恐ろしいほどに硬い何か
「ブ、ブレイス様良いんですか!?
こんな奴に名前を教えて!」
取り巻きの男がブレイスに訴えかける。
「構わん。
騎士たる者、例えどんな状況であろうと名乗り返すのが騎士の礼儀だ」
ブレイスはただジークだけを凝視する。
…面白いね。
腐っても騎士ということかな?
そこには威風堂々とした騎士の気配が漂っていた。
とてもじゃないが堕落した騎士には見えない。
「…それに俺の名が漏れる心配はない。
俺と対峙した以上こいつは生きて帰れないのだから」
ブレイスは剣を引き抜くと刃先をジークに向ける。
「おぉー怖いね〜」
ジークは戯ける。
それは余裕だという仕草。
しかしそれに対して、ブレイスはあまり楽観できる状況では無かった。
ブレイスは目の前の男を観察していく。
…この男は一体何者だ…?
こんな奴が街に居れば分かるものだが。
しかし少し不気味だった。
昨日暗殺者を倒して名前が広がった者が、今は目の前にいる。なぜこの館の場所を掴めたのか。
それにこの気配と余裕さ。
男の背後からは黒いオーラが出ているように錯覚するほど。
こんな者が街に居ればすぐに名前が轟く。
一体この者はいつから街にいたのだろうか。
街に来たのは最近、それとも以前からこの街にいて時期を見計らって組織の暗殺者を襲ったのか。
前者なら生半可な力を持った無謀なバカだが、後者ならば油断できない。
我々の戦力と数、そしてこの組織が街ぐるみで関係しているのを知って襲ったとなると、非常に危険な相手になる。相手は少人数でも勝てる見込みがあるという事であるのだから。
「…そんな戯言はいらん」
ブレイスはジークのわざとらしい装いを一蹴する。
「いや、本当だよ?」
「ちなみにお前はいつからこの街にいた?」
「昨日からだけど…?」
「――なるほど」
勝ったな…。
自分の無知を呪いながら死ぬと良い。
ブレイスは心の中で喜ぶ。
今の質問は目の前の男が最近この都市に来たのか、それとも以前から街にいたのか、という事。
今の回答で先ほどの考えの前者と決定した。
つまり、無謀なバカということになる。
こちらの事を知らずに手を出したのだろう。
あの精鋭暗殺者達を返り討ちにしたのは素直に認めるが、それが運の尽きだ。
この組織の事をろくに知らずに手を出して、この街の外へ生きて出られるわけがない。
――今ここで剣のサビにしてやろう。
ブレイスはニヤつく。
「そんな質問はなんの確認か知らないけど、さっさと掛かってきなよ。俺もいそ…」
ジークの話は遮られた。
遮ったのはブレイスの近くにいる組織の男。
「おい貴様!
ブレイス様と戦う前にまず俺らの相手をしろ!
貴様のような怪しい者とブレイス様を…」
「ちょっと待って、俺が今喋ろうとして……」
ジークは少しは不満げに主張するが男はそれに構わず話を続ける。
「お前程度俺たちだけで十分だ。
何をしに来たのか分からないが、ここで起きている事を口外されないためにも、俺たちの館の事は俺たちでケジメをつける。わざわざブレイス様……」
男の威勢は止まらない。
よくもまぁタラタラと話せるものだ。
ジークは困ったように手をあおる。
全く煩いな〜。
あんたと話してる時間は無いんだけど。
しかし本当に困ったものだ。
これをわかりやすく例えるのならば、中ボスと主人公が殺伐とした雰囲気を出しているのに、そこに空気を読めず介入してくる名無しのモブぐらいに酷い。
アニメでそんな事をしたら雰囲気が台無しだし、ドラマだったらすぐにカットすべき事故である。
しかし誰もカットしてくれない。
だってこれはドラマではないのだから。
自分としては最初は寛大な心で話を聞き流しているものの段々腹が立って来た。
誰もカットしてくれないのならば、自分でカットしよう。
「だからこそ俺たちは…」
「――ゴキブリに、喋る時間を与えたつもりは無いんだけど」
ジークは人差し指で虚空を横一閃。
すると、御託を並べていた数メートル先の男の首が吹っ飛んだ。
…………。
「――え…?」
「――はっ?」
ジークを除く、全てが固まった。
……い、今のは一体なんなのだ。
あいつは今何をした…?
理解不能な攻撃に誰もが思考を停止する。
その中でも、実力高いブレイスが一番混乱していた。
な、なんなのだ…?
今の攻撃は…?
