挨拶
組合の椅子に座ってくつろいでいると、こちらに向かってくる足音が聞こえる。
数はおよそ三人だろうか。
一人を先頭として後ろに二人が付いている。
やがてその足音は止まった。
「すまん待たせたな」
振り返ってみればそこにはゼラが立っていた。
「いえ待ってないですよ。僕も今来たところです」
自分もそう返していく。
「そうか、それならちょうど良いな」
すると彼女はニコリと笑った。
褐色肌のエルフが自分に対して微笑んでくれる。
何とも神々しくかわいい顔だ。
そんな顔をされると推しになってしまう。
まぁ、それもいいが後ろも気になる。
後ろの二人は若干緊張した面持ちで下を見ている。
この子達がゼラさんが言ってた同じパーティーの人かな?
そんなことを考えているとゼラは二人に声をかける。
「では彼に挨拶をしてくれ」
その言葉でずいっと前へ出て来る。
一人は茶髪で明るげな顔をした少年。
身軽な服装には短剣を携えており、これを使って魔物と戦うのだろう。
二人目は大人しそうな見た目の黒髪の少女。
少年と同じく動きやすい服装の彼女は、弓を携行していて後衛職ということが分かる。
そんな彼女達の瞳はこちらに好意を持っている。
そして少年の方が口を開いた。
「僕の名前はアレン・ルーズと申します。
冒険者になってまだ3ヶ月ですが今日はよろしくお願いします!」
「俺の名前はジーク・スティンです。
年齢は17歳なのでお二人と同じくらいだと思います。
今日は軽い冒険ということなのでお互いに楽しみましょう。よろしくお願いします」
「私の名前はリズ・フォートです。
隣のアレンとは幼馴染で同じく冒険者になって3ヶ月です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
するとゼラが満足げに前へ出てきた。
「よし、三人とも挨拶が終わったな。
二人は優しいし気が会うと思うぞ。
それと今日の行き先だが私一人で考えた結果、向かう先は近くの丘陵地帯に決めた。あそこなら危険な魔物も出現しないし他の冒険者の通り道にもなるので難易度、安全面としてもちょうど良いだろう」
ゼラの説明に耳を肩曲げながら腕を組む。
これは今日の行き先の話だろう。
前回話した時には完全に案が固まっていなかったのでこれは彼女のおすすめというところになる。
どこに行っていいのか分からない見習い冒険者である自分にはありがたいものだ。
しかし一つ気になることがある。
その疑問を口に出した。
「ダンジョンはやめたんですね」
「あぁそうだな。
ダンジョンは不確定要素があるので安全に楽しめる言うより危険な場面があって神経を尖らせてしまうだろう。今回は交流と冒険者体験ということなので、進みやすい丘陵地帯がピッタリだと考えたんだ」
「なるほどそれはウォーカスさんらしい配慮ですね。ありがとうございます」
「ま、まぁな…」
彼女は後頭部をかきながら他所を見る。
恥ずかしがるように見える仕草だが、自分には何故か申し訳なさそうにしている顔に見えた。
それは今回だけでなくカフェの時もそう。
何か訳があるのだろうか。
「で、では早速行くとしようか」
「そうですね」
「リズ、行こうか」
「うん」
――――――
それから30分。
三人は商人の馬車に乗って丘陵地帯を風を切りながら進んでいく。
眼下に広がるなだらかな地形には多くの植物が群生していて丘陵地帯とはいうものの、森のようにも山のようにも感じられた。
聞くところによると丘陵地帯の大きさは東京都の3倍以上はあるようだ。かなり大きい面積を誇るがこの世界の森ではまだ小さい方であり、有名な大森林は日本総面積の数倍以上あるから驚きだ。
一体この世界は地球の何倍大きいのだろうか。
「ジークさんはここに来たことがありますか?」
アレンが馬車の幕をめくり上げて景色を楽しみながらそう尋ねた。
「無いですね。
でも結構大きいので散策するのも楽しそうです」
「ふふっそうですよね。
