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二人の気持ち

「ゼラさん、大丈夫ですか?」


「ジーク生きていたのかっ…!」


「はい、実はあなたと敵とのやりとり、戦いを遠くで見ていました。加勢しなくてすみません。

ですがあなたの本当の気持ちを知りたかったんです。これで分かりました。

あなたも僕と同じ被害者だったってことを」


「違うんだジークっ…。

私は君を裏切ったのだぞ。助けてもらう資格などどこにもない、私はここで死ぬべき存在だ!」


「そんな簡単に死ぬなんてことを言ってはいけません。アレンさん、リズさんの為にも……」


ジークは顔に影を落とす。

ゼラにはそれがよく分からなかった。


なぜそんな曖昧で落ち込んだ風に告げるのか。

アレンとリザのためにとは、あの2人が一体どうしたというのか。


まさか……。


ゼラはハッとしたような表情を作る。


あの2人は彼と一緒にここに来ていない。

彼はとても落ち込んだ態度を見せる。


それはつまり……。


「アレンとリズが亡くなった…?」


ゼラの顔がどんどん青ざめていく。


こんな事は言いたくない。

考えたくもないし信じたくもない。

だけど口にしないと不安でどうにかなりそうで、思わずそう発した。


彼は私の言葉に静かに頷く。


「……はい。

正確には分かりませんが、彼らは突然現れた魔人に命を奪われたのでしょう。私が2人のところへ戻ったら既に事切れていました」


「そ、そんな。

あの2人が私のせいで……」


「ゼラさんのせいではありませんよ」


「いや私のせいだ。

私が彼らを殺したんだ……」


「大丈夫です落ち着いて」


倒れ込むゼラにジークが出来ることは背中をそっと揺することくらい、悲しい唸りに二人は飲み込まれる。


少し経ってジークは揺することもやめた。

彼女を慰めたいのは山々だが自分にはまだ一つ仕事が残っている。


ジークは彼女から離れると先ほどから棒立ちでこちらを見ている男の元へ向かう。


すると後ろから「あっ…」という声がした。

か細くて弱々しい、もはやいつもの彼女のものとは思えない声。


それでもジークは後ろを振り返らない。


正直、心が苦しい。

彼女と一緒に傷を舐め合って心の傷みを和らげたい。


いつも強気なジークだが、今回は流石に来るものがあった。肉体的には超人でも精神的には鉄人ではないのだ。それは彼女も同じだろう。


だが遂にジークは足を止める。

彼女が嗚咽するように待ってくれと叫んだからだ。


「本当に身勝手だが許してくれジークっ…。

ほんの少しだけほんの少しでいいから、こっちを向いてくれないか?私の最後(・・)のお願いなんだ」


振り返れば彼女は立っている。

だが先ほどとは様子が違った。彼女は涙を流しながら無理矢理微笑むような表情を作り、鋭く伸びた魔獣のような爪を自身の首元に突きつけている。


ジークは意味が分からなかった。


「一体どういうことですか?」


「ここで落とし前をつけるのは間違っている。

それに君を混乱させてしまうのも分かっている。

それでも…ここでやらなくてはいけない」


「………まずいな」


ジークは小声でそう一言。


やっと意味を理解した。


つまり彼女は罪償いをしたいということだ。

大切な人を亡くし、更には街や街の人々に被害を与えた原因である自分がのうのうと生きているのが許せない。だからここで自ら命を絶とうとしているのだ。


それは思った通りで、


「私は私自身が許せない。

だからねジーク…ここでお別れだ」


「そんなこと…僕が認めません」


「私の最後のわがままだ、許してくれジーク。

……今まで本当にありがとう。

君といた時間は私の何よりも大切な瞬間だ」


ゼラの首元に爪が突き刺さっていく。


それと同時に彼女の心の中の時間の速度が数十倍遅くなったように感じられた。


その中で彼女は最後の感謝を述べる。


あぁ、ジーク今までありがとう……。

君と出逢えたのは僅かな時間だったけど私は本当に楽しかったんだ。魔法館、冒険者で見せた君の優しさは決して忘れないよ。


他人事のはずなのに、出会って1時間も経たないのに、君はアレンとリズの心配をしてくれたね。

私はその時物凄く嬉しかった。

自分と関係のない人にも優しい思いやりができる君が何よりも愛おしい。


思えば君と出会えることができたのは神様がくれた最後の慈悲なのかもしれない。


