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悩み事

 コンコンコン。


 サイエムは執務室で手紙を書いているとドアにノックがされた。


「失礼します」


 扉越しに声をかけられ、中に三人が入室してくる。


 まず初めに入ってきたのは騎士長のカイン。続いて副騎士長のアデル、最後に一般隊員のシーナが入室してきた。


「待っていたよ。二人も一緒なのだね」


「はい」


「よろしくお願いします」


 アデルとシーナの返事にサイエムはにこりと笑う。


「これから相談したい事項はこの二人にも関係しますので連れてきた次第です」


「なるほどそうかそうか。どうぞ座ってくれ」


 長方形のテーブルを中心として三人は重厚な椅子に座る。サイエムからして右がアデルで左がシーナ、そして自分の対面席がカインであった。


 サイエムはティーカップに紅茶を淹れて三人に渡す。三人はそれに対して感謝をした。


「まず今日の会議で私を助けていただき、ありがとうございました」


 カインは頭を下げる。


「いやいやあの程度のこと当然だよ。それに挑発していたのはあちらだしね」


「確かにそうかもしれませんが、私としても相手が相手で、冷静さを欠いていました」


 カインは腰を低くして何度も頭を下げる。それをサイエムは手で静止させた。


「あまり頭を下げないでくれ。立場的に本当に頭を下げるべきなのは私なのだから」


 サイエムは苦笑いをする。


 実際、元々カインの方が遥かに偉い立場にあった。


 なぜならカインは貴族の出の者。それも貴族の中で最も爵位が高い公爵家。


 貴族には五つの階級があり公・侯・伯・子・男の順番で影響力や権力を持ち、なおかつ高貴な血筋とされる。この国で公爵と言えば国王に次ぐ権力を誇っていて、カインの家は莫大な資産、領地を所有していた。


 そんな公爵家の御曹司であったカインに、サイエムが立場で勝てるわけがないのだ。しかしカインが公爵になる事は無いだろう。それにはとある理由がある。


「そういえばシャウデール公爵様はお元気にされているだろうか?」


 サイエムはそう尋ねた。


「父ですか?正直なところ父とはほとんど会っておりません。私には父もあの家も近寄りがたいところですから……」


 カインは気まずそうな顔をする。


 レンドン・ロアール・グラストイラ=シャウデールこそ、シャウデール公爵家の御当主であり、カインの実父である。カインにロアールという名が付いていないのは公爵家から一度義絶したからであり、そのためカインが公爵になる事は無い。


「そうかそれは残念なことだ……。私にも10歳になる子供がいるのだが、もし私が君の御父様だとしたらとても悲しい。どうにか御父様と仲直りする事はできないだろうか?」


「それは難しいですね。あの人は私が帰ってくる事を望んでいるみたいですが私はそれを望まない。小さい頃から思っていたんです。私には貴族の生活が合わないと。四六時中、誰かに見られて誰かに偉そうにする。そんな生活は嫌なんです。だから家には戻りません」


「そうか……」


 カインがあの人(・・・)と言っているのはそれほど距離が離れているという事なのだろう。それを察したサイエムの心中は悲しい色に染まった。


「貴族が嫌だというならばなんで騎士を目指そうと思ったんだ?」


「私はある日、村で生活する人達を見ました。彼らはとても楽しそうだった。貧しいながらも仲睦まじく暮らしていて、子供も笑顔で追いかけっこをして遊んでいた。私はそれを見た時宮殿で優雅に暮らしている場合じゃないって、強く実感したんです」


「ふむ、なるほど」


 横を見ればシーナやアデルもその話に耳を傾けている。


「それで15歳の時に家を出ました。騎士になりたかった理由は、私の屋敷を常に見張りをしてくれている騎士団の方に憧れたからです。しかし騎士を目指すといっても、父の権力を借りて天下りのようなやり方で待遇されたいわけじゃない。だから顔が知られていない地方で騎士見習いから始めました」