自分としては男の事を注視していた。
少しカッコつけるようなポーズはしていたが、それ以外に目の前の男は変な動きも挙動もしてなかった。
男は虚空に指で一閃。
それだけで仲間は死んだ。
もちろん、奴と仲間の距離は数メートル離れていた。
俊足で移動して首を切ったというわけでもない。
「な、何をした!?」
1人の男が声を荒げる。
「何にもしてないよ。
俺はただゴミを処理しただけ」
ゴ、ゴミだと?
男の怒りが急上昇する。
この街を支配する上位階級の俺たちがゴミな訳がない。無知で騙されているバカな民衆どもはゴミ同然だが、この街を支配する俺たちがゴミな訳がない。
だから男は許せなかった。
いや、もう1人の男もその発言を聞いて水に流さなかった。
「ゴ…ゴミ?
ふ、ふざけるな!!」
「お前は死ねぇ!」
「お、おい!よせ!」
2人は怒り狂ったように切り掛かって行く。
まずい…。
あの2人では勝てない。
ブレイスがそう思った頃には手遅れだった。
「……ふーん。
つまらないねぇ〜」
「な、なんで!?」
「嘘だろ!?」
目の前の男は2人の剣を軽々と押さえる。
まるで遊んでと、催促する幼児と戯れるように。
真剣を手で掴んでいるのに怪我はしていない。
それでいて必死な様子も無い。
不気味な男から垣間見える感情は、面倒という感情だけ。
そのまま刀身を握りつぶす。
あっけなく粉砕された剣はガラスのようにバラバラと砕け落ちた。
「安っぽい剣とそれよりくだらない人間だ。
女の子を好き放題いじめてるあんたらだったら、男同士ってのもいいんじゃない…?」
目の前の男は何を言っているのだ。
そう思った次の瞬間、身体で理解される。
ジークはそのまま2人の頭を鷲掴みにしていく。
そして両手で2人の頭を思い切りサンドした。
2人はキスをしたようにお互いの頭をぶつけて血を流しながら脳震盪を起こして死んでいった。
「ど…どういう事だ…」
理解はしているがしたくはない。
男の力は恐ろしいほどに怪力。
あんな事を成せる者などブレイスは見たことがない。
思わず剣を握りつぶすぐらいの勢いで、ブレイスは手に力を込める。
「――これでゴミ処理は完了だね。
後は……アンタだけだよ?」
ひっ…!
ジークの気配が変わる。
今度は錯覚などでは無い。
本当に闇のオーラを放っている。
ブレイスの心は何段階も重くなったようだった。
長年の騎士の直感が叫んでいる。
この男には勝てないと。
もう自分にできる事は限られている。
それは命乞いだ。
……いや、違う。
副戦士長まで上り詰めた自分が、騎士として孤高である自分が、命乞いなどして良いわけはない。
ならばこの男にする事はただ一つ。
ただそれは、命乞いをしていると見せかけた後にすればいいこと。
残された最後の手綱を引き絞るように瞬時に判断すると、それを成し遂げるため実行に移す。
「す、すまなかった…俺も反省している。
騎士がこんな事をやって良い訳がない。
貴殿の心が寛大なのならば是非とも許してはくれないだろうか…?」
ブレイスは剣を捨て、両手を上げながらゆっくりとジークの下に近づく。
あれ……?
こんな事はジークの脳内で想定していない。
てっきり、いざ尋常に勝負!!
こうなると思っていた。
「騎士のくせに随分と大人しいね。
何かあったの…?」
「本当はこんな事やりたくなかったんだ…。
でも街と戦士長に強要されて、仕方なくこの組織と協力していただけだ」
男は元気が無さげにそう告げる。
なんか怪しい。
でも……反省してるなら許さないことも無いな。
俺としては昨日この街に来たばかりだしね…。
ジークは頭の中で考える。
本当にこの男を許して良いのかと。
ただ、正直この男がなんの悪事をしたか分からない。
副戦士長ならば彼はこの街の犬だ。
この街が「犯罪組織に従え」と言えば、彼はそれに反対する事が出来ないだろうし、この街の戦士長(まず誰なのかも知らないが)に脅された可能性もある。
支配者は時に寛容。
この男のした悪事が分からない以上、許さないことも無い。見たところ、この男はこの館を利用していたとは見えない。
嫌々関係構築をしに来たのか、さっきのおっさんの護衛のために付いてきたのかもしれない。
ここは許してやることも必要なのでは無いだろうか。
ここで見逃せば自分の名も広がるものだ。
「…分かったよ。
アンタのことは一旦保留でいいよ。
それから……」
ブレイスは騎士にはあるまじき下衆な顔をする。
そう、これこそがブレイスの狙い。
「掛かったな!!」
「えっ……?」
ジークの腹にナイフが突き刺さる。
それはブレイスが服の中に隠し持っていたもの。
「な…なんで…?」
ジークは口から血を吐く。
「はっはっ!
