃないか?」
しかしそれとは裏腹にエイラは頭を横に振った。
「確かにそれもいいかもしれませんが私は逆に急いで行った方がいいかと」
それはどういうことだ、というようにリエルは疑問の表情を露わにする。するとエイラは話を続けて、
「ここで退いてしまえばせっかくの努力が水の泡です。敵が大量に降っている以上、また押し上げるには相当時間が掛かり街の被害を拡大させます」
なるほどそういうことか。リエルは納得する。不安の種は早めに摘まなければいずれ芽を出し大変になるという事をエイラは言いたいのだろう。確かにそれには自分としてもよくわかる。
「今の正体が敵だと仮定すると今だけが奇襲のチャンス、あれほどのクラスになるとここで退いては最悪王都を占領されてしまうかもしれません。そうすればもう手はつけられない。ですので私たちだけが敵の居場所を知っている今こそがチャンスだと思います」
「なるほど確かに最もな意見だ。リザはどう思っているのだ?」
警戒していた彼女はこちらを向いた。そして冷静に、
「私としても危険を顧みず急いで向かった方が良いと思っています。敵ならば見失うと非常にまずい。姉さんがいて、私がいる状況は今だけ。そして今なら例え強引に攻撃したとしても私たちにアドバンテージがあります」
「ふむ、リザの意見も非常に的を射ている。では二人に任せよう」
……私の意見では非常に心元無いからな、とリエルはわざと自分を卑下した言い方を付け加えた。
これは半分本当の考えだ。ここしばらくエイラやリザと暮らしてきて二人は本当に良く物事を見通していることが分かった。それに比べて騎士道に則った考え方を持つ自分はあまり融通が効かないとも自覚していた。状況判断を的確に行うことができ、なおかつ超人的な戦闘力を誇る二人の意見に従った方が賢明なのは明確だ。少なくとも今の自分はそう思っている。
しかし二人はそう思っていないようだった。
リエルの考えに否定顔のエイラは口を開く。
「心元無い。そんなことは無いと思いますよリエルさん」
「そ、そうか?」
「はい。何が間違いで何が正解だと私は思っていません。私はリエルさんの意見も正しいと思っています。自分のことを何を思っているのか分かりませんが、どうか自信を持ってください。リエルさんが私の意見を聞いて感心している反面、私がリエルさんの意見を聞いて感心していることもあるんですよ?」
そうなのか初めて知った。リエルは驚きの色を顔に浮かべる。
「それは非常に嬉しい。よし分かった。私も私で自信を持っていこうか」
「はい!」
笑顔で肯定してきてくれた彼女に自信を持って頷いた。すると横からリザが話しかけてくる。
「ここで敵の数がもっと増えたらまずい。
だから早く仕掛けましょう」
「そうね。じゃあこの街で魔人殲滅の指示を出しているブラッドレイスにも命令を出しましょうか。味方の数は一人でも多くいた方が良い」
「えっと、私も戦闘に参加するのか?敵がエイラ達と同等と仮定すると、私は役に立たない気がするのだが……」
リエルは不安げな顔をする。
自信を持つのもいいが、現実に目を通すことも必要不可欠だ。人には適材適所という言葉が存在する。相手が二人のような超人じみた力を誇る場合、自分が戦闘に参加しては返って二人の邪魔をしてしまう可能性がある。敵に人質にされてこちらが不利になってしまうことなど何としても避けなくてはならない。
そんなことを考えているとエイラがこちらの目を見て、
「リエルさんの護衛に一体ブラッドレイスを付けるので後ろから支援お願いします。リエルさんのスキル、金属性魔法は頼りになります」
「そうか、そうか……!」
自然と表情筋が緩まり笑みがこぼれた。
超越した力を持つ彼女が自分を求めてくれる。全くなんとも嬉しくて誇らしいことだ。自分もまだまだ捨てたものでは無いのかもしれない。ここまで持ち上げられてしまったら相手がどのような者でも頑張らないわけにはいかない事になった。
……そうだ、そうだぞ。エイラとリザに最高のパフォーマンスを発揮できる状況に持っていくことが私の責務。少なくともさっきの魔獣と戦った時のようなヘマを避けなければならないな。
そう意気込んで腰に携えたレイピアにリエルは触れたのであった。
△△△△
「しっかし不思議だな。吸血鬼の集団がブラッドレイスを使役している。……全く信じられないことだが、真祖ならそれも可能とするのか?」
「ふーん、どうだろう。違う組織という線もあるかも」
「確かに。例え真祖といえども国を滅ぼすブラッドレイスを従わせることは限りなく不可能に近い。偶然別の組織が吸血鬼達と出くわして戦っているという可能性もあり得るか」
