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真祖

「なんだその姿は。お前はもっと黒かったはずだが……」


「これが私の本当の姿だ」


「ふん、まぁいい。所詮貴様は我ら吸血鬼とは違うデモルド。初めから信用できないとは思っていたが、まさかこんな形で裏切ってくるとはな。やはり魔人国は我らを見限っているということか……」


 アリシオンは握り拳にほんの少しだけ力を込める。


 こんなことになるとは分かっていて身構えてもいた。ただそれでも不快極まりない。応援であるこの女が裏切るという事は魔人国全体が裏切ったという事。魔人国はいよいよ吸血鬼を帰らせてくれる気はないらしい。


 思えば魔人国の支援や人員がほとんど導入されなかったのもこれが原因か。自分達は極力血を流さず、吸血鬼と人間を殺し合わせることで一方的かつ最終的に利益を享受できるのは魔人国のみ。


 直接関与もしていないため証拠は残らず、一石二鳥で漁夫の利を得られるということ。


 とは言え疑問も残る。吸血鬼を裏切るにはかなり時期尚早だということだ。騒乱が起きてから1時間程しか経過しておらず、吸血鬼はまだまだ継戦可能。


 魔人国が王国と吸血鬼の共倒れを本当に狙うならば、吸血鬼には滅ぶギリギリまで形だけでも支援するはずである。そうすれば吸血鬼の数を多く減らすことができ、なおかつ王国にも傷跡を残せる。


 それだというのにそうはしないということは、魔人国は何か他に意図があるはずに違いない。それが何かは分からないが、これで自分達の計画もご破算だ。


 すると目の前の女は口を開く。


「お前は何か思索に耽っているが、一つ言っておくとこれは私の独断だ。魔人国は関係していない」


「……なに?」


「お前は魔人国に裏切られたのかと思っているかもしれないがそうではなくて私が魔人国とお前らを裏切ったんだ。もう、本国もお前らもどうでもいい。私は彼の想いを継ぐべく行動する」


「彼だと?」


 女は空を見上げるように何かに想いを馳せる。


 彼とは一体何のことか、アリシオンには見当が付かない。


 ふざけた野郎だ……。何を言ってるのか分からないが、俺らの計画を邪魔されるわけにはいかん。


 アリシオンは公園を見渡す。ここの魔人たちを一人で倒したのだろう。とすると、この女の実力は決して侮れないものはあるが、かと言って自分が負けるはずがない。真祖の力を持つ自分ならその程度のことなど容易にこなせる。


 本当に気をつけるべきはあの全身から放たれる光。前回見た時と肌色も髪色もだいぶ変わっているが、それは果たして何かの特殊能力なのか、それとも別のものから来ているのか。


 いずれにせよ戦ってみなければ分からない。


 アリシオンは重心を前傾に保つことで戦闘体勢とも言える形を取る。


「デモルド、貴様らだけが特別だとは思うなよ。俺もその程度の力は出せるんだぞ?」


 アリシオンから悍ましい力が吹き荒れる。まるで地獄の底、奈落(ナラカ)から湧出しているような腐食の風は、漆黒と煉獄を混ぜ合わせたような色を作り出し周囲の草本を枯らし尽くしていく。


 それはどんどんとエイレーンへ迫り、全てを覆う。


 かと思われたが止まった。それはエイレーンの目の前。見れば彼女の淡いような白い光と黒い闇が拮抗していた。


「なるほど覇気は互角か……。これは良い試合になるかもしれん。さて実力はどうだ?」


 吸血鬼はあらゆる種族の中でも特に身体能力が高い部類とカテゴライズされるが、アリシオンはそんな中でも別格。軽いステップからの移動はそれだけで豪速の域に達する。


 2人は一瞬でぶつかり合った。


「はぁあ!!」


「はっはっは……!」


 直後、空間に衝撃が走り黒と白の波が鍔迫り合う。両者の力は勝るとも劣らず、双極の波は周囲全体に吹き荒れていった。


 闇付近の草は枯れ、神聖な光の近くの草は生い茂る。闇が生に死を与える魔神の力なら、光はもっぱら死に生を与える神々の如き力。


 決着が付かないと思われた拮抗も唐突に幕を閉じ、そのまま公園全土を使った乱戦に傾れ込む。


 謎の力で空間に浮かびながら後退するエイレーンにアリシオンは飛行して追いかけていく。


「俺ら吸血鬼、いや真祖こそが最強の種族。人間種も魔人種も竜も天使種も敵わない。絶対なる力をこの俺は持っているっ!」


 エイレーンは目を細める。これは劣勢で逃げ惑っているのではない。男の僅かな隙を見逃さずに伺っているのである。


 そして見えた。


「ここか!!」


 突き出された右手から膨大な純白の光が放出される。周囲の闇を飲み込み、浄化しながら目指すのはアリシオン本体。今までずっと追いかけていたアリシオンに避ける事など不可能だ。


