隙自語はお得意です。
「ジーク」
「俺は大丈夫だ、こっちにいる」
辺りが煙たい中、手を振ってラフィーに位置を知らせる。すると彼女は駆け足でこっちに向かって来た。
まさかとは思うがそれでも心配なのだろう。
先ほどの彼女の強烈な一撃を見た分、自分としては反撃される心配は全く無かったが。
「怪我はない?」
「ほら全然平気。
何一つとして怪我はしてないよ」
回るようにラフィーに自分の全身を見せる。
それを見た彼女は安心したように、ホッとした表情を浮かべた。
実力的にはラフィーより圧倒的に俺の方が強い。
なんだろう…。
うちのチームは俺のことを過保護な気がする。
それはリザしかりリエルしかり。
エイラはまぁ、長年一緒にいるのでお互いがお互いを大丈夫だろうと思っているのでそうではない。
しかしそれを言ったらリザとも長くいるだろ。
と思われるかもしれないが、彼女はなぜか俺のことを過剰に心配してくる。
村にいた時はリザは可愛い妹ポジションだったのだが月日が経って今はどちらかというと、お母さんポジションになっている気がする。
立場逆転どころの話ではない。
若干バブみを感じるほどに関係の変化をきたしている。一体それはなぜなのか。
心当たりはある。
考えたくはないが俺に甲斐性が無いのかもしれない。
かなり悔しいが否定できないのもまた事実。
もしかしたらここいらで一発、俺が頼りになるところを彼女たちに見せなくてはいけないかもしれない。
それこそ、裏の支配者が裏では女の子たちに介護されてます。では非常に恥ずかしい話である。
全くいい笑い者だ。
そんなことを考えているとラフィーはこちらに話しかけてくる。
「さっきの連中はなに?
ヴァンパイアとは違うみたいだったけど…」
「俺もよく分からないな。
あんな連中、騎士長からもエイラたちからも話に聞いていないしそれこそ今始めて見たもんだから。
それにあいつらが俺たちの跡をつけてた理由もよく分からない。あいつらのことは知らないけど、連中は俺らの何かを知っていると考えてみたら、かなり気持ち悪い。ここまでの情報統制、決して油断できない相手なのは間違いない」
「………」
ラフィーは神妙な面持ちをして視線を下げる。
もしかして今の言葉で不安にさせたのかもしれない。
そう思って話を続けた。
「でもこれほど相手の情報が流失していないってことは逆にヒントでもある。
多分なんらかの統制が取れた集団と見て間違いはない。そうじゃなきゃ、国中で人間を襲っておきながら大した情報が漏れていないというのはおかしな話だ」
それこそ、
「メンバーをまとめ上げるだけの力を持ったリーダーがいるだろうし、どこかの国の所属もしくは背後で他国がバックアップしている可能性も大いにあり得る。特に王国の土地を荒らし回っている隣国のガラン帝国は非常に怪しい。魔人と結託してこの国を内部から崩壊させるように仕向けているのかもしれない」
「でもそうなったら私達だけでどうこうできる話じゃない……」
「そうだねラフィーの言う通りだ。
この国内の騒乱ならともかく、戦争になればとんでもない被害になることは間違いないだろうし、俺たちが協力したからってこの国を守ることができるかって聞かれたらそれは難しい。
だからその時はこの国を見捨てるだろう」
「………」
今度は顔色一つ変えずに話を聞いている。
恐らくこの国がどうなろうとも彼女にとってはどうでもいいのだろう。
それに対して説明を続ける。
「敵の戦力、被害が未確定な以上それを受け入れてまでこの国に協力するほど愛国心は俺には無い。
てかまず俺はこの国の人間じゃないしね」
「え、そうなの?」
ラフィーは不思議そうに頭を傾ける。
「うんそうなの。
俺とエイラとリザはこの国の更に隣国の、エーテ自治国っていう小国出身の人間だ。
だから正直、この国の命運なんか知ったこっちゃ無い。ラフィーだってこの国の出身じゃないからどうでもいいでしょ?」
「うん」
小さな頭をコクリと下げる。
そしてまたこちらを見る、というか見上げた。
二人の身長差ゆえに彼女がこちらを見上げる視線は必死でどこか愛らしい。
というのは置いといて話を続けようか。
「だからこの国を助けるメリットとデメリットの天秤の釣り合いが取れなくなった瞬間、この国から撤退させてもらう。
卑怯で薄情かもしれないけど、俺たちの組織は言わば企業みたいなものだ。戦争で国内が不安定になったら外国企業は撤退するでしょ?
それと同じなんだよ、そこに私情は挟んでられない」
でもリエルは別だ。
「彼女はこの国の出身でこの国を愛している。
それこそ仁義を良しとする騎士的価値観を持った以上、この国は捨てきれないかもしれない。
そしてもしそうなったら俺はこの国で全力で戦う。
彼女を守りたいのもそうだし、彼女が愛するこの国を出来るだけ俺も守りたいと思っているから」
「ジーク…カッコいい」
ラフィーは少しだけ頬を赤くさせた。
そして目をキラキラと輝かせる。
そこにあるのは尊敬、そして異性としての感情。
しかし自分としては困り物だ。
何せ大したことは言ってないし、これはあくまでも隙あらば自分語りの延長線みたいなもの。
誰かに尊敬されるほど自分は真っ当な人間だとは思っていない。
ただリエルに対する気持ちは本物だ。
もし誰からもその気持ちを嘘だと言われようが俺が本物だと決定するだけ。
そこに誰の邪推も必要ない。
それゆえに可能であるならばこの街を守りたい。
「だからとりあえず今は自分の出来ることをやろうと思っている。明日騎士長さんが行う定例会議とやらに俺が出席するのもそれと同じ理由で、彼女の愛するこの国を守りたい、それだけなんだよ」
「だったら私はこの街を守るリエルを守るジークを守る!!」
「はっは、それはまた面白いマトリョーシカ的な説明というかなんとやら…」
とにかく、
「今は急いで帰ろうか。
いつ追手の後詰めが来るかも分からない」
「うん」
相手が執拗な場合、いつまでも付き纏ってくる可能性がある。もしそれで下手に居場所を特定されたら危険だろう。ここは一つ念押しをしておくか。
「"死の警告"
よし、これでいいだろう」
自分の指先から漆黒の霧が流れ出る。
それらは拡散しながらすぐさま霧散していく。
これは死霊に関する技術。
相手がこの場に近づけば生物的本能で死を知らせる。例え霧より先に超えたところで死にはしないが、相手はトラウマになるほどの精神的ダメージを負うだろう。
それは低位の回復魔法でもアイテムでも直せない凶悪な技術ゆえに、最悪相手はショック死する可能性もあれば、ずっと何かに怯えたまま生きる羽目になる可能性もある。
ちなみに頭に思い浮かべれば対象選択も可能なので無関係な市民はここを通っても何も起こらないし、何より制限時間があるのでいつか消える。
つまりこれは環境に優しいということ。
前世での何百年も分解に時間が掛かるペットボトルとは大違いだ。
それを考えると、かつての現代社会の化学製品はどれだけ恐ろしいかがよく分かる。
むしろこの世界の魔法より凶悪かもしれない。
そんなことを考えながらジークとラフィーは帰路へと着いた。