鬼耐久
「何人来たところで貴様らでは勝てない。
全員で掛かってこい」
どこまでも冷静にフェンリルはそう言った。
ハッハッハ。
それを聞いた周囲は笑いの渦に飲まれる。
何を馬鹿な事を言っている。
一人で一体何が出来るというのか。
こちらは一人一人の実力でも数でも優っている。
そんな出鱈目が通用するわけが無い。
弱者の戯言もここまでくると清々しい。
自分の力を過信しすぎたのか分からないが、戯言の代価として命を支払うべきだ。
ナイロは嘲笑う。
「……何を言っている?
くだらん戯言には付き合ってられん。
この数相手にお前は何が出来るんだ?」
それはどこまでも馬鹿にした言い方だった。
しかし目の前の男はどこまでいっても冷静。
「私がもし貴様らに勝てないと思っていたら、貴様らの目の前には来なかったと思わないか?」
「…………」
思わず黙り込む。
確かにそれは正論だ。
こんな数がいると知っていたら無謀だと思って普通な者は来ない。
しかし目の前の男はそれを知って来た。
ということは、それは勝てる自信が有ったからということになる。
一つの嫌なイメージが思い浮かんできた。
だがそれを一蹴するように振り払う。
今イメージした事などあり得ない。
それは自分達が負ける想像。
「貴様の誤算は個の強さだ。
現に私1人でもお前を倒せる」
誇らしげにそう言う。
そしてウィルレオに顔を向けた。
「この男は俺に任せてくれ。
くだらん時間稼ぎをした罰を与えてやる」
「………」
何も言わずに無表情だった。
しかし瞳の方は好きにしろ、と語っていた。
だからこれは許可をもらったのだと思っておこう。
「ハッハッハ!!
貴様如きなど俺1人で十分だ」
「本当にか…?
貴様1人では話にならんぞ?
それにお前は個の誤算と言ったが、その言葉そっくりそのまま返させてもらおう」
「あぁ!?俺がお前に勝てないとでも!?」
思わず自分の口調が荒くなる。
「当たり前だ。
お前が俺に勝てる訳がない」
クッ……。
どこまでも生意気な奴だ。
その自信は果たしてどこから来ている。
こんな奴は魔法をもって、冗談も言えないようにボロボロにしてやるのが正解だ。
「ハァァァァ!!」
ナイロは両手を広げる。
そして強烈な風魔法を詠唱した。
自分の両手から10を超える風の球が作り出された。
それは1発1発が強烈な風の弾丸。
1発でも当たれば骨がバキバキに折れるのは容易に想像できるほどの威力を持っている。
「こ、これは……」
「どうだ!?恐ろしいか!?」
目の前の男は動揺している。
やはり大した事は無いのだろう。
大口の割にこの程度の魔法で動揺している。
我らを動揺させた事を地獄の底で後悔するがいい。
「まずは骨を折ってやる、行け!!」
1発の風球が男に当たる。
男は吹っ飛ばないものの後ろへ後退した。
「どうだ!?痛いか!?」
「クッ……!!」
「ハッハッハ!!
無様なもんだ…そのまま死ね!」
顔は見えないが、男はやっとやっと立っているように見える。そこに畳み掛けるように全弾を男へとぶつけていく。
「ウォォォ!!」
無残な声を上げ、男はなすすべもなく数十メートル先の建物へ吹っ飛ばされた。
自分はこの街最高の魔法使い。
その風の球を10発も食らえば男の身体は今どうなっているのか想像に難くない。
しかし…。
あまりにも呆気ない。
口ほどにも無いというのはこの事を表すのだろうか。
「弱い、弱すぎる……ハッハッハ!!」
ナイロは両手を抱えて笑う。
本当に呆気なさすぎる。
先程勝てるからこちらへ来たと言っていたが、実力を見誤って勝てると錯覚してしまったのだろうか。
こんな馬鹿者は見たことが無かった。
「ハッハッハ!!」
自分の笑いは兵士たちにも伝染していった。
「あれほど馬鹿な者がこの世にいるとは!!
風魔法で楽に死んだことに感謝するんだな!!」
捨て台詞のようなものを発してウィルレオ達の方へ戻っていく。
すると。
「フッフッフッフ……。
この街最高の魔法使いも大した事が無いんだな」
砂煙の中からフェンリルが出てくる。
その姿は何も変化が無かった。
傷を受けた様子もダメージを負った様子も、汚れた様子もない。魔法を喰らう前の姿がそこにはある。
つまり、無傷という事だ。
「どういうことだ!?そんな事はあり得ない!!」
ナイロは狼狽える。
しかしそれは後ろの大勢の兵士たちも同じだった。
男は余裕というような態度を取るとわざとらしく服を払う。そして口を開いた。
「あの程度の魔法で終わりでは無いんだろう?
さぁ……もっとお前の力を見せてみろ」
口元がニヤリと笑う。
その光景が自分としては理解出来ない。
一体どういう事だ…?
俺の魔法を食らってタダで済むはずがない。
何をしたコイツは?
男を盗み見る。
しかし種も仕掛けも見つからない。
男は身体能力だけで受け切ったように見えた。
そしてこれが一番あり得ない事だ。
自分の魔法を肉体だけで耐えられるという事は絶対に不可能だ。
絶対に、絶対に何かしたハズ。
いや…絶対に何かしたハズというのは事実ではない。
正確に言えば、男が何かした事をナイロは願っていた。
「お、お前が何をもって防いだのか分からないが、もう手加減はせん。生半可に実力がある事がお前の不運だ!!」
ナイロは再び魔法を唱える。
今度は容赦はしない。
あんな小さな風魔法を防いで良い気になられては困る。そして何より自分の立場に関わる。
これ以上仲間に無様な姿は見せられない。
「……?」
フェンリルの足元の地面が割れる。
そしてそこから太い幾つもの木が出てきた。
「なんだこれは?」
その木々は瞬く間成長しながら蔓のように巻きつき、男を包み込んでいった。
これは自分の得意とする木属性魔法。
敵の足元に木々を作り、その木々で相手を包んで押し殺すという強烈な魔法だ。
男を包み込んだ木はやがて一つに交わる。
巨大な大樹が生まれた。
「どうだ!?
風魔法とは訳が違う!!」
ナイロは叫ぶ。
これはいくらなんでも耐えられない。
男の身体は今頃木の中でグチャグチャに押し潰されているはずだ。絶対に絶対に助からない。
そのはずなのだが…。
「ふん。木属性魔法というのは面白いな。
我もぜひ使えるようになってみたいものだ」
「ど、どういう……」
巨大な大樹を殴って大穴を開ける。
そしてフェンリルが出てきた。
その姿はやはり無傷。
「まさかその程度が貴様の奥義か?」
男はこちらを見下すように口元が緩む。
「あ、ありえない…」
こんなのは絶対におかしい。
おかしくなくてはならないのだ。
自分の脳内で様々なことが錯綜する。
それは男がなぜ無傷だったのか思考していた。
男は変な術を用いて防いだ。
男は元々木属性、風属性魔法が効かない。
本当は死にかけだが、空元気で誤魔化している。
様々な憶測が頭の中で駆け巡る。
しかしどれも信憑性が低かった。
いくら現実を認めたく無い自分でも、今の希望的観測が合っているとは到底思えない。
ただ一つの憶測を除いて…。
その憶測は一番考えたくない。
そしてその憶測とは、本当に魔法が効いていない。
ということだ。
もしこれが無傷な理由だとしたら、自分の精神はおかしくなってしまう。
それほどまでにナイロは追い詰められていた。
なんか戦闘も長くなります。
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