「それはすごいな。今まで何不自由の無い暮らしをしてきた中で、いきなりそれらを全て捨て辺境の地で必死に努力し、この国の騎士の頂点に辿り着く。私では決して推し量ることは叶わないが、相当な努力をしてきたのだろう」


「ふふっ…….。そう言ってもらえるとこちらとしても努力してきた甲斐があります。まぁ確かに、当時の私は数えきれないほど死にかけて、泥まみれになっていました。でも今となったらそれらの思い出も輝かしいものです。少なくとも宮殿で良い子を演じていた私よりは生き生きしていました」


 カインはにこやかに笑った。サイエムはそんな彼の姿を見て感心する。


 彼は本当に努力家なのだろうと。そしてこの国が最も必要としているのは彼のような人間なのだろうと。


 そんな事をサイエムが思っていると、カインが口を開いた。


「私の自己紹介もほどほどにして、本題に参りましょう」


「ははっ、そうだったな。これじゃあ君の生い立ちを聞いているだけだったな。でもとても胸にきた話だった、ありがとう」


「いえいえ」


カインは手を横に振って謙遜する。そして話を続けた。


「今日議長とお話しさせてもらいたかったのは、この国の問題を解決する為に手を貸して欲しいからです。現在この国はさまざまな問題を抱えています。本日の議題の怪奇殺人事件だったり、ガラン帝国の侵略、軍事的挑発行動であったり、貴族達の権力闘争など」


 カインは特に大きな問題の数々を並べていく。それをサイエムたちは黙々と聞いた。


「なるほど……。考えてみればこの国は多くの問題を抱えている。これでは国は未来は暗い」


「それに加えて魔法部隊のこともあります。あの連中は軍隊という枠を超えて今では(まつりごと)にすら関与しているありさまです。魔法長や副魔法長といい、本当にどうにかならないものなのでしょうか」


「そうだな……」


 それに黙って聞いていたアデルが同意した。彼ら三人は悩んだように腕を組み頭を俯かせる。


「…………」


 シーナはその姿を心配そうに眺めていた。


 三人が考えているのはとある一人の人物。それは王国魔法長、ヴァレジスト・カウル・エヘロンシュタイン=ウィザディオン。


 先程カインが言い争った男の名前だ。背が高く、長い金髪に常に薄目をしている碧眼。年齢や出生は不明で、あらゆる点が謎だらけの、正に道化というかピエロという言葉が似合っているただただ怪しい男。


 あの男は半年前に突然魔法長、第一魔法部隊の団長になった。では魔法長となる前は魔法部隊で軍役を全うしていたかというと、そういうわけでは全くない。


 本当に突然この国の軍部の双肩の一つである、魔法部門のトップの魔法長になったのだ。ちなみに指名したのは国王であった。


 当然そんな事をすれば軍の内部や行政、貴族の中から不満や反発が出てくるのは仕方がない。しかしそれについて反発した者を王は全て幽閉、始末して、遂には誰もその事について言及する事が出来なくなった。


 そして挙句の果てに、副魔法長の方も謎の人物であるシエルという者を採用した。


 それと前任の魔法長や副魔法長は行方知らずとなっている。噂では国王に勝手に辞めさせられただとか、今の魔法長に消されただとか、そんなものばかりで確証は得られない。


 カインは一時その事を陛下に訪ねようとも考えたが、それだと今度は自分の身が危なくなるので辞めておいた。だがカインとしては十中八九、消されたのだろうと考えている。


 そんなこんなであの男はとにかく怪しい存在ではあるが、あの男の力をカインは少しだけ見た事がある。


 それはそれは恐ろしいほどの強さを持っていた。カインが一対一で戦っても勝てるか分からないほどの強さで、力の全容はまだ誰にも見せていないだろう。


 なんにせよ侮れない危険な男。そんな危険因子がこの国の中にいるというのもかなりの悩みの種だ。



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