彼女の想い
彼女は死ぬかもしれません。
「傾斜も緩やかで歩きやすいですね。
それに中の方は思ったより高木が無いですし」
「そうだな。
ここは軽いハイキング気分で楽しめる場所だ。
暑くも無いから汗もかかない、何より風が吹くと心地がいい」
ジークとゼラの二人は丘陵地帯の奥へどんどんと進んで行く。先ほどまでアレン達と行動していたのだが、あまりにも魔物と出くわさないので自由行動とした。
例え二人と離れたとしても互いの位置を知らせる魔道具があるので見失ったりすることは無い。
普通の森なら奥へ進むたびに木が生い茂って暗くなるようなイメージだが、ここはそれと違って林と平原が交互に来ている。それゆえどれだけ奥へ行っても木で阻まれることは無いし林を抜けたと思ったら、風がなびく草原に変化することもある。
入口こそ木が群生していて侵入者を拒絶するような雰囲気が漂いっていたがそうでは無かった。
だからこそ丘陵地帯と呼ばれているのだろう。
するとゼラが何を見つけたのか小走りになる。
「ほら、あそこに薬草が密集している」
「え…本当だ。いっぱいありますね」
一本の木を囲むようにして薬草が群生している。
木々の隙間から差し込む光によって光合成をしているのか、その数はかなり多い。
とてもじゃないが二人では取りきれないだろう。
「これは…薬草だがかなり上質の部類だ。
種類は詳しく分からないが、ハイハーブの域にまで達していれば高く売れるかもしれない」
「そうなんですか?
詳しいことは良く分かりませんが参考になります」
「どれどれ取ってみようか」
そう言うと薬草を取るために彼女は前屈みになる。
それは丁度、後ろに立っているジークに対してお尻を向けることに形になった。
それを見たジークは思わずニヤつく。
良いぞこれはチャンスだ!
一体何がチャンスなのだろうか。
それはジークにしか分からない。
するとジークは服の中に入れていた一枚のコインと紙切れを取り出して、彼女のズボンのお尻部分のポケットにバレないようにそっと入れた。
「いいぞこの薬草はかなり良さげだ…!」
しかしそれにも関わらずゼラは無反応。
むしろそれどころか薬草取りに夢中である。
つまり気付かれていないということ。
自分の作戦は見事に成功した。
ゼラにバレないように自分はこっそりガッツポーズをする。
どうだ、自分は決してお尻は触ってない。
この場に他の者が居たならてっきりお尻を触ると思われただろう。しかしそれは残念、不正解だ。
あくまでも紳士である自分は最近知り合っただけの人にそんなことはしない。
ただ、彼女のお尻はかなり魅力的ではあった。
もし許されることならば撫で回したいくらいに柔らかそうな安産型だ。
まぁそれはさておき、自分も少し取っていこうか。
これでラフィーに対するお土産にもなるだろう。
前言撤回、こんなものでラフィーは喜ばない。
ゼラが薬草を取りながら口を開く。
「どうだ少しは彼らと仲良くなれただろうか?」
「はい。二人ともゼラさんの言っていた通り良い人たちで話していてとっても楽しいです」
「そうかそれは良かった。
もし気が合わなかったらどうしようかと思っていたんだがその心配は杞憂に終わったようだな。
これは言って良いのか分からないのが君になら大丈夫そうだ。実はあの二人は貧困層の農民でな、冒険業で稼いだ大半を実家の方へ仕送りしているんだ」
「そうですか、それは大変ですね…」
「あぁ全くだ。
なんでもそこの領主が重税を敷いてるいるようで、土地の無い水呑み百姓だった彼らは村にいた時は朝も夜も働いていたらしい」
「それはまた可哀想ですね。
彼女達が村でどれだけ過酷な体験をしたのか具体的には知りません、ですが僕も農民だったのでその気持ちは分かります。そうだ…今日採集した薬草やその他諸々大部分は彼らにあげましょう」
「ほう、彼らにか」
「はい。今回は体験のようなものだと思っていたのでどのみち収穫は期待してません。
だったら彼らにあげることで彼らのご家族が助かるなら僕は喜んで差し上げますよ」
「良いことを言う。
よし。だったら私も今日取れたものは全て彼らに引き渡すとしようか」
「……良いんですか?