「多分そう」
ほとんど表情を変えない仏頂面のニイナ・インベラスの推察にエルセティア・セラフィムも納得をする。
およそ数分前。街に出現した吸血鬼を討伐していた二人はブラッドレイスと言われる伝説級のアンデッドに遭遇した。
ブラッドレイスは極めて知能が高く、凶悪すぎる力を持っているが、エルセティアにとっては大した脅威では無かったために討伐できた。しかし最悪なことにブラッドレイスは自然発生のものではなく誰かが使役、又は召喚した個体であった。
これが何を意味するか。それは考えなくても分かるだろう。伝説級のアンデッドを超える者がこの街、又はその周辺にいるということ。
エルセティアは頬杖をついて考える。
全く関係ない事だがその表情も周りからすれば天使ように輝いて見えた。
もしその者と出会したらどうするか……。戦う?……いや、それではつまらない。
自惚ではないがどんな相手が来ようともエルセティアは負ける気がしない。自分はかつての監視者でありこの世を導く使命が与えられていた者。自分が負けること、それすなわち世界の均衡が崩れるのに等しい。
そんなことは万が一にも無いのは自明の理。
ではどうする……。仲間、もしくは同盟者に向かい入れる?あの連中に立ち向かうには出来るだけ数が多くいた方が良い。そう、そうだな。
エルセティアはこれだ。というような得意げな表情をする。
正直こんなことは馬鹿らしいと分かっている。使役モンスターを倒した以上、相手との交渉は決裂に終わる可能性が高い。それでも連中の野望を止めなければならない。世界に仇をなすような考えのあの連中を止めることができるのは自分とその仲間達だけ。
今は理想論を唱えてでも戦力が必要であり、だからもし可能ならば今からこちらに向かってくる人達とあわよくば協力したい。
なぜなら、決戦の日はいずれ来るのだから。
決心するようにエルセティアは表情を引き締める。それと同時にこちらへ向かってくる存在が感じられた。
「ニイナ、もうすぐこちらにブラッドレイスの飼い主とその他複数がやって来る」
「え、嘘?」
「気を引き締めて警戒をしろ。もし戦闘になったらニイナは安全な場所にワープさせてあげるから心配するな」
「エルセティアは大丈夫なの?」
「あぁ私は大丈夫だ。もしそうなってしまった場合は私で対処しよう」
エルセティアは感覚を鋭くする。こちらに向かってくる数は6。そのうち3人からは先ほどのブラッドレイスのような不死者の力を感じる。恐らく残りのブラッドレイスかもしくは種類違い。
では他の存在はというと、驚くことに生者。大方その中に今倒したレイスの使役者がいるだろう。後はその仲間か。
自分はこの世界で真の実力者。そんなことは当然分かっている。しかし警戒して損はない。何せブラッドレイスを何体も操る者が今から来ようとしているのだから。
そして。
「エルセティアっ!!」
「あぁ大丈夫だ!」
三体のブラッドレイスが到着し、自分達の後方を囲うように陣を組んで来た。しかしエルセティアはというと、そんな存在に目もくれず本を向けることで警戒とする。
そしてここからが本番だ。自分が気掛かりだった生者である残りの3人もこちらに到着したのである。
エルセティアの前に現れたのは3人の女性。赤髪と金髪と銀髪の女性だった。赤い髪の女性は、少女のような面影を残しながら大人びている。およそ10代後半といったところ。
金髪の女性はむしろ少女と言った方が良いだろうか。身長は他とさほど変わらないものの、完全な大人とは言えない少女のようなあどけなさが少し顔に残っている。
銀髪の女性はというと完全な大人。身長が最も高く凛々しく清廉な顔つきをしている。そしてなぜか二人よりも五歩ほど後ろで立っていた。
もしかして魔法使いなどの後衛職なのかもしれない。しかしその割には腰にレイピアのようなものを携えており前の二人は何も武器を所持していなかった。
それが一体何を意味し三人は一体何の職業を納めているのか、エルセティアには分からない。
「………」
張り詰めた緊張感の中で向かい合うことしばらく。赤髪の彼女がやっと口を開いた。
「私たちはブラックヴァルキリーと申します。この場所で膨大な魔力を検知してやって来たところ、あなた方が居たので少しお話しでもよろしいでしょうか?」
「あぁいいぞ。私は極光聖天団という小さな組織をやっているエルセティア・セラフィム。後ろの少女が団員のニイナ・インベラスだ」
「なるほど。でしたら魔人の連中とは違うという判断でよろしいですね?」