でもね、私は本当にわがままだ。

こんな幸福をくれた神様がむしろ憎い。

だってもっと君と一緒にいたいから。


ジーク……淋しいよ……。


もし、もし神様にあと一つだけお願いを言えるとしたら、もっと早く君と出逢いたかった。そうすれば君のため自分のために私は生きることができたのかもしれない。


でも、もうそれは叶わない話。

これが運命。私と君は別れる運命なんだ。


あぁジーク………。

今までありがとう。

私は死んでも君のことを忘れない。

だけど君は私のことを忘れてくれば嬉しい。

君にとって私といた時間は数十年ある人生の中でたった一コマでしかないんだから……。


本当に本当にありがとう。

私は君が大好きだ。愛してるよ。


ゼラはゆっくりと目を瞑る。


それが彼女の最後のメッセージ。


心の秒針が正常に動き始める。

それと同時に鋭く尖った爪が柔肌にますます突き刺さっていった。


後もう少しで致命傷になる深さまで達するだろう。


だがそれは誰でもないジークが許さない。


「待ってよ…待つんだ!!」


「………」


本当に苦しいが、ゼラはジークの言葉を無視する。


「やめろって言ってるだろっ!?」


怒声が公園中に響き渡った。

ゼラはあまりの驚きと彼の豹変具合に手を止めざるをおえなかった。


「ジークっ……」


初めてだった。

恐ろしいほどに凄んだ彼の顔を見たのは。

いつも優しかった彼の顔が今は鬼のように恐ろしい。


だがそれも一瞬。

彼はまたすぐに優しい顔つきに戻った。


「そんなことをして一体どうなるっていうんだゼラさん。今あなたがやろうとしていることは謝罪ではなく単なる逃げ、あなたは辛い事から逃げようとしているんだけなんだよ」


……でも。


「確かにその気持ちはよく分かる。

本当に辛いことがあった後は全てがどうでもよくなって、何事からも逃げ出したくなるんだよね。

でもそれじゃダメなんだ」


「………」


「ごめん。ゼラさんを悪く言ったつもりじゃない。

今から単なる思い出を語るけど聞いてくれますよね?もし僕の話を聞いた後も変わらずに死にたいんだったら僕は止めないし、もしこれで少しでも死にたくなくなったら僕のことを抱きしめてほしい」


「………」


「じゃあ話します。

僕が辺境の村出身ってことは話しましたよね。」

僕はその村で辛い経験をした。13歳の頃に両親を亡くして15歳の頃に怪しいカルトが村中で流行った。

ただでさえ裕福じゃなかったうちの村は連中に搾取され飢餓で亡くなったり、身売りされたり、拐われた人だっていた。当時、僕の幼馴染だった子や家族が忽然と姿を消したんだけど本当に恐ろしい。

お父さんは奴隷として売られ、幼馴染、お母さんはレイプされたり、貴族や金持ち達に売られて性奴隷にされたんだろうね。それか想像もできないようなもっと酷い目にあったのかもしれない。

彼らが今、生きてるか死んでるかも不明だ」


「………」


「それでもね今の僕は幸せだよ。

なんでか分かる?諦めなかったからだよ。

苦しいこと辛いことに押しつぶされそうになっても、身近にいる人や家族を大切にして、協力して来れたからここまで乗り越えられた」


ジークは話を続ける。


「そして今の僕はゼラさんと手を取り合いたい。

他の誰でもないあなたと協力したいんだ。

そうすれば苦しいことも2人で乗り越えられるって、僕は信じてる。だからそんな簡単に命を絶とうなんて思っちゃダメだ」


「ジーク……」


「僕が苦しい経験をしてきたように、ゼラさんが体験してきた困難や苦痛を俺が推し量ることは出来ない。

それでも今こそが耐え時なんだ。

後で二人でゆっくり話せたらその傷もすこしは癒せるかもしれないでしょ?」


「………」


「ほら、早くこっちに来てよゼラさん。

そんな悲しみに呑まれちゃいけない。

さっきはダメだったけど、今度こそは僕の手を取ってくれるよね?僕は信じてるから」


ジークはそっと手を伸ばす。

その顔はいつものようにニッコリと微笑んでいる。


ゼラは勝手に涙が溢れて来る。


散々裏切った自分に彼はそれでも手を差し伸べてくれる。なんて優しいのだろうか。もしここで手を取らなかったら自分は本当に最低で死ぬべき存在なのは間違いない。


ジーク全くずるいよ…。

ここで君の手を取らなかったら私はまた君を裏切る事になるじゃないか。

これじゃ償いたくても償えない。


だからゼラはもう迷わない。

走ってジークの元に駆けつけると彼の身体を強く抱きしめた。


「ジークっ!

