小手調べ
「なるほど…。
ここがお客様の創り出された世界ですか。
ここはお客さまに関係ある場所なのか、それとも適当に創り出されたのか、教えていただけますでしょうか?」
三人はだだっ広い草原の中に佇む。
吹いてくる風は爽やかで、どこか眠気を誘ってくるほどだ。
ヴァレジストの問いにジークは答える。
「ここは昔よく遊んでいた平原ですね。
特にこれといって何もない場所ですが、とっても気持ちが良い場所で、頭の中で思いついたのがこの景色でした」
「なるほどそういうことですか。
確かに何も無い場所ですが、実に雄大な景色。
良い場所だと私は思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます。
それと一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
あたりを見回していたヴァレジストはこちらを振り向く。
「なんであれだけお客さんがいたのに僕たちに声をかけたんでしょうか?」
「ふむ、そうですね。
それは一番あなた達が知っているかと…」
「えっ?」
ヴァレジストは意味深長な顔をする。
それは笑いともニヤけとも、こちらの奥底を見透かしているような顔つきにも見える。
とにかくその顔にはどこか気持ち悪さがあった。
ジークはそれを見て少しだけ身構える。
気付けば、隣のラフィーも若干だが警戒を強めていた。
そんな二人に対してヴァレジストは大きく手を広げる。
「そんなに怖い顔をしないでください。
別に変なことは企んでいませんよ。
ただあれだけ人がいた、なおかつ冒険者も混じっていた中で、なんの変哲もない服装をしていたあなた達の力がずば抜けていたように見えましたので、声を掛けさせてもらった次第でございます」
「そうですか……」
正直言ってその言葉はあまり信用ができない。
目の前の男はそれ以上に大事な事柄を自分達の中から感じ取った気がする。
それこそ自分達の正体がフェンリルであることを。
何を邪推しているのか分からないが、この男は妙に勘が良い。決して油断できない気を付けるべき相手だ。
「そこでここは一つ楽しいレクリエーションをしましょう。内容は簡単です、スティン様と私が一対一で対決をするんです。
別に殺し合いのようなことはしません、あなたの力を私に見せて下さい」
「初めからそれが目的で?」
「どうでしょう?」
ヴァレジストは先ほどと同様に変な笑みを浮かべる。
ジークにはその意味を考えずとも察して理解した。
だから観念する。
「分かりました、そのお遊びに付き合います。
だけどあくまで僕は魔法をかじった程度の見習いなので、何を過大評価したのかは分からないですが、あなたの御眼鏡には叶わないですよ」
「それで結構でございます」
ヴァレジストは一旦置く。
「では早速始めましょうか、私もこの後予定がありますので」
「ラフィー距離を」
彼女はコクリと頷いて距離を取った。
自分としてはゼラ同様に激しく敵対行動を示すか、はたま加勢すると言ってくると思っていた。
今回は妙に物分かりが良いものだ。
恐らくラフィーにとって目の前の男は勘がいい程度の存在でゼラのように敵とは見做していないのだろう。
ただそれは自分も同じだ。
この男がヴァンパイアと繋がっているとは現時点では思えない。しかし騎士長があれほど嫌な顔になった原因は自分でも分かった気がする。
この男には蛇のように絡みついてくる気持ち悪さがある。
二人はある程度距離をおくと睨み合う。
お互いに出方を窺っているのだろう。
ジークはヴァレジストを観察し、ヴァレジストはジークを観察する。
しかしそれは長く続かない。
二人は同時に動いた。
「では行きますよ?
浄化の光線」
「氷柱」
恐るべき速さで魔法が行き交う。
ジークは巨大な無数の氷柱を、ヴァレジストは光のレーザーを放った。
先に届いたのはヴァレジストの光線。
ジークの身体を貫こうと聖属性を纏った光の線がこちらを襲う。
しかしそれを回避した。
そのまま遥か先の向こう側まで飛んでいって光のレーザーは勢いを失って虚空で霧散する。
次に氷柱がヴァレジストを襲う。
豪雪地帯にできるような特大サイズの氷柱は圧倒的な破壊力と貫通力を誇り、銃弾の如き速さでヴァレジストに到達する。
当たれば魔法長とてひとたまりもない強烈な一撃。
串刺しになることは間違いない。
しかしそれがヴァレジストに当たることは無かった。
「どうしましたか?」
ヴァレジストは余裕に佇む。
それを見てジークは理解した。
なるほど、こいつは魔法壁を張っているのか。
氷柱はヴァレジストに当たるその瞬間で、何か透明な壁に阻まれて砕け散った。
ヴァレジストが負傷した様子は全く見られない。
となるとこの男はあらかじめ透明な魔法の防壁を貼っていたということ。
「なかなか良い魔法ですよ。
ほらもっとどんどん来なさい」
ヴァレジストはにこやかに手招きをして挑発をする。
自分としても今の魔法でこの男を倒せるとは思っていなかったので、これは想定内。
というかこの男に自分の力を見せてはいけない。
そして再び氷魔法を唱えた。
今度はヴァレジストの脳天目がけて拳骨ほどの大きさの雹が降り注ぐ。
下手すれば建物を破壊してしまうような氷塊の無数の攻撃。
「面白い魔法ですね」
しかしそれらがヴァレジストに届くことはない。
それは言わずもがな障壁のおかげ。
ヴァレジストは余裕のあまり、腕を組み始めた。
魔法使いの練度、又は障壁の魔法の位階に応じて壁はより強固で持続性を持つ。
ヴァレジストの障壁はまるで鉄の壁。
それでも魔法の障壁にはいつか限界が来る。
ジークがこうした攻撃を続ければ必ず破壊できるはずだ。ただそんなことは狙わない。
次に凍てつく冷気を放つ。
そして氷の剣を作り出して攻撃。
先ほどのように氷柱を射出してヴァレジストの障壁を攻撃していく。
しかしどのような攻撃が向かってこようともヴァレジストは相変わらず仁王立ち。
障壁が壊れる様子はさらさら無いし、一歩も動かずにこちらを圧倒する。
「先ほどからの素晴らしい攻撃は実に見事。
本来ならば拍手して称賛したいところですが、これは模擬戦のようなもの。
私も一つお礼に魔法を返してあげましょう」
ヴァレジストの目つきが変わった。
先ほどまでが柔らかな態度だとすれば、今の彼が放っているオーラはまるで獲物を狙う肉食獣のよう。
その存在感は非常に強くこちらまでピリピリとした緊張感が伝わってくる。ヴァレジストは右手で天を仰ぐと眩いばかりの光を放っていった。
「光魔法、綺麗なものでしょう?
