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死闘

大変お待たせしました。

色々と忙しく、なかなか思うように執筆が捗りませんでした。

 ブルー・パレス国立魔法館ロンドへ向かっていくために階段を駆け上がっていく存在が二人。カインとシーナだ。


 二人は走りながら街の全貌を見渡す。それは酷い有様。各地で火の手が上がっており、多くの建物が破壊し尽くされている。


 今頃魔人と衛兵、冒険者、そして騎士達の間で殺し合いをしているのだろう。


 第一騎士部隊の隊員にも魔人殲滅の令を出している。


 では隊長であるカインとシーナがこんなところで何をしているのかというと、それは一つしかない。


 ヴァレジストの監視である。


 あの男の嫌疑が白黒決まったわけではない。だからわざわざこんなところまで来て様子を見るのははっきり言って無意味かもしれない。それにまずこんな場所にいないのかもしれない。


 そうだとしてもあんな不気味で危険な男を野放しにしておくのは危険すぎる。だから僅かな可能性に賭けて魔法館へ直行しているのだ。


 二人は魔法館の入り口にまで接近をする。するとカインが口を開いた。


「ここから先は何があるか分からない。準備は大丈夫か?」


「はい大丈夫です、隊長」


 それを聞いたカインは持っていたヘルメットを被るとフルプレート姿になる。


 銀で作られた見た目麗しい鎧。全身どこから攻撃を受けようともちょっとやそっとではダメージが通らない重厚な作りをしているこの鎧であれば、あの男の魔法も受け止められるだろう。


 両手に持つのは巨大な盾と長い剣。


 魔法耐性、打撃耐性、刺突耐性、斬撃耐性、いかなる耐性をも持った盾と鎧が組み合わさってもはや最堅。あろうことかこの剣にも防御魔法が付与されていて、所持した者の身の守りを高めてくれる。


 これで自分の装備は万全を超えた万全。


 ……そして何より、隣にいるシーナとの連携こそが自分にとって最高の装備となる。いくつもの死戦を潜り抜けてきた彼女と自分ならばもう誰にも負けはしない。


 そう信じている。


 準備は整った、あとは真偽を確かめるだけだ。


「では中に入るぞ」


 カインを先頭に魔法館内部へ足を踏み入れる。



…………。


「………」


「………」


 建物の中は妙に静かだった。まるで山奥の廃墟にいるようなそんな感覚。街での激しい戦いを忘れるような不気味さと静けさがそこにはある。


 すると。


「わざわざこんなところまでお越し頂き、誠にありがとうございます」


 突然、建物内に男の声が響き渡りカイン目掛けて光のレーザーが飛んできた。


「……っ」


 カインは一瞬で反応し、高熱のレーザーを弾き返す。


 攻撃は刹那の間。しかし伊達に長いこと戦士長を務めていないカインがそれを見切れたのは案外容易い事だ。


 弾き終わった後に盾に傷一つ付いていないことを確認し、攻撃が飛んできた方向を確認する。


 そこにいたのは魔法長ヴァレジスト。彼は優雅に空中に佇んで両手を広げていた。


「魔法長……」


「ここに来るとはやはり勘が良い。思えば半年前、私が魔法長という椅子に着いた頃から私のことを警戒していたのは貴方だけでしたよ騎士長様。ですが何も勘が鋭いのはあなた方だけでは無い。私も貴方のことは特に警戒していましたし、あなた達がここに来ることは分かっていました。ですからここで長いこと待っていたんですよ?」


「魔法長、いやヴァレジスト。お前らは何が目的だ?」


 空中に漂うヴァレジストにカインは少しだけ近づいた。


「目的ですか…それは私ですかそれとも国のですか?私の目的は方はあなたの拘束、殺害。あなた方は私のもくろみを阻むためにこちらに赴いたのかもしれませんが、むしろその逆で私があなた方を誘導したのです」