甘いんだよフェンリルさんよ!
お前は燃え尽きろ!」
更に特大の炎魔法をジークに放つ。
動けないでいたジークは炎とぶつかる。
そして大炎上していった。
「ハッハッハ!
連中に叱られるかもしれないがこれは大金星!
俺はこれで…大量の金と女が手に入る!」
最高だ!
この街にいるフェンリルは危険だと、この組織も街の方も口を揃えて言っていたが、なんら大したことはない。
最後には俺が勝つんだ。
そういつだって最後の勝者は自分と決まっている。
「うひょー!
さしずめこの炎は俺の祝福を祝うキャンプファイヤーだな!」
もはや騎士の言動でも態度でも無い。
されどもブレイスの心は爽快だった。
騎士の礼儀など関係無いのだ。
勝てば良い、これが全て。
この男のおかげで自分の役職はさらに上がるかもしれない。
生き残った暗殺者が、「俺はあの男が怖いから組織を辞める」などと言っていたがなんら大したことはない。自分の組織も暗殺者も目が節穴だったのだ。
副戦士長である自分がこんなわけのわからない男に苦戦するはずがない。
ブレイスの喜びは有頂天に達していた。
「こ、これで…戦士長の言いなりになくて済むぞ!
誰か俺を褒めろ!!」
ブレイスの心は実に愉快であった。
炎がだんだんと鎮火していく。
そして絶望も味わう事になる。
「――死ぬ前のひとときは最高に愉快だったかい?」
……はっ?
な…なんで…?
煙が晴れる。
男はポケットに手を入れて直立していた。
そこに身体が焼けた様子もナイフが刺さって出血している様子も確認できない。
…ど…どういことだ…?
「騎士なのにつまらない戦法だったね。
正々堂々と戦う騎士の威厳と尊厳は果たしてどこにいったのやら…」
ジークはやれやれというように手を開く。
そして話を続ける。
「戦い方も盗賊みたいなやり口だったし。
救いようが無いよ…アンタは」
鷹の如き鋭さで睨みつけた。
「ちょちょちょ…ちょっと待ってくれ!」
ブレイスは手を揺らして降参の合図をする。
「――それも戦略かな?
生憎だけどアンタの三流の芸は見飽きたよ」
ゆっくりとジークは近づく。
ブレイスからしてみればその姿は巨人のように大きく見えた。
「こんなはずでは無かったんだ!
ど、どうか許してくれないか!?
なんでもするから!お前に金でも女でもやろう!
それとも組織や街に言ってお前を幹部クラスで歓迎しようか!?」
はぁ……。
腐敗しているとは思ってたけど、まさかここまでとは。もはや一周回って清々しいね。
「見ててアンタが可哀想になってくるよ…」
「そ、そうか!?
ならば助けてくれるのか!!??」
この街の騎士道とは正々堂々と裏切り行為や不正を働く教えなのか。
果たしてこの男にまともな考えを持っていた頃はあったのだろうか。
それすらも怪しくなってくる。
もはや見ていて可哀想だ。
「憐れすぎて見てらんないよ。
分かった…助けてやる」
「ほ、ほんとうか!?」
「ただ、あくまでも俺が手を下さないっていう意味だけど。……またね、もう2度と会うことは無いと思うけど」
もはや見たくないというようにジークは背中を向け、手を振って退散する。
「ま…待ってくれ!
それってどういう意味…」
直後、ブレイスはその意味を知る。
いつのまにか自分の周りに巨大な鎌を持ったアンデッドが数十体飛んでいる。
え……なに……これは……?
ブレイスにはこのアンデッドが何かわからない。
ただ一つ分かることがあるといえばそれはこのアンデッドたちが自分に殺意を向けている。
という事だ。
そして―アンデッド達による蹂躙が始まった。
ちょっとずつ変わりばんこにブレイスを刺していく。
そこには簡単には死なせない、という意志が見えた。
アンデッドはまるで、黒ひげ危機一髪を楽しんでいるよう。ブレイスをチクチクと刺しながらその反応を楽しんでいる。
「"た…たすけてぇ"
お、おねがいします!
"だぁずげてぐだざい !"」
悲鳴や絶叫が後ろで聞こえるが決して振り返らない。
もはやこれが救いだ。
あの男が真に助かる方法など、"死"しか無いのだから…。
――――
男はその後も刺され続ける。
辺り一面が地の海に変わるまでその行為は行われ続けた。
かなり良い感じまで進みました。
評価おねがい致します。




