巨大装置
「これがその装置たちか、かなりデカいんだな…」
「うんそうだね」
二人はレフトワンに訪れていた。
この空間には長方形の建物がいくつもある。
結晶のような物で作られたそれは、それぞれ番号が割り振られており、左から順に1号機2号機と順番ごとに連なっていた。
どうやらこれがお目当てでこの施設に来ている人はかなりいるようで、ライトワンと比べてここはかなり観光客の数が多い。
そんな中、ジークとラフィーは観光客の合間を縫って先へ進んでいった。
「ゴチャゴチャで分からないからとりあえず説明係みたいな人の方に行ってみよう」
すると。
「お客さまはこの装置を初めてご利用でしょうか?」
「え?」
突然、自分達に声が掛けられる。
声に反応してそちらを向くと、一人の男が立っていた。
男は軽い会釈をする。
それに対してとりあえずこちらも応じていく。
「申し訳ございません、突然お声がけをしてしまって。私はこの施設の館長、並びに国立魔法館責任者、及び王国魔法長のヴァレジスト・カウル・エヘロンシュタイン=ウィザディオンと申します」
ジークはその名前に聞き覚えがあった。
この人が魔法長か?
会えたら運が良いな程度に思ってたけどまさか会えるとは思ってなかったぞ…。
彼の情報はそれとなく騎士長から聞いていた。
この国には騎士長である自分と対を成す魔法長と言われる存在がいて、その者は現在、この街の国立魔法館に滞在していると。
他にも様々なことを包み隠さず教えてくれたが、騎士長が何より強調して言っていたのはその強さだった。
騎士長である自分と同等の強さを持つ、いやひょっとしたら自分を優に超える力を持っているかもしれないと言っていた。
彼が確定できない物言いだったのは魔法長と物理的にも距離感としても遠いからなのだろう。
彼は明らかに苦渋の表情をしていた。
それは魔法長を信頼していないということなのか自分には分からないが、今こうして対面したことで分かることがある。
それはこの男、ヴァレジストが他とは一線を超えた異彩を放っているということを。
まず容姿が他とは明らかに違う。
かなり長めの金色の長髪に恐ろしく青い綺麗な瞳、服は豪華な白のローブを身に纏っている。
そして騎士長の言う通りこの男からは力の奔流を感じる。とにかくそこら辺の有象無象とは訳が違った。
「僕の名前はジーク・スティンです。
それで隣の獣人の子がラフィー・フィアネです」
ジークはヴァレジストに対して挨拶をした。
そして話を続ける。
「この施設には初めて来ました。
色々な装置があってここはとても楽しい場所ですね」
「そうですか、ありがとうございます。
お褒めに預かり責任者として光栄でございます」
ヴァレジストは見事な一礼をする。
モデルのような見た目と丁寧な言葉遣いが相まって、どこかの貴族出身に見えてくる。
この世界では名前が長いのは貴族とか良家とかの高位身分の証って言うけど、この人も名前が滅茶苦茶長いし、やっぱりどこかの貴族出身なのか?
そうだとしたらあの騎士長さんと同じってことか。
ジークは脳内でそんな事を考える。
「……どうかなさましたか?」
「い、いえ。
それよりも頭を下げるなどおやめになって下さい。
貴方様はこの国の魔法長という軍事面での最高指揮官の一人、僕達みたいな一般市民に御礼など不要です」
「そうでございますか?」
「はいそうでござます。
だってほら、周りの人も見てますし……」
ジークやヴァレジストは周りを見渡す。
あたりの人は呆気に取られたような顔でこちらを見ている。かの魔法長がここに来たということで、注目を集めているのだが、今の行いに唖然としたのだろう。一同全員が固まっている。
「ゴホン!」
ヴァレジストは咳払いをする。
すると、途端に周りの人は注視することをやめた。
それはまるで糸に操られた人形のように全員が一斉に別の方向を向いたのだ。
「……これでよろしいかと」
何をやったんだこいつ?
男は明らかに何かをやった。
目で見たのもそうだが、魔法的な波が男を中心として水平線上に広がったからだ。
他の客には効いたものの自分達には効いていない。
ジーク達を除いた全員にやったのか、自分達二人にも効果を与えたが失敗したのかは分からないが、普通に考えれば前者だろう。
「ではこの機械の説明をいたしましょうか」
「お願いします」
「あれらは空想空間製造機、エイメルでございます。
装置の中には膨大な魔力が供給されておりまして、魔力を使用することで、本来ならば高位魔法である別次元の世界を作ることを可能とします。
特徴としては魔物を作り出して戦ってみたり、対人戦のシミュレーションを行うことが可能な点です。
現実の人間相手では流石に攻撃は無効化できませんが、装置で作り出した魔物でしたらあくまでそれは情報ですのでいくら攻撃されても痛くはありません」
「なるほど」
「長い説明はかえって混乱させてしまうと思いますので、要するにあの装置は自分の望む仮想空間を作り出すことが可能で、なおかつ冒険者たちの練習にも使えるということですね」
つまりあの装置は広場で自分が使った魔法に似ているってことか。
ていうか、短く説明してくれるのはこちらとしてもありがたいんだけど、難しく言ってもどうせお前らじゃ理解できないだろって思ってない?
