序章とでも言っておこう
ランチを食べ終えた三人は店内で一息つく。
今の時間帯は1時ごろだろうか。
ガラス張りになった窓からは柔らかな光が降り注いでくる。
そしてなんだか眠くなってきた。
俺は「ファ〜」というような大きなあくびをする。
気分紛れに外でもみるか。
この場所からは大きな公園と湖が見える。
それらは有名な場所らしく、毎日多くの人が訪れる。
名前はレル公園とシワード湖。
新緑の木々とキラキラと輝く湖が目に映る。
なかなかに味わい深いものだ。
特に今自分達のいる席は二階のガラス張りなので、眺望も抜群だ。
西洋のガチガチのレンガ造りのこの都市にとっては、緑の憩いの場は貴重なものだろう。
なにせ普段の生活での喧騒を忘れられてリフレッシュできるのだから。
緑や自然を見ると、人はストレスを軽減できると聞いた事がある。また人工物ばかりを目にしていると、うつ病のリスクが増えるとも聞いた事がある。
だからそういう問題を解決するために、この公園が作られたのかもしれない。
まぁそんなこんなで美しい光景が見えるのだが、都市にいる以上仕方ない事がある。
それは他にも市街地が見えてしまう事だ。
せっかく美しい景色を見れて、心が浄化されているというのに、少しでも人工物が目に入ってしまうと現実に引き戻される感じがしてならない。
そこだけが少し残念なところではある。
それとどうでもいいかもしれないが視界に映る市街地はどこもかしこも工事をしていた。
暴動によって受けた損壊を修復しているのだろう。
やはり1ヶ月程度じゃ治り切らないのかもしれない。
自分もあの後巨大広場に訪れたのだが、やはりとんでもない事になっていた。至る所に積まれた瓦礫の山、大きな噴水は粉砕、レンガの地面はクレーターが出来上がっていた。
それはそれは無惨な光景だった。
工事の人はてんやわんやしながら必死に瓦礫の撤去をしてくれていた。
あそこは街のシンボルだったはず。
そんな場所が跡形もなく崩壊していたら、住民は発狂ものだろう。
本当に申し訳のない事をした。
せめてものお詫びに、その辺を歩いている工事の人に"ごめんなさい"と言ったのだが困惑した顔をしていた。
住民の人、街を壊してごめんなさい。
土方の人、唐突にごめんなさいと言ってごめんなさい。
そう謝りたいものである。
ハァ…とため息を一つつくと、なんだかんだ店内に視界を戻す。
隣のラフィーを見る。
彼女はいくつものケーキをひたすら食べていた。
これがまさに花より団子という事なのだろうか。
リエルの方は自分と同様に外の様子を伺っていた。
そんなに外を見つめて何があるというのか。
もしかしたら、自分と同じように考え事をしているのかもしれない。
リエルの銀髪は光によって金色に見える。
彼女が金色に染色したら似合う事は間違いない。
それこそ女騎士は金髪が定番みたいなところはあるので、リエルにも一度金色を体験してもらいたい。
そんなくだらない事を考えていると俺の視線に気づいたのか、彼女はこちらを見てニコッとしてきた。
「リエルは金髪に興味はある?」
「金髪か…それほど興味はないな。
私の名字はシルバーなのでこの髪色で満足だ」
そう言って彼女はツヤツヤとした綺麗な銀髪、今の俺の目には金髪に見える髪を撫でる。
確かにそう言われると銀髪のままでいいかもしれない。名前にシルバーと付くのに髪がゴールドやブロンドでは少々おかしい気もする。
「……なんだ?
もしかして私は金髪の方が似合うか?」
「んーどうだろうね。
リエルはどっちの髪色でも似合うと思うけど、ただ気になっただけだよ」
「そうかそうか…!
ジークがそう言うんだったら、いつか金髪にしても良いのかもしれないな!」
彼女は嬉しそうにそう言った。
そして髪の毛を手でクルクルと巻いては離すのを繰り返していく。
どちらかと言うとその行為に自分は目がいった。
かつて自分もそれはよくやった。髪をクルクルさせるとなんだか楽しくなって自然とやってしまうものだ。
そんなどうでもいい事を考えていると、彼女はこちらに疑問の目を向ける。
「そういえばこれからどうするんだ?
この街にもうしばらく滞在するのか?」
彼女はそんな事を尋ねてくる。
これからどうするとは、三人でどこに行くのかということではなくて、組織としてどう活動するかという事だろう。
「そうだね、もう少しはこの街に居たいと思うよ。
まだやりたいことはあるし」
「そうか。
ちなみにやりたいことってのはなんだ?」
「冒険者組合に行ってみたり、魔術研究館とかに行ってみたいね」
「二つとも面白いところだぞ。
行った時は楽しんで来るといい」
彼女は再びニコニコする。
どちらかと言うと、リエルはこの街に詳しいので案内されたい気もするが。
それよりも……。
「あくまでそれは建前だけどね」
「建前?」
彼女はオウム返しに聞いてくる。
それは仕方がないことだ。
だってやりたい事を聞いたのに、それが建前と言われてしまえば何が本音なのか気になるのだから。
自分は珍しく真剣な顔をする。
「少し前からこの街、この国全体で猟奇殺人事件が起こってるのは知ってる?」
「ん?あぁ〜知ってるぞ。
至る所で食われたような遺体が見つかってる事だろう?」
「そうだよ。
それもあの組織が崩壊してからまもなくだ。
これはどうしても事件の予感がしてしょうがない」
「もしかしたらデス・フォールの残党が暴れているのか?」
「それはないね。
ウィルレオの日記には国全体へ進出する野望が記されていた。でもそれは裏を返せば、まだ出来てないという事だ。それに、あの連中がこの街だけで活動していたのは裏取り済みだ」
「なるほど…つまり相手は未知という事か。
なんだか気持ち悪いな」
彼女は身震いをする。
「今ここにエイラとリザがいないのはその調査に出ていてね、もうしばらく時間が掛かるみたいだけど。
ごめんね、言わずにいて」
ジークは頭を下げてくる。
「いやいや気にしなくていい。
それよりもあの二人が危険な目に遭ってなければいいがな…」
彼女は悲しいような心配な顔つきになった。
だが自分としては全く心配はしていない。
それは、あの二人がどうでもいいとかそう言う訳ではなくて、二人の強さは自分が一番知っているからである。
彼女たちならば、そうそうにやられはしないだろう。
やばくなったら連絡しろとも言ってある。
「あの二人は大丈夫だ。
この国の騎士長よりはるかに強いから」
「流石の二人だな…」
「エイラやリザレベルになると、あの騎士長はかわいいものだよ。まぁ実際は、騎士長全然可愛い見た目してないんだけどね」
ジークはよく分からない冗談を言うと、ラフィーを見て立ち上がった。ちょうどラフィーもケーキを平らげていた。
「俺たちもそろそろ行こうか。
次は最後の店になるんだけど、二人にぴったりの店を見つけてね」
なぜか彼は少しだけニヤリとした。