闇の襲撃
「ブルー・パレス襲撃まであと30分。
こちらの準備は完全に終えた。
お前はどうだフェンリルと接近出来ているか?」
「馬車でフェンリルと共に街に帰っている。
彼は、いや奴は何も気付いていない様子だ」
「そうか、お前の任務はそいつを殺すことだけだ。
確実に仕留めろよ?」
「……あぁ」
サイロンとエイレーンがまともな話をするのは裏通り以来だろうか。あの時はお互い険悪な雰囲気で今すぐ殺し合いをしそうになっていたが、今も関係は最悪だ。
できれば話をしたくないと思っていている二人だが、役職上のため仕方なく連絡を取り合っているのである。
サイロンにはなぜ彼女が馬車に乗っているのか分からない。ただ周囲から何かを走らせる音がするあたり本当に馬車に乗っているのだろう。
……まったくよくわからねぇ女だ。
そしてもう一つ気になることがある。
それはこの女の声に覇気がないこと。
いつもだったら強い口調で嫌味や皮肉を言うのだが、今日に限ってそんなことは無い。
もしかしたら何かあったのかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。
この女も用が済み次第消えてもらわなくてはならないのだから。
「じゃあ切るぞ」
「…………」
△△△△
あたりは既に夕焼けに染まっていた。
ジーク達四人は薬草を袋一杯に詰めながら他の冒険者と共にブルー・パレスの通りを歩く。
「いや〜今日は大収穫でしたね。
まさかこんなに取れるとは思ってもいませんでしたよ。これもスティンさんが付いてきてくれたお陰ですね!!」
薬草を担がながらアレンが元気いっぱいに言った。
するとリズも反応して、
「ジークさんありがとうございました。
ジークさんの魔法が私たちにとっても役に立ちました。やっぱり魔法使いは凄いですね」
それを否定いするように軽く手を振る。
「いやそんな事ないですよ!!
僕はまだまだ未熟です。それに今日の収穫も三人の普段の行動が良いからだと思います。
早くギルドにいって査定してもらいたいですね!」
「はい!」
二人は元気に返してくれた。
それに対して自分は満面の笑みを返すだけだ。
三人は薬草が取れてご機嫌、だが一人例外がいる。
その者は心ここにあらずとばかりに顔を俯かせて歩いていた。それはもちろんゼラである。
あの二人の時から、いや正確に言えば馬車を降りた辺りから更に気分が沈み込んでいるように見える。
俺は彼女を励ますようにウインクをする。
しかし彼女は心底元気が無さそうに、あぁ…と言うだけ。まるで感情が抜け落ちた死体のようだ。
……困った。
やっぱりゼラさんは相当苦しい過去を持ってるのかもしれない。こればっかりは俺も簡単に気持ちは晴らせないか…。
彼女のことを見ているとなんだか伝染してくるように沈み込んでしまう。
気づけば俺はやらせないように頭を掻いていた。
するとその様子を見てアレンが近づいてくる。
「……なんかゼラさんの元気が無いですが、どうしたんでしょうか?」
耳打ちするようにそう尋ねてきた。
「うーんちょっとよく分からないです…」
それには軽くお茶を濁すしかない。
彼女が元気がない原因を自分は知っている。
それは言わずもがな先ほどの号泣が原因だろう。
しかし何をもって強い彼女があれほど泣いていたのかは分からない。それにおいそれと言う自分ではない。
彼女にとってさっきのは恥ずかしい出来事だしそんな事を言うなど最低だ。
これは自分の心の中に一生閉じ込めておくとしよう。
すると……。
「あれ…なんでしょうか?
遠くで白煙が上がってますね」
いつからだろう。
ここより遥か先の場所で煙が上がっていた。
距離としては数キロは離れているだろうか、あそこは確か住宅街だったはずだ。
「確かにすごい火事。
あれほどの煙は見たことがない」
「大丈夫でしょうか?
もしかしたらこちらまで火の粉が飛んでくるという可能性も」
「………」
「スティンさん?」
俺は黙り込んだ。
確かにあれは大きな火災だ、だがそれ以上に嫌な予感がする。あちらから不吉な存在のオーラがチラホラと確認できるのだ。
これは火災が不味いのではなくて、火災を起こしている存在が不味いのではないだろうか。
そう思った瞬間にハッとする。
吸血鬼の襲撃、自分の跡を魔人が付き纏っていたこと、村の壊滅、全てが線で繋がった。
これは恐らく…本格的な魔人の襲撃だ。
「不味いな…あれは普通の火事じゃない」
「普通の火事じゃないって?」
アレンが鸚鵡返しに聞いてくる。
横を見ればリズも何も分からないという顔をしていた。
「これはまずいかもしれない。
襲撃だ、敵が襲撃しているんだ…!!」
「えっそれって?」
「どういうことですか?」
「二人は早くここから逃げたほうがいい。
ここも…」
ジークがそれを言う前に遮られる。
その言葉を邪魔したのは落ち込んでいたはずのゼラだった。彼女は先ほどまでの態度とは打って変わり、覚悟を決めた目付きをしている。
「ジークすまない……。
ここで消えてもらおう!!」
その瞬間、ジークは遥か先の建物まで吹っ飛んだ。
ゼラが一瞬で接近したのち強烈で致命的な拳の一撃を放ったのだ。
アレンたちはその光景を見ることしかできない。
それはあまりにも一瞬すぎる出来事で二人には何が起きたのか分からなかった。
だがその数秒後二人はようやくハッとする。
「ゼラさん!!
