化け物
「はやく逃げなきゃ…!
だ、だれか助けて!!」
小さな男の子は何かに追われるように路地裏を逃げ惑っていた。
時間は夕方。
赤い夕焼けは路地裏の建物によって薄暗い影を作っていく。それはまるで果てしない闇のよう。
「おいおい…追いかけっこか小僧?」
十字路から一人の男が姿を現す。
それは背の高い黒髪の男だった。
歳は30代くらいだろうか。
不気味で気持ちの悪い顔をしている。
ただそれ以上におぞましいことがあった。
全身が血まみれだったのだ。
ありとあらゆる場所にべったりとした鮮血。
それは男の顔や髪にも付着している。
どう見ても普通ではない。
その血は果たして男の血なのか、はたまた誰かの返り血なのか。
その答えは男の手にあった。
男は右手に人間の頭を持っていた。
逃げる少年と同じくらいの歳の頭は、絶望に染まっていて、穴という穴から血液と体液を垂れ流している。
そう。
男は頭の子同様、逃げている少年を殺そうとしているのだ。
「だれかぁぁ!!たすけてぇ!!」
少年は泣き喚きながら全力で走る。
少しでも後ろの男との距離を離そうと、誰かに助けを求めようと、懸命に努力する。
………………。
しかし誰も助けに来ない。
薄暗い路地は恐ろしいほどに鎮まり返っていた。
逃げる先にある残り火のような光も夜の帳が下りて消えていく。
まるでここは絶望に満ち溢れているよう。
男は嗤った。
「無駄だぞ?
お前みたいなクソガキがいくら助けを呼んだって誰も助けにきちゃあくれねぇ…」
「だれかたすけて!!」
「――だから無駄だって言ってんだろ?」
!?
男は瞬間移動したように目の前に現れた。
「お前みたいなクソガキはここで死ぬんだよ。
あぁ腑喰い散らかしてぇなぁ…」
男の顔は化け物に様変わりしていく。
これは比喩ではない。
本当に男の顔がこの世の者とは思えない程、変貌を遂げているのだ。
蛇のように虹彩が割れ、顔にびっしりと気持ち悪い鱗が生えてくる。そして口から長い舌を出した。
顔も合わせたくないほどおぞましい顔になった男が、こちらの視界に映り込んでいく。
それはまるで品定めをしているようであった。
「よく見ると可愛い顔してんじゃん。
喰う前にまずは、その顔を恐怖と苦痛でグチャグチャにしなきゃな!」
「うわぁあ!?」
少年は蹴り飛ばされた。
恐るべき脚力によって少年はボールのように吹っ飛んでいき、建物と衝突した。
「……いたい、いたい……」
少年の顔は涙と鼻水でいっぱいであった。
「おぉそうかそうか。
じゃあもっと痛くしなくちゃだな…!!」
へたり込んだ少年に男は容赦なく追い討ちをする。
左膝に思い切りスタンプしたのだ。
「"ぁぁぁあああぁ"!!!」
ボキ…と嫌な音が鳴る。
それは骨が折れた…いや、粉砕された音。
男の恐るべき怪力ではそんな事も朝飯前。
むしろ本気を出せば、この子の足を切断する事だって容易だった。
だがそれをしないのは遊んでいるという事。
獲物を簡単には殺さず、痛ぶって恐怖という名の最高のスパイスを引き出す。
それがどんなに楽しいことか言うまでもない。
「じゃあ…いっただきまーす!!」
男は大口を開けた。
それなとんでもないほどに大きく開いていき、少年の頭を丸呑みしようとする。
こんな事は普通の人間には到底できない。
顎の関節を外してどう頑張っても不可能である。
しかしそれも仕方なかった。
これは普通の人間ではできない芸当なのだから。
そう、普通の人間では…。
すると……。
「待て!!」
遠くから女性の一喝した声が聞こえた。
そちらを見れば、長い紫髪の褐色肌の女性が近づいてくる。
だがこれは事は驚くべきことでは無い。
むしろ予定通り。
なぜかと言うと、その女性は自分の仲間なのだから。