全く君という存在はっ!!」


「よしよし、大丈夫、大丈夫だ。

僕がそばにいるよ」


彼女は自分の胸で赤子のように泣き続ける。

そんな彼女をそっと抱擁しながら背中を優しくゆすっていった。


………。


どれほど経ったか。

落ち着きを取り戻した彼女は顔をゆっくりとこちらへ向ける。


「落ち着いたかい?」


「……あぁ、ありがとう。

もう少しくっついていたいがそういう状況でもないな!」


ゼラはまたニコリと笑う。

顔はまだ真っ赤で苦しみや悲しみは完全に取れていないだろうが無理矢理笑った。


彼女は普段サバサバしているようにも感じるが実は誰よりも健気で人思い。

自分ではなく彼女こそが最も優しいのだ。


気づけば2人の顔は数センチまで近づいている。

ハァハァ…とお互いの息がかかりながら、もっと近づく。


そして2人はキスをした。


「……んぅ。ジークっ……」


ゼラの中でゆっくりと時間が流れる。


だけど今度は1人ではない。

大好きな彼に包まれながら彼の世界に引き込まれていく。


彼こそが光であり希望。

もう絶対に裏切らないし離れない。

彼と一緒にどこまでも歩んで行こう。

彼が望んでくれるのなら。


「ゴホン……!!」


2人だけの世界は誰かの咳払いによって突如消えてしまった。その発生音はゼラの背後。

ゼラは一瞬アリシオンのものだと思ったが彼は本来ジークの背後にいるはずなので違う。


とすると、

そう思ったゼラは後ろを振り返る。


そこにいたのは獣人の少女、ラフィーだ。

彼女はかなり不機嫌な顔でこちらを睨みつけている。ゼラは心惜しくもジークと離れた。


それを見かねたジークは後ろに声をかける。


「ラフィー、もう良いんだ。

俺は間違っていた。俺が本当に助けるべき存在は街の市民じゃなくて俺自身が助けたい人だってね。

正義の味方ではなく自分達のしたいことをやる。

それが俺たちブラック・ヴァルキリーの方針でしょ?」


「……私はその女を信頼できない。

一度裏切った以上、またいつか裏切る。

その女はジークの優しさに漬け込んでるだけ」


「そう?それでも構わないよ。

もう一度言うけど、俺は俺にとって助けたい人を助ける。ラフィー達に危害が加わらないうちは何度だってゼラさんを助けるさ」


「……ふん」


ラフィーはプイッと他所を向く。


かなりの暴論だがここは我慢してもらう他ない。


「ということでラフィー?

さっき話した通り、ゼラさんと一緒に街の化け物大事に向かってくれ。ゼラさんもそれでいいよね?」


「あ、あぁ」


「じゃあ早く行った行った。

後はこの場は俺に任せてね」


ラフィーとゼラは殺し合ったらしい。

だから彼女達を二人きりにさせるのはかなり気が引けるが、ここは他力本願。


今は魔人討伐や市民救出を優先すべきで流石に協力し合ってくれると信じている。

それに二人を無理矢理にでも行動を共にさせればいざこざも少しは解消できるのかもしれない。


そう思ってジークは彼女を送り出した。


そんな思惑に勘付かれたのかタイミングが一緒だったのか分からないが、彼女はこっちに戻ってくる。


まずい、バレたかな?


なんて思っていると彼女は口を開く。


「ちょっと待ってくれジーク。

一つ大切な忘れ物をした」


「えっ、忘れ物?」


一体何が忘れ物だと言うのだ。

ジークには分からない。


先ほどの状況を見ていた限り、何も彼女は持っていなさそうだった。とはいえもしかしたら戦闘時に魔道具でも使用していたのかもしれない。


そんなことを考えていると。


チュッと、いきなり唇にキスされた。


不意打ちに思わずジークは「えっ?」と発する。


軽い唇だけが触れるだけのような軽いキス。

しかしながら彼女の情熱と温もりが伝わって来るのには十分だった。


彼女は優しげな笑みを浮かべる。


「ふふっ…これが忘れ物だ」


そう言ってラフィーの下へ走り去っていった。




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