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副騎士長の最後の勇姿

 ブルー・パレス復興会議議長であったサイエム・ドールは騎士長カインの内密の申し出でにより、王都の貴族の館を訪れていた。


 サイエムは廊下の窓から外を覗き見る。


 外は至って普通の街並み、ではなかった。


 自分の肉眼では捉えきれない速さで人型や動物のような四足歩行の何かが家や街路を上下左右、縦横無尽に移動している。


 何より異常なのが、遥か先の上空に真っ黒な円形が現れた。高度100メートルほどの高さにあるそれは何か雨のような物体を地上へと降らせている。


 ここからでは離れているためによく分からないが恐らくそれは雨などよりもよっぽど危険なものを降らせているのだろう。それこそ今この街を移動している物体をもたらしているのかもしれない。


 早く避難するべきだと心が警鐘を鳴らしているが、ここで逃げたりはしない。このまま予定通りに貴族と会談をしなければ貴族の協力を仰ぐ事は出来ないからだ。


 自分に課された使命はそれだけであり、騎士長懇願の依頼だ。彼を裏切る事は出来ないし自分達の子供のため国のために、この街を守らなくてはならない。


「私は動こうこの国の未来のために」


 サイエムは再び歩き出すと窓ガラスが割れた。


「な、なんだ!?」


 何者かが続々と入って来る。


 それらは人間ではなかった。コウモリのような翼と鋭く長い爪が生えている。何より目が赤かった。


 そんなもの達は見たことがない。ただ思い当たる節はある。その予想が当たっていたら最悪だ。その予想とは騎士長が言っていたヴァンパイアだということだ。


 何がおかしいのかニヤニヤと獰猛な笑みを浮かべながら彼らは距離を詰めて来る。気がつけば前も後ろも囲まれていた。中でも一人がずいっと前へ出て来る。


 そして口を開いた。


「貴族であろうとなんだろうと皆殺しだ。まずはお前の首を貰う」


「そうかそうか……。どうやら私にも迎えがきたか。騎士長すまない後は頼んだ。ケルン、ソティアお前らも元気でな、わたしの可愛い子供達よ」


 サイエムの頭は虚空へ飛んでいった。



△△△△



「お前らは街にいる魔人の殲滅にあたれ。市民は見つけ次第保護しながら安全地に集めるべきだが余裕がない時は見捨てるか同行させろ。市民の保護は衛兵に任せればいい。俺たちは唯一敵に対抗できる特殊部隊だからな。俺はカインと一刻も早く連絡を取るべく行動する。こういう時こそ国の騎士を一つにまとめ上げなければならないからだ」


「了解です。ですが副長一人は危険では?」


「心配するな俺は大丈夫だ。それにこの剣がある」


 王国副騎士長であるアデルは鞘から剣を抜いた。それは様々な鉱石が練り込まれキラキラと輝いている。


 アデル専用の特注の武器だ。この剣には隠された魔法が二つ極秘に付与されていて、効果を発揮すれば辺り一体の魔人の殲滅も可能だろう。これがある限り自分は大丈夫、というか強気でいられる。


 隊員は納得したのか頭を下げた。


「分かりました。では副長、御武運を。またすぐに会いましょう」


「テメェらも元気でいろよ」


「ハッ!」


 命令を受けた隊員達の動きは迅速だ。途端にアデルの元から王国第一騎士部隊の隊員達は離れていった。


 アデルも一人、街路を走っていく。本来なら騎士団内の魔法使い、魔道具でカインと連絡を取り合うところなのだがそれは叶わなかった。


 アデルは走りながら左上を見上げる。


 空には巨大なワープゲートが浮かんでいる。恐らくあのワープゲートが出たと同時に強力な連絡阻害魔法でこの街一帯は覆われたのだろう。だから未だに通信が取れないでいる。


 しかし厄介な話だ。自分達を凌駕する魔法を連中は使ってきている。ワープゲートいい転移阻害といい、裏に協力な組織や国家、又は強大な魔法使いがいるのはもはや確実。


 今はとにかく街に現れた魔人達を駆逐して国を守らなければならない。だから全騎士団の統率とカインへの連絡が必須事項なのだ。


 そんなことを考えながらしばらく走り続けていると、


「キャァ助けてー!!」


 前方で婦人と女子が抱き合っていた。


 見れば、三人の吸血鬼が囲むように近づいている。市民は後回しでいいと先ほど言ったが、殺させるわけにはいかない。


 アデルは自慢の剣を引き抜いて集団に突っ込んでいった。


「どけ!技術(スキル)鎧袖一触(がいしゅういっしょく)


 流れるように剣が横一閃する。骨すら容易くぶった斬れる切れ味と剣技、アデルの身体能力を持ってすると、吸血鬼2体の体をまとめて紙のように切断するのも容易かった。


酸性血(アシッドブラッド)


