組織の崩壊(2)
広場からフェンリルが去ってまだわずか。
カインが物思いに耽っていると、後ろから一人の女性が近づいて来た。
茶色のショートヘアーに青い瞳。
歳はまだ20歳であり、顔にはあどけなさが残っている。
そしてこの部隊でも珍しいローブを着た少女。
彼女の名はシーナ・フラスト。
この第一王国騎士団で魔法や補助呪文、軽回復魔法を得意とする生粋の魔法使いである。
彼女のような魔法使いを騎士団に採用しているのは理由がある。
それは部隊の攻撃手段を多様化して戦いを有利にするためであった。
騎士だけの一辺倒編成では、どうしても戦略や戦い方に偏りが出て来がちだ。
そこに魔法使いやその他の職業を入れる事で、中距離、遠距離戦に対応できるようにしたのである。
そのために見栄えとしては少々悪くなってしまうが、これは致し仕方がないだろう。
それ以上に戦力強化が見込めるので背に腹はかえられないものだ。
シーナはこちらの隣に並ぶと、可愛らしい顔でこちらをのぞいてくる。
「彼らは何者なのでしょうか?」
「うーん、分からない。
有力な冒険者や旅人、もしくはどこかの国の特殊部隊なのかもしれないな」
「それはちょっと漠然としすぎてますね」
シーナは少し苦笑いをした。
「言ってはみたもののその通りだな」
今適当にパッと挙げたのは正直自分でも合っているとは思えない。
まずこの国の有力冒険者チームを覚えている自分にとって、あんな人物は見たことも聞いたこともない。
他国から来た冒険者という可能性もあるが、辺りの隣国の有名な冒険者にもフェンリルと付くチームはいないはずである。
では次に旅人という可能性。
三つ挙げた中では最も可能性が高いかもしれないが、これも信じられない。
あれほどの力を持っていて旅をしているのがまず不思議だし、あれほどの存在ならば旅をしていれば必ず名が知れ渡るはず。
それなのに聞いたことが無いというのは少しおかしい。まぁ自分が知っていなかっただけ、という可能性もあるが。
最後に他国の特殊部隊という線。
元五公爵かつデス・フォールのリーダーを倒すという凄まじい力を持っている事から、他国の精鋭である可能性もあるがこれも俄に信じがたい。
まず他国の特殊部隊がこの国の犯罪組織のリーダー倒す意味が無いし、何より五公爵という強大な力を持った者を倒す事ができるのならば、国に従わず独自で勢力拡大に努めているはずだ。
現時点ではどれもこれも信憑性が低く、あの人物を何かに断定する事など到底できない。
ただこの国にあんな人物が潜んでいる以上、軍部や政府、王へと情報共有する事が必須であろう。
「まずあの方は味方なのでしょうか?」
「それも分からないな。
あの感じでいうとあちらの利益があれば協力してくれそうだ。ただ逆に、不利益になる事があれば敵対される可能性がある。現時点で我らの周りに敵が多すぎる。隣国の事もあるしこの街の事もある。
あの人物を敵に回すのは危険すぎるから、どうにかして友好的な関係になりたいものだ」
「そうですね少し危険すぎますよね……」
二人は自然と暗い表情になっていく。
あの人物が敵に回る。
あまり考えたくない空想だ。
この国で犯罪組織が暴れ回っても仕方がない。
隣国のガラン帝国と戦争になっても仕方がない。
ただあの人物と敵対する事だけは、何があってもいけない気がするのだ。
そんな事を考えてカインはハッとしたように現実に戻った。
今は任務中でありこんな事を考えている場合では無いだろう。
「任務中だというのに考え事に耽ってしまった。
シーナ、あの男を連行し他の部隊と連絡を取り合うぞ」
「はっ!!」
カインとシーナはすぐさま動き出すと乗馬して他の隊員の下へ向かった。
△△△△
「凄い…この街でこんな景色が見られるとは!!」
リエルとジークは目の前の広大な景色を望む。
ここはジークが先日訪れた時計塔の屋根だ。
「そうでしょ?