何をやってるんですか!?」
「今のはどういうことですか!?」
ゼラは二人を見ようともせずに視線は吹き飛ばしたジークの方角を捉えている。
「今までありがとう…。
お前ら二人といた時間は何よりも楽しかった。
そして今すぐここから逃げろ。
お前達の命まで取ったりはしない。
ではさらばだ……」
彼女は吹っ飛ばした建物へと向かっていく。
それについては言わなくても二人には分かった。
彼女は確実に彼を殺そうとしているのだろう。
「………」
「どういうことなの…なんでこんなことに?」
二人には全く状況が掴めない。
遠くの白煙といい、今のゼラの行動といい、何がなんなのだ。
「ヒヒヒ!!」
すると二人を囲むように地面から影が湧き出る。
それは一つ二つなど可愛いものではない。
この辺り一体に発生しており、周囲の冒険者全てが動揺している。
そしてそこからやがて人型の何か達が現れた。
一体は黒い泥を人の形にかたどったようなもの。
二体目は顔が蛇のような異形の二足歩行の化け物。
三体目はまるっきり人間と同じ顔つき、しかしその瞳は赤く、虹彩が割れて背中に羽が生えている。
どれもこれもが異様な存在をしていて明らかに危険な雰囲気を強く感じる。
戦ったら絶対にまずい、ここは早く逃げるべきだ。
二人の生存本能が今までの何よりも激しく主張している。
しかしそれは遅かった。
ここから逃げるなどもはや不可能だ。
そんな状況を見て一体の化け物が口を開いた。
「お前ら若くてプリプリで美味そうだな。
この街で一番のご馳走、頂くとしようか!!」
――――――
「リエルさんこっちこっち!!
ちょうどいい時間だわ、ピッタリよ!」
「あぁ!!
それでもう始まってるのか!?」
「えぇ。数分前から敵が転移してこの街を襲っているわ!私たちも早く加勢しましょう!!」
王都の入り口にエイラとリザとリエルの三人が集まる。エイラとリエルの二人は状況確認を、リザは周囲に敵がいないか周囲を調べている。
「リザもういいわありがとう」
すると少し離れた位置にいたリザは急スピードでこちらに向かってきた。そして三人が円になるような形を取ると、エイラは話を続ける。
「見ての通り現在王都に敵が襲撃しているわ。
敵の集団はヴァンパイアと魔物の混合のようね。
そしてあれを見て」
エイラが指差した遥か先の空中にブラックホールのようなものが浮いている。高度は約300メートル、大きさは50メートルを超えるだろうか。
「なんだあれは!?」
「あそこの穴から敵が大量に降ってきてるわ。
あれは恐らくワープゲート。あれを通して敵は攻撃や移動をスムーズに行っているの。
私とリザはまずあれを破壊しに行く。
リエルさんはジークからもらったブラッドレイスに命令を出して、この街にいる魔物を殲滅してください。
そしてリエルさん自身は私たちについて来てください」
「あぁ分かった!」
「リザも準備はいい?」
「えぇ姉さん」
「分かったわでは行きましょう!」
するとエイラの全身から炎が噴き出してくる。
それは鉄をも瞬時に溶かすような凄まじい温度。
とてもじゃないが彼女の身体に近づくことは出来ないだろう。
それに応じるようにリザの身体は煌々たる光を帯びた。誰かがもしそれに触れるようなら、一瞬で浄化され消滅するだろう。それほどまでに危険な輝きである。
「す、凄まじいな。
これほどまでの力を二人は持っているというのか…」
そんな姿を見てリエルは唖然としてしまう。
自分とは比較にならないほどの力の奔流。もしこの二人が自分に敵意を向けてきたら、自分は一瞬で消滅してしまうだろう。
しかしそうではない。
二人は自分の味方なのだ。
これほど頼りになることはないだろう。
そして三人は同時に走り出す。
三人の通った道にいる魔人達は轢き殺されるように、ことごとく消滅していった。