僕はあくまで冒険者じゃありませんが、ウォーカスさんは生活が掛かってますよね?
わざわざ僕に乗らなくても…」
「いや気にする必要はないぞ。
私はこう見えて少し余裕があるんだ。
それに今までだって彼らに援助してきた。
今日ぐらい渡したってどうって事ないさ」
「ウォーカスさんは優しいんですね…」
「いやそんなことはないさ」
サー…というように二人に優しい風が吹く。
彼は温かい顔でこちらを見てくる。
なんだかその気持ちが伝わってくるようで、心地よい温もりが自分の身体を包んでくれた。
………。
だがそれは一瞬。
自分は気付かされた。
何を気付かされたのか。
そんなのは決まっている。
今日彼を殺さなければいけないことである。
どんなに仲良しごっこをしたところで彼を始末しなくてはならない未来は変わらない。
むしろこんなところで同情すればするほど別れる時が辛くなるだけだ。
……そうだ。我慢しなくてはならない。
心を鬼にして、気持ちを鉄にして、彼に対する見方を変えるのだ。
自分は悪魔、目の前の男は人間。
ただそれだけの関係性だ。
その関係性を大切だと思うような変な考えは起こすべきではない。
彼はそんなことなど知らずにニコニコと見てくる。
瞳は優しくて心がこもっていて……。
ダメだダメだ、余計なことは考えるな。
大丈夫だ落ち着け、こんなことはどうってことない。
一人の人間を殺して未来が変えられるのなら安い。
仕方ないが彼には死んで貰わなくてはならない。
そうなのだが。
「ウォーカスさん…どうしました?
目から涙が零れ落ちてますが……」
気付いたら私は泣いていた。
そしてボロボロと大粒の涙を零していく。
私は彼に悟られないよう手を振って必死に誤魔化す。
「だ、大丈夫だ気にしなくて良い。
ちょっと辛いことを思い出してしまってな……」
だがもう涙は止まらなかった。
心を無にしたところで、一度決壊した想いを抑えることなど出来ない。
「ううっ…」
だいじょうぶだっ…落ち着け!!
こんなところで泣けば余計に怪しまれるっ……。
この男をこの人間を一匹殺すだけ、それだけで私は救われるんだ!!
そうすれば家族も、慕っていた人たち全て報われるんだ。だからやるしかないっ……!!
その時。
気のせいだが彼が悲しんだ顔をした。
そしてどこからか、
「残念だよ。
僕は君のことを信じていたのに、君は僕を信じてくれてないんだね……」
彼がとても悲しい顔をしている。
そんな顔を見てしまったら……。
やっぱり…私には彼を殺す事などっ…!!
どうすればいい…どうすればいいんだぁ!?
「大丈夫ですよゼラさん。
落ち着いて深呼吸をして。
そうすれば気分も気持ちも楽になりますから……」
彼が抱きしめてきた。
赤子に触れるように優しい手つきで、私の体全身を包み込む。本当に温かいぬくもりがひどく冷めた心を溶かしてくれる。
そのままの姿で数十秒が経った。
そして二人はゆっくり離れる。
「……少しは気分も落ち着きましたか?
良ければ話してください。
僕はいくらでも協力しますから……」
「あ、ありがとうっ。
じ、実は私はっ……!!」
あと少し、もう少しのところで言葉が止まってしまった。
どうした!?
何故そこで言葉が止まるんだっ!!
ふと、気づけば自分の喉元に剣を突きつけたもう一人の白い私が立っている。
彼女はどこまでも冷たい瞳で睨みつけてきた。
当然、その姿は彼には見えていない。
そしてその彼女が口を開いた。
「無理だ……。
お前は決してその続きを話すことは出来ない。
お前は感情を優先しているが実は分かっている。
お前自身が本当に大切にしているのは、彼ではなく自分の故郷だということを。
それに亡くなった父上や母上が泣いているぞ。
……だから諦めろ。
お前の道はもう既に血で染まっている」
自分の中でその言葉はどこまでも深く響く。
そしてゼラは。
「…………。
大丈夫だ、ジーク……。
今のは本当に何でもないんだ」
もう戻ることのできない奈落へと彼女は堕落していった。
彼女が死ぬか生きるかは言えませんが、次回から最終決戦が始まります。ド派手な戦いになります。