 ヴァレジストは話を続ける。


「では話は変わって本国、帝国の目的はというとこの国の滅亡。悪魔や魔人を差し向けて内部を不安定化させ、勢いに乗じて国を乗っ取ろうという訳です」


「やはりお前は帝国の手の者か。前々からそんな匂いはしていたが……。だがそんな野望は真っ向から打ち砕き、お前の好きにも帝国の好きにも誰の好きにもさせん。俺がこの国の騎士長である限り、お前やその連中には領土も民も何一つとして渡さん」


「そうですか……。ですが残念なことに現実はそうではありません。帝国はこの国を侵略する準備を着々と進めています。あなた方では対処しきれないほどの軍隊を国境付近に配置させて本格的に侵攻できる状態にあるんですよ。それに魔人達は人間を攫っています。魔人の方曰く、人間でいろいろ実験をしたいようだと」


「くっ……貴様ら!!」  


 騎士長という目力すら鍛えられた強者の威圧をヴァレジストは軽くいなす。


「私に睨まれても困りますね。そういう事はあの化け物どもに言ってくださいよ。とは言え、この街を襲っているのは魔人国の連中ではなくてこの国や人間国家に潜んでいる、いわゆる魔人達から追い出された者達。つまり責任はこの国にもある」


「何ふざけたことを……!!」


 カインの怒りに比例してヴァレジストは愉快になる。目の前の男の不快さは自分にとって快楽、だからもっと怒りや絶望を見せてくれ。そんなことをヴァレジストは思う。


「今我々の中では奇跡の歯車が噛み合っています。あの方達は魔人の国に帰りたいがためこの国で暴れ、魔人国は勢力を広げたいがためにそれらを利用し、帝国は世界征服したいがためその二つを利用する。それぞれの思惑、利害関係が一致して王国を潰そうという算段です。あなた方に勝ち目はありませんよ」


「ふふふ……確かにそうかもしれないな」


 カインは乾いたような声を出した。


 それを聞いたヴァレジストは思わず目を丸くする。


 普通の者なら今の抑揚が無い声は絶望したように聞こえるだろう。しかしヴァレジストにはそう聞こえなかった。どちらかと言うとむしろ楽しみというか、掛かってこいというような余裕さを感じさせられる。

その余裕は一体何を根拠に出ているのか、ヴァレジストにはよく分からない。


「随分とお気楽な態度ですね。自分達の国がもうすぐ無くなるというのに」


「あの方がこちらに付いてくれさえいれば、私は…いや我々は決して負けない。お前らはフェンリル様によって破れるだろうな」


「あの者が……?その者をかなり過大評価しているのですね。ですがそれも残念なことに、こちらには吸血鬼の真祖、帝国精鋭の数々、魔人国の女魔王がいます。もう無理ですよ」


「それはどうかな?」


 なんだ……。


 ヴァレジストにはその態度が少し気に食わなかった。


 今追い詰められているのはこの者でありこの国であるはずだ。それだというに、さもこの男は帝国側が危機に瀕しているような態度を見せてくる。それがどうしても自分の癪に触る。


 やはりこの男は私がぶち殺すしか無いようだな。その減らず口を今すぐ潰してやろうか。


 なんて思うもののおくびにも出さない。


「貴方の夢物語もいいですがここであなた方は死ぬんですよ」


 カインは男の力に対して身構える。ヴァレジストの雰囲気が変わったのだ。


 全身から衝撃波を放つようにプレッシャーが滲み出てくる。館内の物はガタガタと振動し痛いほどにこちらの知覚を刺激してくる。


 それでいてヴァレジストはただ悠然と微笑む。やはりとんでもない強者、いつもは飄々としている男だが、ようやく眠れる獅子の片鱗を見せた。


 だがその程度で物怖じなどしない。


 先ほども言ったように自分は無数の強敵を乗り越えてここまでやって来た。それにこの国の最強の騎士である自分が怯えてしまえば隣のシーナを怖がらせることになる。


 王国騎士長という誇りと強さに懸け、裏切り者であるこの男は必ず排除するのだ。


「シーナ行くぞ」


「はい!」


 そうしてカインは行動を開始した。フルプレート装備とは思えない驚異的な速さで真正面から駆け抜ける。それに対しシーナは阿吽の呼吸でカインにいくつも防御魔法を重ね掛けしていった。


