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澄み切った心

 ジークとリエルとラフィーが訪れたレストランの窓からレル公園が見える。


ブルー・パレス内でも随一の癒しスポットと言われるそこは現在人で溢れ、憩いとはかけ離れた混沌とした状況になっていた。


そんな中でサイロンとそれに少し遅れて追随しているエイレーンの姿がある。


サイロンはポケットに手を入れながら、辺りを見回す。辺りには手錠をかけられ、複数人単位で縛られた人の姿が大勢確認できる。


それらは全てこの街の市民などであった。


「ここまで拐って来た人間、ざっと数えて100人ちょいだろう。それを今から移す訳なんだが…生憎用事が入っちまってな。

俺が移す事が出来なくなっちまった」


サイロンは気だるげに後ろにいるエイレーンにそう言った。


自分達の姿に怯える人々。中には泣き出している人間もいる。これらの人間は全て自分達が拐って来た者達。芝生の上で座らされてる彼らは老若男女様々ではあるもののその多くは無抵抗の市民だ。


攫う際に抵抗が激しかった者や冒険者、騎士などの大部分は全て殺した。

その結果、市民が大多数となってしまった。

とはいえ何を攫うかは魔人国側から明確な命令は受けておらず、とにかく攫ってしまえば良いわけで、市民だろうが衛兵だろうが騎士だろうが問題はない。


そんなことを考えていると、エイレーンが疑問の声を飛ばして来た。


「何だその用事とは?」


どこか彼女の声色には棘がある。

しかしそれはいつもの事なのでサイロンはその部分には気にしない。そして答えていく。


「この街の西で王国第一騎士とかいう連中が徹底抗戦しているようでな、なんだかそっちが押されてるらしい」


全く面倒な話だよな。

とサイロンは続けて言って、やれやれと両手を広げる。


そして話を続けた。


「確かあっちの方には魔法長さんがいるはずなんだが全く何をしてるんだか…」


ここからかなり離れた西地方には、国立魔法館ロンドと言われる王国の魔法研究機関があるが、魔法長はそこを根城として襲撃の指揮を執っている。


それだと言うのにそこが最も苦戦しているらしく、挙句の果てには魔法長とも連絡が付かない状況だ。

だからやむ終えず指揮官不在のまま戦っているのだがこれでは組織が瓦解しかねないかなり危険な状況だ。


ただでさえ寄せ集めの一枚岩では無いこの集団が崩壊してしまえばもう収拾がつかなくなるは目に見えている。それだけはどうにか阻止しなくてはならないために幹部であるサイロン自身が今から西地方を確認しに行こうというのである。


サイロンは続けて口を開く。


「そういえば魔法長が言っていたが、この街に騎士長と言われる存在が王都から出張して来てるらしい。

魔法長はもしかしたらその連中と戦ってるのかもしれん。だから連絡が付かないのかもな…」


「なるほど、そういうことか」


「……それにしても」


今まで呑気に公園を歩いていたサイロンは突然歩を止めて後ろを振り返り、エイレーンの顔を伺う。


「お前はよくそのフェンリルとかいう男を倒せたな。魔法長さんやその他大勢の奴らが口酸っぱくフェンリルは危険だと言っていたが、お前程度が倒せるんならそうでもないのかもな」


「……あぁ」


サイロンとしてはてっきり強い口調で何か返してくるのかと思ったがこれでは暖簾に腕押しだ。

全く張り合いがない。


サイロンはそんな女の表情を見て思い出す。


そういえばこんな態度をするのは通話の時もだ。

あの時も心底(うつろ)のような声色で応答していた。


――フェンリルとこの女。

詳しい関係はよく分からないがもしかしたら何かあったのかもしれない。


まぁそんなこと…自分にとってはどうでもいいが。


ふっと我に帰り、くだらないとサイロンは一笑に付す。


「とにかく俺は今すぐそっちに行かなきゃならんから、こっちの人間どもは任せたぞ?」


「………」


「チッ」


サイロンは途端に顔色を変えて女を睨みつける。


ふん…返事ぐらいしたらどうだ。

この阿婆擦(あばず)れが。


サイロンはエイレーンから離れる。

そして前方にいる他の魔人の元へ駆け寄って行った。


「……はぁ」


残されたエイレーンは一人ため息をついて、トボトボと歩き始める。


するとその時、尻ポケットから何かが落ちた。


「ん、なんだ?」


それをしゃがんで拾う。


薄い円形をしたそれは夕陽によってキラキラと輝いていた。自分はその正体を知っている。

なんとそれは大金貨と呼ばれるお金だった。


「なんでこんなところにお金が…?」


硬貨の中でも価値が高い大金貨はエイレーンが冒険者として手にする報酬でもあまりに目にしたことはなかった。これほどの報酬は大抵で危険な討伐業が多かったり、貴重な薬草を換金する時にたまに貰える代物だ。


何せ貨幣で二番目に位置するので、ちょっとの仕事では貰えないのは当然。そんな貨幣が何故か自分の尻ポケットに入っている。


エイレーンは顎に手を当てて考える。


私はこれをどこで手に入れたんだ…?


しかしこの貨幣をいつどこで入手したのか全く身に覚えがないので、いくら考えても何も思い浮かばなかった。


まだ何か入っていないか確認するために、ポケットに手を入れる。

すると中から小さな紙切れ一枚が出て来た。


小さな紙切れのそれは折り畳まれており、開いてみると何やら小さな文字が書かれている。


「こ、これは……」


紙にはこう書かれていた。


―――――

ゼラさんがこの手紙、というか紙切れを見ている頃には恐らく今日の冒険業が終わっているでしょう。

ポケットに入っていたもう一枚のコインは今日の運賃と少しばかりの気持ちです。

勝手に入れてすみません…ペコリ。

まぁそれは置いといて、今日は本当にありがとうございました!!ゼラさんが優しく色んなことを教えてくれたり、面白い話を聞かせてくれたお陰で、僅かな間ですが、とても楽しく過ごせました!!またいつか四人で楽しく冒険できることを心待ちにしています!

