ギルド
「ここが組合か結構デカいな」
ジークは冒険者組合の敷地に入る。
あれから2日経って今日はゼラと約束していた冒険者を体験する日である。
予定の時間よりかなり早く到着してしまったが別に構わない。組合の雰囲気や手続きもあるためにむしろ丁度いいだろう。
今は早朝なのだが、もうすでに多くの冒険者や町人が行き交っている。横を見れば軽装を着た若い冒険者達や、鎧と衣服を組み合わせたような戦闘服姿の冒険者、ローブを身にまとう魔法使いらしき見た目の者、マントで全身を隠している者などとすれ違う。
その姿は非常に多種多様で、いかにもファンタジーに出てくる冒険者そのもの。
全く面白そうな雰囲気がするな。
果たして彼らが今から仕事に行くのか、はたまた依頼を達成して帰ってきたのか分からないが、冒険者の朝は早いということらしい。
………。
そんな中歩いていると、やがてとある建物に行き当たる。それはレンガ造りの建物で周りと比べ特に人の込みが激しい建物だった。
落ち着いた色のレンガには赤色や緑色の垂れ幕のようなものが掛かっており特徴的な線を模している。
詳しくは分からないが冒険者ギルドの紋章なのだろう。まぁ、どちらかと言うとどこかの国のようなマークに見える気もするが。
始めて来て分からないこと尽くめなので、とりあえず中に入ってみるとしよう。
自分は建物内に足を踏み入れていく。
「でかいな…それにオシャレ」
中は黒を基調とした巨大な正方形のフロア。
中央にいくつものテーブルや椅子が置かれており、右手に大きな受付エリアが、また左手には依頼の掲示板が置かれていた。
床は漆のように艶めいたフローリングで天井には巨大なシャンデリアが燦々と輝いている。
「凄いな」
これでは組合というより大人な雰囲気のカフェだ。
思い描いていた冒険者組合とは良い意味でかなり違っていた。
また上の階層もあるようで奥に巨大なかね折れ階段が高く続いている。2階まで相当登らないといけないので上り下りするときは怖そうだ。
「……とりあえず受付に行ってみるか」
大きな受付コーナーに立っているのは若くて綺麗な女性たち。俺はその中の一人に近づいた。
彼女はこちらに気付いて丁寧に頭を下げる。
「いらっしゃいませ。
今回はどのような要件でしょうか?」
「すいません、冒険者になりに来たのですが」
「畏まりました」
そう言うと彼女は後ろを振り返って何かを探す。
そしてお目当てのものを受付台に置いた。
それは薄っぺらい紙一枚。
「ではこの用紙にお名前と連絡方法、年齢やお持ちの職業を記入のほどお願い致します」
「はい分かりました」
と言いながら内心では驚きを隠せない。
へぇ…こんな紙ひとつでいいのか。
なんか随分と簡単な身分証明だな。
紙に書いてあるのは本当に最低限の必要事項のみ。
日本の堅苦しくて必要ない事まで書くような証明書とはえらい違いだが、これはこれでなんか怖い。
それに住所を書く欄が無い。
その代わりに連絡方法だけ書けばいいみたいだ。
ちょっと気になるし聞いてみようか。
「紙に住所の枠が無いんですが書く必要は無いんですが?」
「住所は記入されなくて結構です。
冒険者になり来た方々には他国から訪れられたり、家を持たず宿泊施設で寝泊まりされている方が多数いますので、不要でございます」
「なるほど…そういうことなんですね」
「はいそうでございます」
リエルなんかは宿泊施設で寝泊まりをして家を持っていなかった。それに出稼ぎなどで来た人も家を賃貸せずに宿で素泊まりする人が多い。
少なくともこの世界においてこの方法がよりお金を安く済ませられなおかつ依頼の派遣先で都合が効くのであるから、こういうやり方を取っているのだろう。
そんなことを考えながら適当に紙を書き上げてあちらに渡す。
「ご記入ありがとうございます。
ではすみませんが確認させていただきます」
彼女は名前や連絡方法など記載された情報を左上から右下へと順番に読み上げて聞こえるように確認する。
スムーズに読む彼女だがあるところで声は止まった。それは職業の欄。
「……お客さま。
こちらの紙に書かれている通り魔法使いでいらっしゃいますか?」
「はいそうです。
別に大した魔法は使えませんが一応氷魔法を使用できます」
「………」
彼女は顎に手を当てて考える。
なにか問題でもあったのだろうか。
魔法使いで止まるってことは魔法使いに問題が…?
