死の行列
「う〜ん…ここは絶景だね」
夜風が吹いている中ジークは満月を見ていた。
今いる場所は住宅街にある時計塔の屋根。
地上から約150m程の高さの所にいる。
時計塔の屋根など本来なら絶対に来れない場所だが、ジークの身体能力を持ってすれば、来る事は容易に可能。
ではここへの移動方法を教えよう。
地面を一発蹴る。
するとそこはもう高さ150mの時計塔の屋根。
これだけだ。
150m程跳べる跳躍力があれば誰でも可能。
しかしそれを出来るのは自分以外にいるかは怪しいが。
ここに登ったのはただ楽しそうだから登った、という理由以外にもちゃんとした理由がある。
この塔は街の中でダントツに高い。
見晴らしが良く、これからの行動や状況確認がしやすい。そしてとある事をしたくてこの塔に登った。
ジークは上機嫌に笑みを浮かべる。
「今は深夜の満月。満月で吠えるオオカミやフェンリルにとってはピッタリの場所だ」
今の自分はブラック・ヴァルキリーのフェンリル。
衣装もいつものでは無い。
トップハットに黒のタキシード、左手には忘却の杖を持ち、黒く輝いた革靴を履いてる。
前に召喚したデュークゾンビの貴族風の衣装を参考にしてみた。
ただのフードを被った暗殺者では色味がない。
貴族のような優雅な身なりをする事によって、さらに名が広がる事も期待している。
というのは建前で、貴族の格好に少し憧れていた。
エイラとリザはもうすでに動き出している事だろう。
これから自分も動き始めるところだ。
ジークは足を組んで座っていたのをやめて、直立する。
足場は斜めであり、かなり危険である。
ここから落ちれば並の者では当然肉塊になるだろう。
しかし、並の者では無いジークからすればその理論は合っていない。
こんな場所から落ちたところで、自分にとって大した事はないのだ。
それどころか、この場所が自分を引き立てる。
やはり、影を支配する者には危険な場所が似合う。
トップハットをから少し窺い知れる口元は、笑みを浮かべていた。
そして支配者や強者に相応しいポーズを取る。
「この街で悪人ごっこをしている小物達よ。
それほど見たいというのならば、俺が真の悪というものを見せてやろう」
ジークは再び笑う。
カッコいい…このポーズは100点。
誰か俺を見てくれ。
誰も見てるはずは無いけど、誰か俺を見てくれ!
今の自分の心境はそんな気持ちでいっぱいだ。
もはやナルシストを超越している。
しかし残念ながら、ここには他に誰もいない。
誰も来れない場所であるからだ。
それでもここで笑う事に意味がある。
これこそが真の強者であるからだ。
凡才な者では見ることさえ許されない姿がここにある。
アニメで言ったら、序盤で必死に戦っている主人公を高みの見物をするポジション。
弱いわけがない。
そんな時、背後にブラッドレイスが現れた。
「…どうした?」
堂々とした雰囲気を放ち、何事にも動じないような声色で話しかける。
とはいえブラッドレイスは喋れない。
会話をする時には脳内に語りかけてくる。
「ほう…なるほど。
エイラとリザは予定通りに侵入、リエルは幹部との戦闘中で召喚液を使ったか…」
全ては自分の予測通り。
敵は我々の目的も意図にも気づかず、策にはまっている。まるで蜘蛛に絡みつかれた蝶のようだ。
「全ては俺の思惑通りだな。
それもそうだ、有象無象の行いは全て我が手中にある…」
満月の月をも貪るようにフェンリルは両手を広げる。
全ての手筈は整った。
――主役は最後にやって来る。
さぁ…俺も表舞台に出るとしよう。
ジークは時計塔から飛び降りる。
ものすごい速度で落下、そして地面と衝突する。
あたり一面に砂埃を撒き散らした。
そして数秒後。
コツコツコツ…。
砂煙の中からジークが優雅に歩いていく。
闇夜に紛れ歩くその姿はまるで死神。
彼の後ろから無数のアンデッドが湧き出て来る。
それら全てはリエルの召喚液から呼び出されたアンデッドと同じもの。
自分が命令を出せばこの街一つくらいは容易く滅せるだろう。それほど一体一体がかなりの力を持っている。
ただそれはあくまでジーク以外の者からすればの話。自分からすればこんなアンデッド取るに足りない存在である。
これは彼らへのプレゼント。
我らの存在を把握できていないというのに侮っている、デス・フォールの連中への土産ものだ。
自分からすれば非常につまらない粗品だが、彼らからすればこれは嬉しい名産品に間違いない。
人から物を盗み、人さえ盗む者どもだ。
こんなお土産を貰って喜ばないはずがない。
きっと連中は悲鳴を上げるように、泣き叫ぶようにこのお土産に感動するだろう。
それを考えただけでも楽しくて仕方がない。
ジークと彼に付き従うアンデッドの姿はまるで、死者の大名行列のよう。
目的に到着するまでその列は続いていった。