 一人残された吸血鬼はすくみ上がって、距離を取ろうと指先から血を飛ばす。しかしそれはただの血ではない。触れれば皮膚が溶ける塩酸のような危険な血。


 だがアデルは避けようともせずそれに突っ込む。


超耐性(スーパーレジスト)


 突如アデルの体が光に包まれた。その光は飛んできた無数の血を弾き返していく。


「な、なに!?」


「おらっ!!」


 そして先ほどのように横一閃。それだけで吸血鬼の首は吹っ飛んでいく。出来上がったのは死体が三つ。


 吸血鬼が相手とはいえ、この国二番目の騎士に掛かればこのようなことも造作もなかった。


「た、助けてくださってありがとうございます!!」


 子供を抱きしめて震えていた婦人が頭を下げる。


「騎士として当然のことだ。あんたらも早く逃げたほうがいい。またいつ化け物どもが襲って来るかもわからんからな」


「はい!」


 二人の親子はここから素早く立ち去った。本来なら彼女達の見送りまで手伝った方がいいのだが、先ほど言ったように今はそんな時間すら惜しい。後手後手に行動していては相手の思う壺なのだ。


 すると。


「お見事ですよ副騎士長殿。やはりあなたの洗練された剣技は美しい。そこらへんの相手ではまともにやり合えなさそうだ」


 後ろから声が掛かると同時に、背中に物凄く冷ややかなものを感じたアデルは急いで振り返る。


 そこにいたのは王国副魔法長のシエル。それとマントで身を包んだ怪しげな複数人の者達だった。


 明らかに増援にきたという雰囲気でも外見でもない。ということは……。


「どうしたんだ?副魔法長シエル。その様子を見るにやはりお前はそっちの者か?」


 こちらが疑いの目を向けると彼は笑った。それはまるで図星を突かれているようで。


「ふふふ…そうです、ご明察通り。あなたに好き勝手に行動されてしまっては困りますので、私があなたの足止め……いや死んでもらうために参りました」


「――じゃあ話が早いな。前々からお前らのことは胡散臭いと思っていたんだ。ここで決着をつけさせてもらうぜ」


「決着?自殺の間違いでは?私一人でもあなたでは勝てないことをご存知ですか?それなのにこの数を相手に一体どうやって勝つっていうんです?」


 騎士の中で二番目の実力を持っているアデルだが目の前の男には勝ちは薄い。サシでやり合ったとしても自分が勝てる可能性は4:6くらいだろう。それにこの数となると、こちらの勝率は1割も満たないかもしれない。


 だがそれがどうした。こちらは国と民、そのほか大勢のものを守っている。何か一つでも大切なものを守っている騎士は無性の強さを誇る。それは肉体的な強さだけではなく精神的な強さもだ。ここで勝てなくとも自分は引き分けに持ち込めればそれでいい。その引き分けを今ここで引けば良いだけのこと。


「憎らしい話だがお前は強い。だが一方的に負けるつもりはない。お前らが何人で来ようとも俺はただでは死なねぇぞ?」


「それはどうですかね、呆気なく死ぬのでは?まぁいいでは見せてもらいましょう。この国の誇る副騎士長の実力とやらを……」


 アデルとマントを着た者達が動くのはほぼ同時。二者は距離を縮めるように突進する。


 先に攻撃を仕掛けたのはマントの者達。マントの下に隠し持っていた、猛毒が塗っている小刀を両手から数本投げ放つ。


 その数は軽く50本以上を超えて、まるで無数の矢が襲ってくるように見えた。


 このままいけば身体に突き刺さるのは確実。それでも恐れずに突っ込んで、当たる寸前に一つのスキルを放つ。


 瞬間、アデルの前に壁が現れて全ての小刀を弾いた。


 そのまま突進、通り過ぎたマントの者達を気にもせず狙うのは仁王立ちしているシエルただ一人。アデルは跳躍すると大上段の一撃で斬りかかる。


「オラァ!!」


 よし、もらった!!