「ん?」
「いえ実は、あなた方が魔人でしたら有無を言わずに奇襲するつもりでした。しかしその見た目と様子を察するに魔人の手の者では無いと判断して前に出て来たのです。でも良かった…強大な魔力だったのでどんな強敵が待ち構えているかと思ったら、この街で魔人殲滅をしている方達だったとは。これではブラッドレイスを集めた意味がありませんね、良い意味で」
ブラッドレイス。
その言葉でエルセティアとニイナは気まずい顔をする。するとその顔が赤髪の彼女にバレたのか、
「どうしました?」
「いや、そのことなんだが……。君たちのブラッドレイスを一体倒してしまった」
目の前の彼女達は少しだけ驚いた顔をする。しかしそれも束の間、先ほどの落ち着いた顔に戻した。
「あなた方が私たちのブラッドレイスを一体倒したのですか?」
「あ、あぁ」
嫌な雰囲気が流れたのを感じた。それと同時に金髪と銀髪の女性が後ろ指を指すよう何を言ってるかは分からないが喋り出した。
ちなみに赤髪の女性はというとこちらを見たままだった。
まずい、怒らせたか?せっかくここは穏便に済ませられかと思っていたが、彼女達の逆鱗に触れてしまったら戦闘は避けられない。
相手の手持ちアンデッド一体を倒しただけで問題になるのかと思われるかもしれないが、アンデッドの質が違う。ブラッドレイス一体無くすこと、それはネクロマンサーにおいて全財産を無くすことに等しい。
つまり相手の時間と貴重な召喚道具、財産を自分は先ほど奪ってしまったということになる。それが伝説級のアンデッドなら尚更、下手したら召喚に携わった10年ほどの歳月を無下にしてしまったのかもしれない。
弁済するにしたらどれほどのお金が掛かるのか。ただ幸いお金に関しては心配はいらないと思うが、一番最悪状況はこれで相手が怒って戦闘になるパターンだ。
そうなれば魔人騒ぎのどころでは無い。ブラッドレイス三体、それを使役している一人と仲間二人と戦わなくてはならない。下手すれば王都全体が火の海と化す可能性がある。
それだけは避けなくてはならない。お金を払うつもりも謝罪する準備も自分は出来ている。
身構えながらそんなことを考えていると、赤髪の彼女が口を切る。
「だからあれほどの魔力が発生したのですね。なるほど了解しました」
それは呆気なさすぎる返事。思わずエルセティアは唖然とする。
「……そ、それでいいのか?私は君たちが心血注いで作ったアンデッドを壊してしまったのだぞ?」
「確かにそれなりの請求はさせてもらいます。ですが今はそれどころでありません。魔人殲滅、そしてあのワープゲート破壊に注力しましょう」
「そ、そうだな」
拍子抜け半面、驚き半面で後ろのニイナを見る。彼女は相変わらず仏頂面。しかしそこには驚きの色が見られるように感じた。
「姉さん、周囲に物凄い数の魔物が降っている。邪魔される前に早くワープを破壊すべき」
「そうね今は一刻も争う。しかしどうやって破壊できるのかしら……。あれほどのワープなんて知らないわ」
彼女達は何やら話をしている。そして困り顔になっていた。丁度いい、ここで少しでも恩を売れば後々やりやすくなるだろう。
そう思ったセラフィムは、
「だったら任せてくれないか?私だったら造作もなくあのワープゲートを消滅させてみよう」
自信満々な笑みを浮かべてそう言った。
「大丈夫ですか?」
「あぁもちろん。あの魔法だったら十分に構造を理解しているし、破壊も容易いだろう」
「そうですか!?」
「ふふっ、任せておけ」
では早速壊すとしようか。これ以上魔人が降ってくる前に。
7つの本を浮かせながらエルセティアはふわりと飛び立つ。そして急加速した。速度は一瞬で100kmを超過し蜂のように鋭く、蝶のように滑らかに動く。
それはエイラが知るどんな飛行魔法よりも軽やかだ。例えるならエイラが炎になって移動する動きに似ている。
巨大なワープゲートが瞬く間に光に包まれていく。光が霧散した後、その姿はどこにもなかった。
「す、凄い……」
なんともシンプルな褒め言葉。
だが今の自分にはそれしか浮かばない。真に凄いものを見た後、人はただ呆然とするように自分もそれ以上の言葉が思い浮かばなかった。
「……っ」
「な、なんだあれは…」
そしてそれは他も同じようで、リザ、エイラ、果てはニイナまでも固まったように空を眺めては感嘆としている。
そこにゆっくりとした動作、自信あふれる面持ちでエルセティアは降りて来た。
「どうかな?うまくゲートを破壊することができただろう?」
彼女はどこまでも美しくそう言った。