実は僕もここに数えるくらいしか来たことがなくて、それに前回とは違う地域を訪れるので楽しみです。
リズはどう思う?」
アレンの横に座っているリズはアイテムを確認しながら口を開く。
「ここはいっぱい薬草が取れるからそれで期待してる」
「おいおいリズは現金主義だな。
でも確かにそれは否定はできない。
ここで珍しい薬草を手に入れれば一攫千金もあり得る。それに冒険疲れにはちょうど良いってもんだ!」
二人はかなり楽しみにしているそうだ。
自分はこの辺の土地勘とか詳しくはないのでそこら辺は頼りたいところ。
というかなんだか自分も楽しみではある。
自分達の拠点には薬草調合室もあるのでこの際いっぱい持ち帰って研究しよう。
これから組織を広げる時に役立つかも知れない。
それにしても……。
ジークは神妙な顔で変わりゆく新緑を見る。
二つの馬車で来たのは良いのだがゼラだけがあっちの馬車に乗ることになった。
馬車が一つだけだと狭い気がしたからだ。
かと言って今こうして乗っていると二つだと余分な気もしてくる。
だったらせめても二人ずつ乗れば良い話なのだが彼女がそれを遠慮した。恐らく彼女の気配りだろう。
まだ会って間もない三人の仲を取り持とうと彼女はしているのである。
これには自分も頭が上がらない。
流石はゼラさんていうか思いやりがあるよな。
……やっぱり、今回の事件の首謀者にゼラさんは関わってない気がしてならない。
素直に冒険を楽しむことは大事だがそれ以前に、彼女が敵なのかそれとも単なる冒険者なのか白黒判断するため自分はこの旅に同行したのだ。
それをまず忘れてはならない。
しかし自分は早計なのだろうか、彼女が吸血鬼の一味にはもはや思えなくなってきている。
果たしてこのような優しい人に人間を食い殺すというおぞましい真似が出来るのだろうか。
初めからエサと考えているのなら人間のことなど友人と見ることは出来ないだろう。
彼女がそのような者では無いことに信じたい。
たとえそれらの類だったとしても人間を食べていないことを願いたい。
ラフィーはあれだけ警戒していたが、自分が彼女に思うことはそれだけなのだ。
「そろそろですね」
そんなことを考えながら馬車に揺られていると、目的地に着いたのか徐々に減速をし始める。
そしてゆっくりと止まった。
三人は馬車から降りて御者の方へと顔を出す。
「お待ちどうさん、ここが御所望の場所だ」
「ありがとうございます。
ではお代の方ですが…」
「おっと、お金はもうお姉さんから貰ってるから要らないよ」
「そうですか」
「……それじゃあ俺たちは行くとするよ。
じゃあね!」
別れ際に商人は手を振ると先頭の馬車を追いかけていった。
いつの間に代金を払ったのだろう。
よし…後でお返しでもしておくか。
三人は先に着いていたゼラの方へと向かう。
彼女は持ち物や靴のチェックをしている最中だった。
「馬車のお金を払ってくれてありがとうございます。
お金のことですがいくらだったでしょうか?
今お支払いしますので」
自分がそう言うと二人もポーチから財布を取り出してお金を手にする。しかしゼラは全然気にしていないという素振りを見せる。
「いやいいんだ。
まずこの探索は私が提案したもの。
移動費くらい払わせてくれ。
それに私が冒険業で一番ベテランということだしな」
先ほど聞いたのだがアレン達は5等冒険者、ゼラは3等冒険者なのでこの中では彼女が最もクラスが高いことになる。しかしクラスが高い者が奢るというルールなど無い。
ただこちらが払おうとしたところで彼女は受け取る気は無いだろう。彼女はそういう性格だ。
だから代わりに頭を下げると彼女は笑って手を振る。
「ではこれから森林の中に入ろうか。
各自装備は大丈夫か?もし戦闘になった時はアレンとと私が接近戦、リズは弓とアイテムで援護、ジークは魔法使いということなので後方を任せよう」
三人頭を縦に振る。
するとゼラは満足したように頷いた。
「では森に入るとしようか」