何、バカにしてんのコイツ?
謎の因縁をジークは心の中でつけるのであった。
「どうです、近くで見てみませんか?」
「ぜひお願いします」
一応ラフィーの表情も伺ってみる。
彼女は可もなく不可もない顔をしていたので、これは大丈夫というところだろう。
彼女の顔が可ではないのは恐らく初めての人間に警戒しているため、不可ではないのは単純にその装置が気になるのであると思う。
ジーク達は人混みの中を進んでいく。
ヴァレジストのオーラに圧倒されているのか他の客は自然と退くように一本道を作っていった。
ヴァレジストは装置に近寄ると振り返る。
顔はニコニコと、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
おそらく「凄いだろ?」
と、言いたいのかもしれない。
だからジークも感動するように頷いた。
「近くで見るとより大きさが実感できますね」
「そうですね。
しかし流石に大きすぎてもアレなので、現在小型化に向けて開発を進めています。
ですがいかんせん時間もコストも莫大に掛かってしまって、難航しているのが現状というところです」
「やっぱり最先端な研究なだけあって難しいんですね」
「そうなんですまさにその通りで。
では早速入ってみましょうか」
ヴァレジストは重厚な扉を開ける。
え、入るの?
近づいて見るだけなんじゃ…。
「どうかされましたか?」
「い、いや中にも入るんですね。
てっきり外回りを見て回るだけかと思ってました」
「せっかくここまでお越しになられたら、中も見てはどうでしょうか?きっと良い経験になりますよ」
ヴァレジストは右腕を伸ばしてこちらに来いというような合図をする。
「まぁ…そうですね。
たしかにこれほどの装置を体験できるのも数少ないでしょうし入ってみますか、良いよねラフィー?」
「うん」
ラフィーはどこか元気が無さそうだ。
ゼラ同様、自分達の空間にこの男がずかずかと土足で入ることが気に入らないのだろう。
しかしそもそもこの場所は彼のホームなので、それはお門違いというものだが、ラフィーの視界にはどうやら自分とこの装置しか見えていないらしいので、説得したところで無駄に終わるだろう。
三人は中に入っていく。
へぇ…こんなになってるんだ。
中はひんやりとしていてまるで冷蔵庫。
流れる川を通して物を見るように、外の景色はボヤけている。恐らく結晶が光を乱反射することによってこう見えるのだろう。
「やっぱり中は広いですね。
閉所恐怖症なので怖そうだなと思ってたんですが、これなら平気です」
ジークは何気なくそんな事を言う。
するとヴァレジストは手に顎を乗せて考え始めた。
「ふむ…確かにそう言う見方もありますね。
あまりにもコンパクトにしすぎてしまっては、怖がる人も出てきて楽しめなくなるということ。
あちら立てればこちらが立たぬ。
お客様の意見、非常に参考になります」
「いえいえ」
自分としては適当に言ったのだが、彼には何か思うものがあったらしい。
「そしてそちら手前にあるのが空間製造装置になります」
ヴァレジストは指を刺す。
その先には結晶とは異なる特殊な金属で出来た台、というか盛り上がりがあった。
そこには謎の魔法陣みたいなものが描かれている。
これが別空間を作るための鍵なのかもしれない。
ヴァレジストは説明を続けた。
「ここにお客様が乗っていただいて、自分の行きたい場所を思い浮かべてもらうことによって、空想空間を創り上げることができます。
試しにどこでも良いですから考えて頂けると幸いです」
「分かりました」
…とは言ってもどこを考えようか。
ジークの頭の中ではある景色が浮かび上がっては一瞬で消え、ある景色が浮かび上がっては一瞬で消えていく。
これはまるで母親に夕飯何作ろうかと聞かれて、作って欲しいものが無くて考えがまとまらない子供のようだ。
自分の優柔不断さとヴァレジストの唐突な注文が相まって中々決められないのである。
うーん、こういう時はなんでも良いからパッと思い浮かべるべきだよな。曖昧な奴って一番嫌な気がするし……。そうだ、あそこにしようか。
自分の頭の中に妥協だがとある景色が浮かび上がる。
そしてその空間を作り上げようとジークは念じていく。
すると。
「どうやら成功したみたいですね」
三人は水晶の中から全く違う景色へと移動していた。
かなりお待たせしてしまったのと、バトルシーンが無くてごめんなさい。
モチベーションが底辺を突破してました。