ここは俺が秘密にしていた絶景スポットだ」
正確に言えば秘密にしていたというより誰も来れない場所だ。わざわざ出し惜しみする気もなかったし、ここに来れば街の様子を見る事が出来るので訪れたというわけである。
「秘密だというのに私には教えてくれるのか…!?」
うん?
彼女はなぜだか興奮してきた。
「この場所は私以外に教えないんだろう?」
「……うんもちろん!」
彼女が喜んでいるならそう言うことにしておこう。
この場所は彼女以外に連れてこなければ良い話なのだ。
そういえば宿の時も秘密というワードで彼女は興奮していた気がする。まさかこんなフェチは無いと思うが、もしかして彼女は秘密フェチなのだろうか。
だとしたら相当物好きな趣味を持っているようだ。
…………。
「思えば君と出会ってからあっという間だな…」
リエルはしみじみと晴れ渡った空を見る。
それはどちらかと言うと空を見ているというより、彼女にしか見えない何かを見ているようであった。
「私はあの組織と半年以上戦い続けていた。
それなのに君はたったの三日であの組織を崩壊させた。本当に君は凄いよ…」
「いやーそうでもな……」
咳払いを一つする。
「リエル達のおかげだ」
少しふざけて言おうとしたがやめておいた。
彼女が真剣な眼差しでこちらを見つめている。
何かあったのか?
それに…少し息も震えているけど。
彼女は先ほどの興奮した様子とは打って変わって、緊張していた。
もしかしたら何か大事な事を言いたいのかもしれない。
だったらこちらも真剣でなければ失礼。
ジークは真剣な顔をする。
「ちょっと目を閉じてくれないか……?」
その声はとてつもなく震えていた。
「えっ?いいけど…」
素直にその言葉に従って目を閉じる。
「………ん」
――――えっ…?
リエルはこちらの唇に唇を合わせる。
つまりキスをしてきた。
ぎこちない口づけ。
キスというより唇を押しつける感じに近い。
そしてその時間は永遠のように長く感じられた。
………………。
やがて彼女は元いた場所へ戻る。
「こ、これは私の初めてのキスだ。
どうしても気持ちが抑えられなかった」
ジーク……。
「君の事が好きなんだ……」
彼女はポロポロと涙をこぼす。
それは彼女にとって覚悟の行動であった。
嫌われてもいいから気持ちを伝えるという、並大抵の気持ちがなければ出来ない決断。
それはつまり、覚悟よりも自分に対して抱いてくれている好意が勝ったのだ。
だからその気持ちに応えなければおかしい。
ジークは咄嗟に身体と心を動かした。
「大丈夫だよ」
彼女の下へ歩み寄ると、そのまま抱きしめる。
「俺もリエルの事が大好きだ、ありがとうね…。
勇気を振り絞って伝えてくれて」
自分の思っていた予想を超えて、彼は優しく包んでくれる。そして彼の言葉で、溢れんばかりの気持ちを止めることは出来なくなった。
「うっ……!
じーく!!じーくっ!!」
リエルは子供のように泣きながら、愛情を求めるように一生懸命こちらに抱きついてくる。
それほどまでに必死だったのだろう。
もしかしたら嫌われると思って恐れながらも、勇気を振り絞って告白してきたのだろう。
自分のできる事は彼女の気持ちを優しく包むだけ。
ここでもし何も出来ないようだったら、何事にも寛大で受け止められる支配者にはなれない。
そして何より、自分も彼女のことが、リエルのことが、好きなのだから。
ジークとリエルは長い長い抱擁をする。
そしていつの間にか離れると、二人は再び深い口づけを交わす。
二人に太陽の光が降り注ぐ。
雲一つない満天の景色は、それはまるで二人を祝福しているようであった。