魔法ならばいくつもの属性が使えるのですが、特に得意としているのはその中でも光属性。
あなたに見せるのは特別ですよ?」
やがてその右手には光の球が作られた。
その正体は全ての悪を滅する浄化の光。
たとえ相手が善に偏る存在だとしてもこれを喰らえば無傷では済まないだろう。
「これほどの力……。
すみません、これはもう降参です」
するとヴァレジストは意外な顔をした。
「降参ですか……。
しかし流石でしたお客様。
どうやら私の目に狂いはなかったようです」
ヴァレジストはこちらに近づき、右手を差し出す。
つまり握手をして欲しいのだろう。
そしてその手を握る。
ゴツゴツしていて、とても気持ち良く…は無い。
むしろ女性のように柔らかかった。
見た目も相まって、もし女だったら相当な美女だっただろう。
少し、いやかなり残念だ。
……でもやっぱりこいつは苦手だな。
なんか俺のやる事なす事全部見られてる気がするわ。
ヴァレジストはまるでこちらの瞳の奥を覗き込むように凝視してくる。若干その圧に押されながら、誤魔化すようによそを見ていく。
「どうでしょう、よければ私の下で働いてみる気はありませんか?お客様なら今すぐにでも王国第一魔法部隊に入隊できますよ」
へぇ。
俺みたいな奴をそんなエリート部隊に誘うんだな。
狙いはどうであれ入る気は更々無いが。
「魔法長様のご提案は魅力的です。
ですが今回はお断りさせていただきます。
僕もやるべきことがありこの街はおろか、この国もいつ出て行くのかは分かりませんので」
「そうですか…それは非常に残念」
二人は握手を解いて距離を置く。
ジークはヴァレジストの何倍も後ろへ後退りした。
「ですがスティン様なら私どもの部隊はいつでも門を開いております。
不意に思い出した時にご入隊はされずとも、顔出しをしていただければ幸いでございます」
「ありがとうございます」
無いね、それは絶対に無いね。
と付け加える事を忘れる自分では無い。
「では先ほどの場所へと戻りましょうか。
手順は至って簡単で、帰りたい場所を想像してください。そうすれば戻る事が可能でございます」
言われた通り実行する。
すると広大だった草原の景色はいつの間にか水晶の装置の中へと変化した。
この男といるとボロが出そうだしさっさと帰るか。
そう思ってヴァレジストの顔を見る。
「魔法長様、本当にありがとうございました。
魔法長様のおかげで僕たち二人も楽しい思いをさせて頂きました。僕たちはこの辺で帰らせてもらいますのでまたいつかお会いしましょう」
「僅かな間ですが私もお二人と顔を合わせられて、とても有意義でした。私はいつ王都の方へ戻るかは分かりませんが、また会えたならその時はゆっくりお話しでもしましょうか」
「ありがどうございます。
ほら、ラフィー?」
「ありがとう……」
別れだというに相変わらずラフィーのテンションは低い。思わず自分が苦笑するとヴァレジストも苦笑いをしてくれる。
「では失礼しますね」
「ありがとうございました」
そうしてジーク達はそのままレフトワンを離れた。
―――――
ジークがレフトワンを立ち去って少しが経った。
しかしエイメルの装置にヴァレジストは未だにいる。
彼は棒立ちしながら耳に手を当てた。
「……もしもし聞こえますか?」
「その声は、魔法長か。
いったい何の用だ?」
ヴァレジストに応答したのは少しドスの効いた声の持ち主。誰なのかは分からないが、明らかに普通の人間の声では無い。
一体誰と話しているのだろうか。
ヴァレジストはそのまま通話を続ける。
「今、私がいる国立魔法館に青色の髪に黄色の目をした青年と獣人の少女がいます。
二人は恐らくもうすぐここを立ち去るでしょう。
そこで、あなたたちはその二人が入り口から出てくるのを見張って、そのまま尾行し、二人の住居を特定しなさい」
いきなりそんな事を言われたところで通話の相手はその二人が誰なのか全く分からない。
そして困惑した声を発する。
「ちょっと待て、誰だそいつらは?」
「あなたが別に知る必要もありません。
私の命令の通りに動きなさい」
しかしヴァレジストは紹介するのも億劫だった。
実際、ヴァレジストは通話の相手などどうでもいい。
駒は自分の言う通りに動けばいい、それだけなのだ。
すると通話相手は諦めたように、
「あぁ分かったよ。
その二人の人間を追えばいいって事だな?」
「そうです」
「じゃあ失礼するぜ」
そう言って会話が切れた。
誰もいない空間の中、ヴァレジストは不気味に微笑む。
「流石にあんなゴロツキ共ではバレると思いますが、これでいい。あの連中の結果によって彼の実力も分かるものですから」