 鎧が緑に光り、黄色に光り、赤に光る。


光の矢(ライトアロー)


 だがヴァレジストの動きも早い。掌の先に魔法陣が現れ、数えきれないほどの光の矢が放たれた。


 カインは何もせずにそれに突っ込んでいく。受け止められると判断しての行動だ。


 鎧に続々と矢がぶつかるが、貫通はおろかよろけもせず全くを意味を成さない。魔法を打ち終わった隙だらけのヴァレジストを斬り伏せようとカインは飛びかかった。


「はぁっ!」


 身体に刃が迫る後少しで透明な壁に遮られた。剣が弾き返されたことによってカインは体勢を保てず落下していくが、鍛えられた肉体で不完全ながらも地面に足を着ける。


 ヴァレジストは満足げに微笑む。


「騎士長、貴方の守りはまさに鉄壁。もしかすると私の魔法では傷一つ与えられないかもしれません。ですか防御というのは何も鎧と盾だけがこなせる業務ではございません。我ら魔法使いでしたら障壁を貼ることができます」


「……」


 カインはそんな戯言を無視しこの僅かな間にも様子を見てどう攻撃を入れようか思考していた。


「面白い。貴方と私どちらがより強固な守りをしているか勝負をしましょう。光の柱(ライトピラー)


 先が尖った棒状の光が生まれる。しかし今度は大きさが桁違い。まるで破城槌のようなサイズを持ったそれが飛んでくる。


 こんなのが生身で当たれば流石のカインも耐えられない。というか、この鎧でもかなり厳しい者がある。

スキルを使うのはまだ少し惜しいところがあるが、迷っていてはひょんなことで命運決するのが、殺し合いの世界。カインは意を決して一つのスキルを口にする。


「完全防壁」


 すると全身の鎧が鋼色に光る。そして盾を地面に固定、前傾姿勢で巨大な柱を受け止める。


「うぉぉおっ!!」


 完全防壁という技術で身を守っているにも関わらず、抑えきれないあまり余った衝撃が襲ってくる。まるで壁に押されているかのよう。徐々に徐々にカインは押されていく。


 魔法が消え去った頃、気付けば5メートルほどカインは後ろに下がっていった。


「なるほど。要塞のような貴方もこの魔法には弱いというわけですか。ではもう一度参りましょう」


 ヴァレジストは弄ぶように人差し指からの巨大な柱を再度生み出す。


「クッ……」


 まずい、非常にまずいぞ…。


 カインは額から一筋の汗を流す。


 流石に騎士長であるカインといえども、光魔法を得意とする魔法長ヴァレジストの攻撃は何度も耐えられる訳ではない。いつ限界が来るかもわからない状況で余分な攻撃に被弾していては身体など持つわけがない。


 本来なら意地でも避けるべきだが重装備をしていては避けられる確率は限りなく低く、ターゲットがシーナへと変わってしまう危険性がある。それだけはどうしても避けなければならない。


「では行きますよ?」


「完全防壁!」


 カインは一瞬で二者択一の一方を選ぶ。


 それは先ほどのように受け止めるというものだった。カインの身に巨大な柱が迫ってきながらも、そこでシーナが動きを見せた。


反射魔法(リフレクトマジック)


 カインの目の前に円形の鏡のような障壁が現れ光の柱をヴァレジストへ弾き返していく。


 それはシーナが唱えられる魔法でも最上に位置する強力な反撃魔法だ。


「なにっ?」


 柱はヴァレジストの障壁に激突し、少しヒビが入った。ヴァレジストは思わず愕然とする。


 しかしそれも仕方ない。ヴァレジストの唱える光魔法は威力が高いのは勿論のこと、高精度で耐性も付いている。


 生半可な反射魔法ではかえって貫通するのがオチなのだが、しかし今回はそうはならなかった。それが意味するのは今ヴァレジストが唱えた光魔法よりシーナが唱えた反射魔法の方が性能が良かったということ。それはヴァレジストにとって大きな衝撃の他ならない。


 それが大きなチャンスとなる。


 カインは盾を捨てて跳躍をする。そうすることでヴァレジストの真前まで近づく事に成功した。


驟雨(しゅうう)(ろう)