でも別におかしな職業では無いと思うんだけど。
んー希少性の問題か?
魔法使いはたしかに珍しい存在ではある。
しかしとても希少というほどでは無いはずだ。
少なくともこの街に来てから敵味方問わずそれなりの数の魔法使いと会っている。
現に、先ほどもこの敷地内で魔法使いらしき者とすれ違った。
「……どうかしましたか?」
「あ、いやすみません。
魔法使いという職業は他に比べ数が少ないので、この若さで魔法使いということに驚いてしまいました」
「言われてみると確かにそうかも知れませんね。
魔法を少し嗜めるくらいの人ならザラにいると思いますが、この歳で魔法使い一本は珍しいのかも。
ではちょっとだけお披露目をしてみましょうか」
「えっ…?」
俺は人差し指から小さな氷を生成して弾き飛ばした。それを見ていた彼女は驚いた顔をする。
「わぁ…凄い!」
「別に大したことでは無いですが喜んでくれるとやった甲斐がありますね」
「いえ本当にすごいですよ!
毎日冒険者さんとか魔法使いさんを見ていると私も魔法の一つくらい使えるんじゃないかなーって思ってしまう時があるんですが何度やってもできません〜。
やっぱり才能でしょうかね?」
「そうと言えばそうかもしれないですけど、受付嬢さんなら出来ると思いますよ!!」
……たぶん。
俺の無責任な発言を聞いて彼女は喜ぶ。
喜んでいるところ悪いのだが、どうかそれを真に受けないで欲しい。
今のは社交辞令というかリップサービスだ。
「ゴホン。ではでは手続きの再開を。
……冒険者という役職状、いついかなる時も危険と隣り合わせでございます。我々ギルドの方ではそれらの責任を負いかねますので、こちらの方にサインをお願いいたします」
次に出して来たのは別の紙。
よく見てみればそれは誓約書と言われるもの。
こちらの身体や生命になんらかの危害が加えられても組合は責任を負わないという確認の意味合いである。
前世で言うところのバンジージャンプの確認書や入社の時に書く約束事のようなものだ。
それらもパパッと書き上げる。
正直、冒険者として活動するのはこれ以外全く無いと思うのでこんなもんは適当でいいだろう。
「ありがとうございます。
これでお客さまは正式に冒険者となられました。
ではこれから冒険者について再度細かく注意事項を説明させていただきたいと思います」
「はい」
「ではまず初めに……」
――――――
「これが冒険者のバッジか」
椅子に座って自分は右手に持ったバッジを眺める。
それはシャンデリアの光を反射してキラキラと輝いていた。バッジには何かの花を象ったように削り取られ、裏は服やバッグに刺せるように針が付いていた。
どうやらこれが冒険者の証らしい。
冒険者には階級があるようで、1等から5等までを基本階級と、そこに駆け出しである見習い冒険者や1等よりさらに高い階級である冒険者クラスがあるようだ。
ちなみにこれは見習い冒険者の証である鉄のバッジ。
最初は無料かと思ったが4等まではお金を払ってバッジを買わなくてはいけないそうだ。
それ以上のクラスになると無料だと言っていた。
4等からは金以上の素材を使ってバッジを作るそうなので、確かに自費で買うのはかなり厳しいだろう。
「………」
辺りにはバッジを付けている者、付けていない者などその数はバラバラだ。それもそのはず、どうやら強制的に付けるものでは無くこれは単なる身分証明のようなもので持っていれば便利程度のものらしい。
それでも今ここで身につけている者はこの階級にいるいうことのアピールや同程度の仲間を募集しているということなのかもしれない。