 と思ったが、シエルの方が一枚上手。


 あらかじめ詠唱していた水属性の魔法が効果を発揮し、大量の水がアデルを呑み込んだ。そのままアデルの行動を制限し、同時に窒息を狙ってくる。


「っ…!」


 空中に現れた正方形の水はまるで水槽のよう。予期せず水に呑まれたアデルは脱出しようとするものの、思うように動けない。手を伸ばすと空気まであと少しの距離、それが果てしないような遠さに感じる。


 しかしこんなところでくたばってはいられない。


「ぷはぁっ!!」


 根性だけで水からやっと抜け出した。


 しかし息も絶え絶え。肺に水が入り、えずきながら呼吸をしたために隙を晒してしまう。


 そんな中、暗殺者の一人が蹴りを見舞う。それはただの蹴りではない、攻撃用の鉄のブーツを履いたハンマーの如き強烈な一撃。それが背中に直撃した。


「うがぁっ!?」


 アデルは硬い地面を転がっていく。


「クソ……うっ!」


 こんな状況を想定していないためアデルは鎧を着ていなかった。それが最悪なことに身体への被害を大きくさせてしまう。背中の骨が折れただろうか、鋭く激しい痛みと同時に吐き気が襲ってくる。


 いってぇし、きもちわれぇ……。まずいな、どうすればここから打開できるんだっ…?な、なにか……何か策はないのかっ……。


 幸いなことに背骨が折れたといっても、身体はまだ動ける。とはいえこんな状態では到底戦闘続行など無理な話。


 これはもう絶対絶命。


 誰も助けになど来ないし、ましてや自分から動くこともできない。


 倒れ込むアデルに連中は徐々に近づいて来る。


「大丈夫ですか痛いですか?」


「クッ……この野郎っ……!!」


「私は心配してあげているのに反抗的な態度ですね。どれどれ私が見てあげましょう……か!!」


「あぁぁぁ!!」


 念押しするように骨折した場所を思い切り踏みつける。


「はっは愉快愉快!あれほどいきがっていたNO.2の騎士様はどこに行ったんでしょーね!?」


「うがぁぁっ!!」


「騎士如きが偉そうにしやがって。魔法使いこそ至高、地頭の悪い馬鹿どもは一生棒でも振ってろ!!」


 何度も何度も弄ぶように踏みつける。骨折に骨折を重ね、もうアデルの骨は粉砕骨折にまで至っていた。


「どうしました、それで終わりですか?騎士ともあろう者がなんとも情けない。クソの役にも立ちませんね」


「……っ」


「では死んでください」


「ま、待て……。一つテメェに言い忘れてた事がある……。騎士っていうのはな、痛みに耐えるように訓練してんだよぉぉお!!」


「な、何をするっ!?」


 アデルは飛び上がりシエルへ抱きついた。


 激しく襲ってくる激痛など鉄の意志で堪えるだけ。騎士の膂力(りょりょく)に魔法使いは勝てない。そのまま二人は寝るように倒れ込んでいく。


「は、離せぇ!!」


「誰が離すか…お前と俺はここで死ぬんだよぉ!」


「何を言っている。おい、お前ら私を助けろぉっ……!!」


 シエルは周りを見回す。


 マントの者達は金縛りにあったように立ったまま動けないでいた。


「ど、どうなって……?」


「俺の剣なはぁ、二つの魔法が込められているっ!!一つはバインド。かなり近距離型だが無用心に近づいたテメェらは俺に負けず劣らずのアホだっ!そして二つ目はなぁ……爆発魔法が込められている!」


「お、おいよせぇ!ま、まさか!?」


「そうだ……ここいらで一発どでかい花火でも打ち上げようぜぇ!!お前らだってこの街を破壊したいんだろっ!?ちなみに燃料は俺たちだっ!」


「ふざけるなふざけるな!!私は生き残ってこの世界を思いのままにさせなくてはならないんだぁぁあ!!だからわたしをはなせぇぇ!!」


「そうはさせるかぁぁあ!!」


 両手両足、全身を使いジタバタする事でどうにか逃げようとするが、火事場の馬鹿力で全身から血が噴出するほど強く抱きついているアデルからは絶対に逃げられない。


 逃がさねぇ……絶対に逃がさねぇ!お前らみたいな裏切り者は俺の命に変えても粛清してやる!!


「往生際が悪いぞテメェ!ガキじゃあるまいし覚悟を決めやがれぇ!」


「ぐぎやぁぁあ!!」


 アデルはシエルの両手を握り潰す。シエルの手は小枝のようにそれだけで骨がボキボキと折れてしまう。


 そして持っていた剣が光を放つ。これはもうすぐ爆発魔法が発動できるという合図に他ならない。


 そしてそれから十秒弱。剣はこれ以上無いほど光を放っていた。もう臨界地点までに達しているのだ。


「よぉぉおし!!準備完了だぁぁあ!!」


「わたしはぁぁいきておもいのままにするんだぁぁぁぁ!!はなせえぇぇえ!!はなしてくれぇええ!!」


「カイン、シーナお前らと過ごした時間は忘れねぇ。後は任せたぜ……」


 全身が痛んで苦しいがアデルは最期に穏やかな顔をする。その表情は二人を想うようで、どこまでも優しい笑顔だった。


 それが彼の最後の表情。


 その瞬間。






全てを巻き込む大爆発をした。


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