 空中に飛んだカインは超高速で障壁を切り刻んでいく。


 カキィンカキィンカキィン。


「ハァァ!!」


 一発一発が重く、毎秒十発以上の疾風の斬撃が障壁をみるみるうちに脆く破壊させていく。障壁と剣が激突し火花が飛び、発生するスコールのように激しい斬撃音は、ヴァレジストの耳を一時的に聞こえなくするほどだ。


「どけ!」


 焦ったヴァレジストは風圧を生み出して乱暴にカインを吹き飛ばす。それでも先ほどのように着地したカインは鎧で顔は見えないがつい顔が綻んだ。


 今までの一瞬一瞬のアクションがアドリブ。それがここまでうまくいくとは思わなかった。このおかげで障壁もだいぶ弱まり、これからのチャンスも増していく。


 本来なら格上であるヴァレジストに接近するのも難しかもしれない。しかし男の油断が大きな仇。自分達は舐められるほど弱くは無い。たとえ自分一人で勝てないとしても二人で協力すればなんとかなる。これは決して勝てない戦いではないのだ。


 しかし逆を返せばこれをきっかけに相手も本気で来るということ。カイン達にとっての正念場はここからなのである。


「おっと失礼、口が悪くなってしまいました。ですが私の障壁に大きな傷を付けるとは驚きですね」


 なんて事を言うがヴァレジストの目が笑っていないのをカインは見逃さない。恐らくこの程度の者達に自慢だった障壁を傷つけられた事で自尊心に傷がついたのだろう。


 そうだ、これが次のチャンス。


 カインはすかさず口を開く。


「帝国っていうのは野蛮で後進国だと前から思っていたが、わざわざこの国に送り込ませた魔法使いもそれに引けを取らないくらいのレベルなんだな」


「………どういうことです?」


「つまりお前は大したやつじゃねぇって事だよ」


「おもしろい。それはつまり私を挑発してるということですね」


「あぁそうだ。お前の魔法は大したことがない。だからなんでも好きに使え。それこそ浄化の聖域でお得意の光属性の魔法を強化して俺に撃ち込んでもいい。全ての攻撃を余裕で受け止めてやるが、そうすれば少しは効くかもな」


 なんて事を言うが、今の発言は冷静に聞けばとんでもないもの。先程魔法をやっとやっとで耐えながら更にもっと巨力な魔法を撃ってこいと挑発したのだ。

そして当然訳がある。


 カインは一瞬だが後ろを振り返ってシーナと目配せをする。彼女はこちらの意図を察したのか素早く頷いた。


「それは面白そうな遊びですね。おもちゃが壊れないか心配ではありますが」


 ヴァレジストが手を叩く。


 すると光の粒子が館内に広がって神々しような聖域を作られた。攻撃魔法ではないにも関わらず、もしこの場に低位の悪魔が現れようものなら浄化して消えるだろう。


 これこそが浄化の聖域。この国の者では詠唱することの出来ない超高位の光属性強化魔法だ。


「最終防御、心頭滅却」


 カインはそんな事を言う。


 が、何も発動した様子はない。


 これが自分の奥義。それはスキルも魔法も発動せずに相手の攻撃を耐えるというもの。


 単なる痩せ我慢でしかないくだらない行為。そう笑われるかもしれないが、十数年以上騎士として鍛錬してきたこの防御こそ奥義であり、人を守る役割を持つ騎士の博愛の体現。


 技というのはスキルや魔法、ギフトだけの話ではない。精神的な強さもまた、究極の力になり得るのだ。盲目的に力を求め続けた者にはこの技の真価は到底理解できないだろう。


 目を見開いたカインは全力で全身に力を込める。


「では行きますよ、一発目」


 カインに先ほどと同じ光の柱が襲ってくる。だが今度は威力が桁違い、シーナが防御魔法を展開したとしても容易に貫通されるだろう。


 そうだと言うのにカインは盾を持っておらず、ただの棒立ち。当たれば結果は火を見るよら明らかだ。


 しかしカインは動じなかった。仁王立ち一つでその技を受け止める。


 これにはヴァレジストも驚きを露わにした。


 この男……何をした?私には何も力のようなものが発動しなかった風に見えるが、先ほどの技はなんだというのだ?


