王国魔法長
多くの者が柄もなく取り乱している会議室。
そんな中でカインから最も離れた対面席の、王国魔法長、王国副魔法長は何事もないように平然としていた。ここに来てからというもの、だんまりを決め込んでいた彼らだが魔法長はようやく口を開いた。
「いやいや……。私がこの国に帰ってみたら随分と酷い有様ですね。カイン殿も大変だったでしょう?」
魔法長であるヴァレジストはこちらに向かって笑みを浮かべた。
果たしてそれはこちらを心配しているのか。はたまたこの現状は一体誰のせいなのかと、こちらに向かって挑発をしているのか。他の者にそんなことは分からないが、カインには容易に見分けがついた。
そしてカインも言葉を返す。
「しかしヴァレジスト殿。あなたやシエル殿はこの会議の参加者では無かったはずですが……どうしてここに?」
カインは鋭い目付きをする。そしてヴァレジストやその隣の席の副魔法長であるシエルを牽制した。
それに対してヴァレジストはやれやれといった手つきをする。そして臆することなく視線の攻撃を迎えていった。
「いやいや怖いなカイン殿は。その威厳はあなたの父上に教わったのかな?それとも元々の才能なのか……?」
まぁ……。
「私には到底理解できない領域にあるのは確かだが、私がここに来た理由はただ一つ。国王陛下に仰せつかっただけでございますよ。ねぇ……議長?」
「そ、そうだな……。ヴァレジスト魔法長は陛下の命令により、今この場に参加している。そして今後の会議やこの街にもしばらく滞在するつもりだ。魔法長がいればこの街に何があっても安泰だろう……」
サイエム議長の言い方はどこかぎこちなさがあった。
それでカインは理解する。恐らく自分と同様に、議長の彼も魔法長の会議の参加に対して否定的なのだろう。心に少しだけ安心感が戻ってくる。やはり一人でも多く味方が付いてくれるのは心強い。それが議長であればなおさらだ。
「これでご理解いただけましたか?騎士長殿」
「はいそれはもう、よく分かりました」
ヴァレジストはねっとりとした嫌らしい顔つきになった。恐らく「ざまぁみろ」ということだろう。そして話を続ける。
「ふふふ……それはこちらとしても宜しいことで」
二人は睨み合う。正確に言えば睨んでいるのはカインだけである。ヴァレジストの方はというと、それに対してニコニコと返すだけだ。
怒りと喜びという相反する二つの表情。しかし実際に恐ろしいのは後者である。前者は明らかな嫌悪感を見せているが、後者は何を考えているか分からない不気味さがあった。
そしてそれはなによりもカインが感じ取っている。
するとヴァレジストは話し出した。
「ところでカイン殿、後ろの女は誰でしょうか?先程貴方は私が参加者では無いとおっしゃりましたが、その女こそ、この会議に参加してはいけないのでは?」
ヴァレジストが指を刺したのは後ろで控えていたシーナ。
全く、本当にわざとらしい。
というのも、彼女とこの男は初対面ではない。もうすでに何回も顔を合わせているはずだ。それを今更のように誰なのかと聞く。本当に都合のいい男だ。
それに加えて指を刺すというのは無礼な行為。もしそれをやってもいいというのならば、隊長の自分や副隊長のアデル、貴族位の者や国王だけだ。魔法長という別の部署の者が、こちらの隊員を指差すのは不適切。
「ヴァレジスト殿、この者は王国第一騎士部隊のシーナ・フラストでございます。確かに彼女はこの会議の場に呼ばれていない門外漢ではございます。しかし彼女を連れてきたのは私の命令。責任は私にあります。
彼女をこの場に呼んだのは、あくまでこの国やこの街をより良く、健全に戻そうと思ってのこと。あまり糾弾はしないでいただきたい。それに指を刺すというのは、魔法長という地位にありながら礼に欠ける行為なのでは?」
自分の隊員が軽く見られたことでカインはついカッとなる。だから強めに反論を行った。
「これはこれは。カイン殿からしてみれば失礼なことをしてしまった。ですが……所詮私より身分が下だというのは変わらない。無礼な行為、他の部門の人間というは百も承知で、自分より下の者にやってダメなのでしょうか?私だったら当たり前に行いますよ。シエル、そうですよね?」
わざとらしく隣の席のシエルに同調を求めた。
「そうですね。そんなことは当然の行為だと愚考します。むしろその程度のことで怒る者こそ、器が小さいのではないかと存じ上げます」
「それは言い過ぎですよ」
ハッハッハ……。
二人はやる事もさることながら、笑い方も下品であった。
クソ……!こいつらめ……!
カインは必死に憤怒を隠そうと拳を握りつぶす。
もはや限界であった。こんな程度の低い奴らには怒鳴りつけてやりたい。今はそんな気持ちでいっぱいだ。
すると。
「この場はあくまでも会議の場であって、喧嘩をしたり罵り合う場ではない。こういう場でこそ真の器というものが垣間見える。魔法長殿、副魔法長殿らは厳正にお願いしたい」
鋭い声で議長は裁断していった。
「申し訳ございません議長」
流石に反省したのか魔法長と副魔法長は頭を下げる。
カインはすかさず隣のサイエムを見た。隣の彼は優しげな表情でこちらに目配せをしてくれる。
やはり議長はこちらの味方であった。
そんな議長に対してカインは耳打ちする。
「この会議の後、少々よろしいですか?」
「あぁいいぞ」
そんな彼だからこそ話したいことがある。
定例会議はその後も続き、しばらくして幕を閉じのであった。