騎士長
「なんだあの連中は?」
初めに気付いたのはジークであった。
遠くから馬に跨った騎馬兵みたいな集団がこちらへ近づいきている。
数はおおよそ300。
ほとんどの者が全身鎧のようなものを着用しており、それ以外の者はローブを身につけている。
随分と高価な装備だ。
それとかなりの手慣れなのか分からないが、遠くからでも洗練された雰囲気が伝わってきている。
あれは敵か味方か。
この街の衛兵とは違う鎧を着ているだけに自分には分からない。
隣を見るとリエルもその連中を注視していた。
「まさか…あれは王国騎士団か?」
彼女は少しだけ深刻そうな顔をする。
「え?何?王国騎士団って?」
「12の組織数からなる王直属の騎士団部隊だ。
王直属なだけあってどれも精鋭。
特に第四から第一の部隊は猛者中の猛者だ」
ほぉ。この国にはそんな連中がいるのか、初耳だ。
もし敵だとするならば気をつけなければいけないかもしれない。
「じゃああれは第何部隊なの?」
そんな事を聞くとリエルの顔が苦虫を噛み潰したような表情になる。
もしかして自分は何か地雷を踏んだのか。
一瞬そんな心配をしたジークにリエルは答える。
「あれは…第一部隊だ。
つまり王国騎士団の中で最もエリートの集団ということになる……」
明らかに彼女の表情は味方という反応ではなかった。
これはもしかしてまずいのではないだろうか。
なんだか不安になってきた
ただ、リエルは敵だとも言っていない。
あの連中がこちらに辿り着くまでに詳しく聞いたほうがいいだろう。
そう思ってリエルの方を向いた。
「ちなみにあの連中は敵になり得る?」
「どうだろうな…。分からない。
デス・フォールと裏で繋がっていれば敵だという可能性もあり得るし、王の命令や街の異変に気付いてこの街に来たというなら味方の可能性もある」
かなりお茶を濁した言い方だった。
リエルとしてもあまりにも確証が無いために曖昧な風にしか言えない。だがそれも仕方がない事である。
リエルもこの連中を見た事はほとんど無い。
せいぜい風の噂や人伝いで聞いたぐらい。
彼に教えてあげたいのは山々だが、正直なところ自分も知らないのである。
知ったかぶりな事を言ってそれが嘘で無くとも事実ではなかったら、怒らないとは思うが彼に失望されるかもしれない。
リエルにとって一番恐れているものはそれである。
だからそんな事になら無いために、こちらが唯一言えることはあの連中がエリート部隊という事だけなのだ。
そんな事をしている間にも連中はこちらに馬を走らせて来て、話ができるほどの距離感まで接近してきた。
「もし何かあったら俺が対処するから大丈夫だ」
小さな声でこちらに耳打ちしてくれる。
その言葉聞くだけでリエルの不安は霧散し、安心感が自分を包んでくれる。
やはり彼は頼もしい……。
ジークは相手と対話するために前へ躍り出た。
すると相手の一番先頭の騎馬兵も前へ出てくる。
恐らくこの部隊の隊長なのだろう。
その者は部隊の中でも特段優れた装備をしているように見えた。
他の隊員と同じようにプレートアーマーを着用していて顔は窺い知ることはできない。
だが顔を隠しているのはこちらも同じ。
自分が相手を怪しむのと同様に、相手も自分の事を怪しく思っているのではないだろうか。
そしてそれは大正解。
……なんだこの者は?
…‥なんだこいつは?
先陣の騎士とジークの心中。
二人の意見が心の中で一致していた。
それはまるで不審者同士が顔を合わせた時のような状態に近い。お互いにお互いを怪しく思っているのである。
そして鎧を着た片方の兵士が声を発する。
「我らはアンデルン王国直属部隊、第一王国騎士団である。我々は現在、この街の暴動を鎮めるために緊急出動したのだが、この広場で起きた出来事を教えてくれないだろうか?」
「まず初めに挨拶をしておこう。
我の名は蒼翠のフェンリルという。
この広場での惨状を引き起こしたのは…この私だ」
ジークは自信満々にそう告げる。
その言葉で相手の兵たちは動揺する。
そして警戒態勢を取っていくのが目で見て取れた。
「まぁまぁ、落ち着いてほしい。
我がこの広場を破壊しなければいけなかったのも、全て後ろの者の責任だ。
あれはこの街を牛耳っていた犯罪組織のリーダー」
だいぶ後ろでぶっ倒れているウィルレオを指差してそう言う。
「ところで一つ質問なのだが」
……なんだ?
先陣の男、第一王国騎士団の騎士長、カイン・グラストイラ=シャウデールは、目の前の男の声色が変わったのを察知した。
それは嬉しそうになったとかそういうものではない。
むしろその反対。
男の声はこちらに対して敵意、もしくは脅しのようなドスの効いた声へと変貌を遂げた。
「先ほどの発言から諸君らはこの街の市民の味方だと信じている。だが、この街の副戦士長、戦士長同様に我らを騙しているのかもしれない。
そこで貴殿に質問だ。貴殿たちはあの男の仲間なのだろうか?」
もし……。
目の前の男が不自然な溜めを作った。
カインは疑問を覚える。
もし仲間だとすれば何なのだ?
何をそんなに勿体ぶる事がある?
そんな事を思っていると自分の身に違和感が起こった。
何故だか分からないが背中が寒くなったのだ。
それはまるで背中に氷を押し付けられたような感覚。
決して心地良くない、不快でおぞましさを感じる。
カインにはこの感情がよく分からなかった。
しかしそれは明らかな恐怖。
この国の騎士長を務める、恐れを知らないカインには、その気持ちの正体が分からなかった。
「もし…諸君らが後ろの男の仲間だとすれば、私はこの広場を更に破壊しなければならない」
「……!?」
その言葉を聞いた全ての騎士は背中をぶるりと振るわせた。
目の前の男が言ってることはつまるところ、街を破壊してでも後ろの男同様にお前たちを排除する。
という事だった。
次回でデス・フォール編は終わりです。