「カイン隊長……」


 後ろのシーナが悲鳴のような声を上げた。


「では二発目行きますよ。浄化」


 太陽が全てを照らすように室内にいたカインも光によって照らし出される。ただそれは全てを光の粒子に返すような暴力的な一撃。あろうことか無機物である周りの道具や建物すら光の粒子へと変換されている。


「……っ」


 カインはとてつもない焦熱によって身を焦がす。


 熱い、とてつもなく熱い。まるで焼石を皮膚にくっ付けられている。今すぐにでも鎧を脱いで全身を掻きむしりたい。


 ……耐えろ、今は耐えるんだっ…!


 後ろにいるシーナは手を握りつぶし耐えようと涙拭いて様子を伺う事しかできない。誰もカインのことは助けられないのだ。


 そして二つ目の長い長い魔法が効果を終える。


「まさかこれも耐えるとは。分かりました。貴方の生命力に感服し私も全力を出しましょうか」


 ジークと相対した時のように右手を掲げる。するとその先から光の粒子が刀のように伸びていく。


 いつのまにか建物の天井を突き破っていた。俯瞰してみれば光はおよそ50メートル付近まで伸びているだろうか。


 一介の魔法使いでは唱えることのできない、光魔法の究極攻撃。これをまともに貰って生きていた者などいない。触れれば全てのものが切断される最強の技。


「これを使うとは思いませんでした。それと今までありがとうございました。何か最期に言葉はありますか?」


「……はぁはぁ」


「無いようですね。それではさようなら」


「……隊長っ!!」


 カインが光に飲み込まれる瞬間をシーナは見た。


 思えば隊長とは多くの時間を共にした。稽古の時も、ご飯を食べる時も、会話した時も。


 それは仕事だけではなく人としてもだ。プライベートで出かけたことだって、夜を共にしたことだってある。二人はいつからか恋人になっていた。


 ある程度の歳まで軍に従事した後は二人で辺境の地で暮らそうと約束していた。結婚もしようと婚約もした。


 そのはずなのにこの瞬間で私は彼とは別れる。


 そして無慈悲に光の刃は振り下ろされた。


 カインの身体を光が包んでいき射線上にいた建物、全ての物体、空気すらもそれによって二分化していく。


 そしていつしか光は消えた。


――――――


「……終わりましたか」


 全てを切った後、ヴァレジストは腕を組んで煙の中に佇む。


 しかしここまで長かったものだ。つまらない場所で過ごす1年というのはここまで苦痛なものだとは思わなかった。しかしそんな日も今日で終わり。これからは素晴らしく、恋焦がれていた日々たちが帰ってくる。


 後はあの女を始末してチェックメイト……。


 そして煙が晴れる。そこにいたのはシーナと今だ息をしているカインの姿だった。


「隊長っ!!」


「か、感情さえあれば案外耐えられるもんだなっ。大丈夫だシーナ、俺はお前との約束を忘れていない」


 カインは被っていたヘルメットを投げ捨てる。そこにシーナが駆け付けて来た。


「ど、どういう事だ。あれを食らって生きている者など人間ではないはず、何をした」


「シーナ、魔法を頼む」


「はい!」


 彼女人差し指から強力な雷が放たれる。それはヴァレジストに向けて一直線に進んできた。


 凄まじい速度だが、ヴァレジストはその魔法を一瞬で理解する。


 ……あれは確か神聖の稲妻。しかしなぜ今更その程度の魔法で障壁を打ち破ろうとしている?この程度で障壁は…なに!?


 驚くべき事が起こった。


 なんと稲妻に晒された障壁が壊れてしまった。ヒビが入ってるとはいえ、まだ魔法なら数発、カインの技術なら一発程度耐えられると想定していた。


 その考えは実際正しい。なのに障壁は破壊されたのだ。


 全くその原因が分からない。


 ヴァレジスト解明しようと一瞬でいくつもの逡巡を巡らせる。そして一つの答えが導き出た。


 ま、まさか!?私の魔法を利用したのかっ!!


