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嘆き

「おいおい…なんだよエイレーン」


男は立ち上がる。

そして横槍を入れてきた女に対して不満げに睨んだ。


「そいつは私の獲物のはずだが?」


おぞましい顔の化け物に睨みつけられても女は毅然とした態度であった。

そこに恐れや怯んだ様子は全く無い。


「いいじゃねぇーか、人間の一匹や二匹くらいよ。

こちらとら腹が減って仕方がねぇーんだ」


「全然よくない。

お前にはあの小僧をやるからそいつをくれと言ったよな、もしかして約束を破るのか?」


女性は綺麗な顔つきをしていた。

肌は褐色で長い紫の髪に髪と同様の色をした瞳。

耳はエルフのように尖っていてグラマスな体型をしている。


そんな綺麗な彼女は勇敢にも男を睨み返す。

恐ろしい化け物と美しい女性の睨み合い。


普通ならばその勝負は化物の勝利で終わりそうなものだが、なんと先に引いたのはむしろ化物の方。

男は顔を人間のものに戻すと、バツが悪そうにして目線を下げる。


「チッ……なんだよ、分かったよ。

そんなガキ一匹お前にくれてやるよ」


「じゃあとっとと失せろ。

私は食事を見られるのが大嫌いなんだ」


「分かってるよそんな事は。

俺もお前みたいな五月蝿(うるせぇ)奴の近くで食事という至福の時間を邪魔されたくないからな」


男は話を続ける。


「あぁそれと…ボスが言ってたぜ。

エイレーンはどうも信用できないってな」


「………」


「俺の邪魔をするならお前を殺すぞ?」


これは脅しではなく本心。

邪魔をしてくるならたとえ仲間だろうと容赦なく始末する。


男からドス黒い殺気が放たれた。


ただ好戦的なのはエイレーンも一緒であった。


「ほう…私とやり合うつもりか?

お前もただでは済まんぞ」


「まぁ…今日はやめておこう。

お前に一対一で勝てるから分からんからな。

それにこれじゃあ俺の単なる逆ギレだ」


ただ……。


「これから夜道には気をつけろよ?じゃあな」


そう言うと男は立ち去っていく。


暗い路地で徐々に見えなくなっていく男の背中は、影に紛れて遂に消えてしまった。


エイレーンはその姿を睨みつけながらも男がこの場からいなくなった事を確認して、へたり込んでいる少年に目線を移した。


「あぁ……」


少年は恐怖と痛みで動けなくなっていた。

少年にしてみれば恐ろしい化物が一人立ち去ったところで目の前にはまだ化け物の仲間がいる。

今はまだ人間のような顔をしているが、これからあの男と同様に恐ろしい姿を表すのだろう。


そう思うと怖くてたまらない。


女がこちらへゆっくりと近づいてくる。


「や、やめて!!」


両手で女を押し退けるように突っぱねた。


しかしそれでも女は強引に近づいてくる。


そしてその瞬間。


「……えっ?」


女は男の子を抱きしめた。

それは優しくなおかつ力強い抱擁。


「怖かっただろう?

ごめんな、こんな事をしてしまって…」


エイレーンは優しくそう囁く。


「離せ!!離して!!」


少年は罠だと思って必死に暴れるものの、女は抱擁を解かない。それどころか女からは母性を感じる。

まるで少年に対して警戒を解かせるような、温かみをくれるような優しい優しい抱擁。


本当に目の前の女は敵ではないのではないか?

次第に少年は大人しくなっていく。


「大丈夫だ。

私は君の敵ではないから…」


「………」


長い長い抱擁によって少年は遂にそれを信じた。

そしてボロボロと涙を流す。


「"うえぇぇええんん"」


「怖かっただろうに、痛かっただろうに…。

ごめんね。こんな酷い事をしちゃって……」


男の子は必死にこちらに抱きついてくる。

そんな彼の頭を優しく撫でながら背中を揺すってエイレーンは宥めていく。


そしてどれほど経っただろうか。

少年はようやく泣き終えるとエイレーンは抱擁を解いた。


「膝の傷を見せてくれ」


「うん……」


少年はズボンを捲って膝を見せる。

彼の膝は内出血をして赤黒く腫れあがっていた。


「これほどとは…あの男許せん!!」


エイレーンは怒りに我を忘れて鬼の形相をする。

手の肉に爪が刺さるほど拳を硬く握りしめていた。


「……!!」


だが彼女はハッとしたように我に帰る。

なぜなら目の前の男の子が怖がっていたからだ。


「ごめんね、こんな姿見せちゃって。

今痛みから解放してあげるから」


治療(ヒール)


エイレーンの手から緑色の光が少年の膝に降り注ぐ。すると赤黒い腫れは目に見えて治まっていき、やがて傷が完治する。


少年は驚いたような表情をした。


「どうだ?これで痛いところは無くなったか?

もしまだどこか痛いところがあるならばこれを使うと良い」


そう言って懐から回復のポーションを取り出す。

少年は素直にそれを受け取った。


「おねえちゃんありがとう!!」


「どういたしまして。

もうこんな時間で一人で歩き回っちゃダメだからね」


「……うん」


「じゃあもうここから離れたほうがいい。

あっちに行くと大通りに出られるから静かに行くんだ。それと誰かに声を掛けられても知らないふりをしてとにかく走って大通りに向かってね」


「わ、分かった!!」


「じゃあね!!」


「うん!!」


少年は名残惜しそうな表情したが直ぐにエイレーンの指示に従ってこの通りから離れ行った。


「はぁ……」


薄暗い路地で一人きりになったエイレーンは深いため息を吐く。


……自分はこれからどうすればいいのか。


もうすぐこの国で大勢の人が亡くなるだろう。

現に今も仲間が罪なき人を殺した。


自分一人でも何か手を打つべきだ。


だが、それは出来ない。

手の施しようがないのだ。

だから今こんな事になってしまっているのだ。


無力な自分一人ではこの現実を変えられない。

そんな自分が本当に情けなくて情けなくて、どうしようもない。


くっ……!!

私にもっと力があれば…!!

私に仲間がいれば……!!


なぜだ…なぜなんだ。

どうしてこうなったんだ……。


「ううっ…!」


エイレーンは一人涙を流す。


彼女の嗚咽した声はこの通り一体に響いていた。



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