 避けれないなら掻消せばいい。そう思ったアリシオンは右手をまるでドラゴンの鉤爪のように変化させると波動を叩きつける。


 その瞬間、街全体に鼓動が走った。溢れんばかりの正と負のエネルギーが融合して爆発を引き起こしたのだ。


 どれくらい経っただろう。長い長い衝突もようやく終わりを告げる。


 大地に足をつけたのは二人の者。どちらとも無傷であった。


「ハッハッハ!凄い、素晴らしいぞ。まさか貴様がこれほどとはな。あっさり片をつけるどころか、どうやら私も本気を出さねばお前に傷さえ付けれんようだ」


「それは私の感想だ。予想外だが、別に構わん。お前を片付けさえすれば後は容易なものだろうからな」


「これほどの力を見せられてはな、お前同様に他の雑魚の事などどうでも良くなった。どうだ、もう一度、いや真の仲間にならんか?俺とお前だけでも魔人国に勝てるかもしれん」


「………」


「どうだ、悪くない提案だろう?」


 アリシオンはヴァンパイアの王、真祖。エイレーンは魔人国で大多数を占め、魔人種の中で最も優れているとされるデモルド。それも元大貴族の生まれ。


 2人は育ちも生い立ちも違うが、一つ共通点があるとすればどちらも魔人国を嫌っている、憎んでいるという点だ。アリシオンは吸血鬼というだけで祖国を追われ、エイレーンの父はかつて国のNo.2という魔王の右腕であった大伯爵にも関わらず、その爵位を剥奪され放逐された。


 エイレーンだけはまだ魔人国にいる事は許されているが、どちらも追い出されたと言っても過言ではない。だからここは2人で協力して魔人国を打倒しようという提案なのだろう。


 ただエイレーンには引っかかることがあった。それは仲間になれという勧誘部分では無くて、二人でなら魔人国に勝てるかもしれないという部分だ。


 自分は魔王についてよく知っている。それは容姿や性格はもちろんのこと、その尋常ならざる力もだ。正直に言って自分とこの男の2人がかりでも魔王には及ばない。


 だからこそ疑問が生まれる。この男は果たして魔王の力を知っているのかと。もしかして魔王の力も軍勢のことも分からずに絵空事を語っているのかもしれない。もしそうだとしたら……。


 エイレーンが考えている事はアリシオンには全く分からない。


 ただ、彼は彼で別のことを考えていた。そしてその考えが行動、視線にも現れる。アリシオンは舐め回すようにこちらを観察し、気持ち悪い笑みを浮かべた。


「端正な顔、身体付きは抜群、おまけに信じられないほどの力を持っている。俺との間に子を成せば、さぞかし強い子ができるだろう。俺の代で真祖は途絶えるかと思っていたが、もしかしたらそうはならんかもしれん。それどころか光と闇の力を持った希代最強の子が生まれる可能性もな」


 そうだ…と言って、アリシオンは嬉々として顔付きをする。


「私と契りを結べ。もうデモルドの血筋も関係ない。魔人国を超える力を持てば我々は再び最強の座に君臨できる。俺の10人目の妃となるんだ」


 それを聞いてエイレーンは思わず呆れる。


「何を考えているのかと思ったら、真祖であるお前も所詮は姦淫に囚われていたということか。お前などに欲情されたところで気持ちが悪い。私がそんな目で見られて嬉しいのは、そう彼だけだ」


 アリシオンのことを蔑んだにも関わらず、自分も彼と夜の妄想を浮かべてしまい顔をほんのり赤く染める。それを誤魔化すように咳払いをした。


「一つ言っておくが魔王には勝てん。それとお前の妻になる気もさらさらない。彼だったら二つ返事で返すのだが」


 エイレーンの顔に悲しみの色が含まれる。


「お前という存在がいるだけで彼は悲しむだろう。そしてまた彼のような被害者を生み出すことにも繋がる。その為にお前には必ず消えてもらわなくてはならない。それが終わったら次は私の番だ」


「どうでもいいが、私の(きさき)にならんのなら消えてもらうだけ。ここで死ね」


 突き出した右手から魔法陣が浮かび上がる。作り出されたのは暗黒の球。人の顔より少しほど大きいそれはエイレーンに向かって飛んでいく。


 しかしその球が当たる事はなかった。


 なぜなら飛んでいる最中に真っ二つに切られたから。


「な、なんだ……?」


 アリシオンの顔が驚愕に染まる。いつのまにかエイレーンの前に1人の男が立っていた。服は至って平凡な感じだが青髪、黄色い目を持った珍しい少年。


 その少年は少し微笑むと口を開く。


「ヒーローは遅れてやって来るってね」


 と。

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