 浄化の聖域という魔法には光属性魔法を強化する効果が付いている。ただそれには一つ問題があって、この効果は自分のみならず味方や敵の魔法も強化してしまうという効果があるのだ。


 つまりあの女はこの効果を利用して自分の障壁を破壊したということ。


 まずい何か策は……。


「おらぁっ」


 気づいた時にはもう既に手遅れ。目の前にカインが飛び上がってきていた。


「ク、クソォォ!!」


 右手を突き出すヴァレジストに対し、カインはスキルを発動して胴体をぶった斬ろうとする。しかしスキルは発動しない。それもそのはず、満身創痍で今にも死にかけのカインの身体ではスキルを発動することは不可能なのだ。


「がぁぁああ」


 やむ終えずヴァレジストの右手を剣で切り離す。そのまま二人は落下した。


「右手がぁぁあ私の右手がぁぁぁあ!」


 ヴァレジストは芋虫のように転げ回る。


 魔法使いは万能と言えど弱点もあった。その弱点である痛みの耐性の皆無によってヴァレジストは転げ回っていた。


 その隙にシーナはカインの下へ近寄る。


「隊長…!!」


「お、俺は大丈夫だ……。ボロボロだが意識もあるしまだ死にはしない。それよりもよくやったな。俺が浄化の聖域をわざと使わせるように誘導したのを察してシーナが光の魔法を使ったのは俺たちの連携が何より最高という証だ。嬉しいよ」


「隊長、今すぐ治療をしますから!」


 カインの身体が緑の光に包まれる。するとほんの少しだけだが、カインの顔から痛みが抜けたようなそんな感じがした。


 そんな二人の光景を垣間見る男の姿がある。それは腕を切り落とされたヴァレジスト。 


 彼の顔は苦痛と共にこれまでに無いような憤怒を感じさせられるような表情をしていた。歯が欠けるほどに歯ぎしりをして悟られないように二人を睨みつけている。


 こ、こんなところで俺は……。俺はこんな連中に負けたのか。いや、そうじゃ無い、俺はまだ負けてない。せめてもの仕返しにあの女だけでも道連れにしてやる!!


 怒りに突き動かされたヴァレジストはもう片方の手で渾身の魔法を唱える。


「女もしねぇぇえ!!」


 二人の元に強力な稲妻がやってくる。もっと正確に言えば稲妻はシーナを狙っていた。


 それがシーナと直撃してしまう。――その前にカインは立ち上がり両手を広げて身代わりをした。


「カイン隊長っ!!」


「うぉぉぉっ」


 そのままカインは倒れ込んだ。


「ハッハッハ!!馬鹿め傑作だぜ。テメェもここで死ぬんだよぉ!ハッハッハ……あっ……」


 シーナは仕返しとばかりに稲妻を放つ。それによってヴァレジストは黒焦げになった。


「隊長……隊長大丈夫ですか!?隊長!!」


 身体を揺さぶるが反応はない。急いで彼の口元に顔を近づけるとわずかながら呼吸をしている。彼はまだ生きているのだ。


 そこからシーナは自分の魔力が尽きるまで何重にも回復魔法を唱える。すると少しずつだがカインの目が開いた。


「隊長……本当によかったっ!!死んだかと思いましたっ!!」


「ふっ」


 目に大粒の涙を湛えているシーナはきつくきつく抱擁してくる。瀕死の身体だというのにその抱擁は勘弁してほしい、などとカインは少しだけ思う。


 相当心配かけたちゃったか。


 でもなんだかんだカインは満更でもないような表情を浮かべると、なされるがままにそれを受け入れて優しく彼女の頭を撫でていった。


「悪かったな色々と無茶をして……」


「本当に無茶しすぎなんですよっ!私はあなたがいなくなったら何のために生きていけばいいのか分からないんです。だからもう離しません、カインっ!!」


「あぁそうだなシーナ」


 割れた天井から夕陽が降り注ぐ。


 それによってできた二つの寄り添う影は、顔と顔が重なって一つの影を生み出したのであった。


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