またネ。                  

                  ジークより

――――


それと空白に決して上手くないが、うさぎの絵が書いてあり、矢印で「ウサギさん」と書かれていた。


ジーク……。

私は何てことを……してしまったんだ。

こんな手紙を書かれてしまったら…。


うっ…。


エイレーンは自然と涙が溢れて出てくる。


これではっきりと分かった。

彼は最後の最後までこんな自分に好意を向けていてくれた。


思えば自分が彼を(だま)そうとも、彼の前で突然泣き出そうとも、深く理由は聞かずに慰めてくれた。

彼は殴られると感じていても、死ぬ間際まで私のことを助けてくれようとした。


そうなのだ、彼は私を救おうとしてくれた。

他の誰かでなく、出逢って間もないこんな私をだ。


それなのに…それなのに…自分は。


「本当に私は何をしてしまったんだっ…。

彼は私を助けてくれたのにっ!!」


ここは周りに大勢の魔人達がいる。

しかしもう自分に嘘はつけなかった。


エイレーンは子供のように泣き荒ぶびながら、座り込んで地面に頭を着ける。


思い出すのは彼の優しい笑顔。

魔人や周囲が私に嫌な顔を向ける中、彼はどんな時でも私に微笑みかけてくれた。

彼だけは真に私の味方でいてくれた。


もしあの時、抱きしめてくれた時にこの事を告白していたら彼は私を助けてくれていただろう。

例え魔人達に敵わなくても、彼は彼の関係を全て断ち切ってまで、私を救うためにこの街から一緒に逃げだしてくれただろう。そう二人だけで。


そんな優しい彼は救世主であり私にとって王子様。

もし二人だけ駆け落ちしたらどれだけ幸せだっただろう。そうすれば彼といつまでも一緒にいられ、この想いを告白でき、もしかしたら彼と契りを結べたかもしれない。


彼と一緒に幸せな家庭を築けたかもしれない。

彼と二人だけの世界に行くことができたかもしれない。


でももう彼はこの世にはいないし、こんな風に嘆いていても何も変わらないのは分かっている。

だけどもう涙が止まらないのだ。


ジーク、じーくっ!


本当にこのままでいいのか。

このまま連中に同調し、彼の遺された想いを踏み躙っても良いのだろうか。


……いや、良いわけがない。


私は今まで本当に大切なのは何を置いても家族だと信じていた。だから亡くなった家族や家に仕えていた人達に報いるためにこの命令に服従していた。

そうすれば全てが報われると思ったからだ。


しかしそんなことをして何になるのだ。

たしかに亡くなった家族は救われるかもしれない。

だけど彼は決して喜ばず、あの世で私のことを憎み、何より哀しんでいるだろう。


私にとっての光は彼だけ…。


そう、今気付いた。

私が本当に大切で大好きなのは潰えた家族の誉れではなく、彼だったのだと。


そうだ…そうなんだ。

私の生きる全ては彼のためにある。




……もう、迷いはしない。




例え家族の英霊、家が汚されようとも彼の遺された気持ちに報いてみせる。

エイレーン今、そう心に誓った。


エイレーンの決心と同時に、泣き喚いていた姿を見ていたサイロンが戻って来た。


「おい、そこで何を泣いてやがる。

テメェがここの担当になるんだからしっかりしやが…」


「はぁ!!」


「ウゴォ!?」


エイレーンはサイロンを殴り飛ばした。

右ストレートを食らったサイロンは軽く数メートル吹っ飛んで芝生の上を転げ回る。


「……私はもう迷わない!!

彼の気持ちを救ってみせるっ」


魔人達は状況が分からずオドオドする。

しかしそれも束の間、魔人達は仲間であるサイロン側についたようで取り囲むようにこちらに接近してくる。


「この野郎っ…!」


そこに怒りと血で顔を真っ赤にしながら鼻血を垂らすサイロンが近づいてきた。サイロンはフン、と指で片方の鼻を押さえ鼻血を外へ飛ばす。


「前から掴み所の女だとは思っていたが、テメェやっぱり裏切ったな!?このクソアマがよぉ!!」


魔人達は一気に戦闘体勢を取る。

ある者は長い鉤爪を出し、ある者は顔を化け物のように変化させ、ある者は全身が吸血鬼の姿になる。


臨戦体勢は人それぞれだがエイレーンを殺す、という意志のもと出ている殺気は皆同じだ。


そんな威嚇にエイレーンは屈しない。

それどころか蓄積されてきた思いが吹っ飛んでどこか清々しい。


「さぁ全員で掛かってこい。

苦悩していた自分とはもうお別れだ。

今の私に一分(いちぶ)の迷いはなく視界の先まで澄み切っている。そうだろうジーク?」


「はぁ??テメェまた何訳の分からねえことを言ってやがる。まぁ…だが後半の部分は納得だ。

俺も視界の先まで澄み切ってあるもんが見えるぜ。

テメェの無残な姿がなぁ!!コイツを殺せ!!」


サイロンの合図の元、周囲を囲む無数の魔人達がエイレーンに向けて飛び掛かって行くのであった。




次回からクライマックスです。

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