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ジークの置き土産

遅くなって申し訳ございません。


 月明かりが街並みを照らす中、リエルは堂々と街路を歩いていた。


繁華街や中心から外れた場所にあるここは、静寂に包まれている。


聞こえる音は自分の足音だけ。



――そんな中。


「キャァー!助けて!」


静寂を切り裂くように女性の悲鳴が遠くで聞こえた。


なんだ!?


リエルは驚く。


何か起こったのであろうか。

この都市は決して治安が良いものではない。

女性が襲われているのならばすぐに助けに行ったほうが良い。


リエルは声がした方向に急いで駆け寄って行くのであった。



――――



「おい静かにしやがれ」


後ろの女性に対して男はそう言う。

それに対して、後ろの女性は力無くうなだれていた。


この女性は家にいた所、突然怪しい二人組の男達に連行された。抵抗するもなすすべもなく捕まり、今に至る。


先程から助けを求める何度も叫んでいる。

しかし誰も来ない。


彼女がここに住んでいるように、この付近には住宅がちらほらとある。


それでも誰も来ないのだ。


彼女の手首に手錠がかけられている。

これで一人での逃走は至難の業だ。


女性を誘拐した二人の内一人の男が、彼女の手錠の鎖を強引に引っ張っている。

逃げようとすれば手首が千切れるように痛むから、とてもじゃないが逃げられない。


「へへっ大丈夫だぜ。どうせこの辺りにこいつを助けてくれる奴なんざいねーんだ」


女性を強引に引きずる男は嗤った。


男は知っている。

彼女に助けが来ない事を。


たとえこの街を警備している衛兵や市民が発見したとしても、彼女を助ける事はないだろう。


なぜならこの街の衛兵や市民がグルだからだ。


衛兵やこの街を管理している者たちには、我々デス・フォールの裏金が回されている。

この辺り一体の市民にも金をばら撒いておとなしくさせている。


つまり誰も助けに来ない。


まったく…バカな連中だ。


金銭欲に目が眩んで隣人までも差し出す住民たち。

いつか自分達の番とは知らずにせいぜい喜んでいるといい。



「そこまでだ!」


「あーーん…?」


男は後ろを振り返る。


なんだこいつ?


そこには、騎士が着るような服を身にまとった、銀髪の女がいた。


「誰だおめ〜?」


鎖を持った男がそう言う。


「…ふん。

貴様ら程度に語る名などない」


月明かりを反射するような銀髪をかき上げる。

次の瞬間、彼女は瞬足の速さで移動していた。


狙いは鎖の男。

そして自慢のレイピアで一閃。


鎖を持っていた男の腹部が貫かれた。



「……なんだ?」


腹部が貫通した男は気付いてすらいない。

そして訳もわからず倒れた。


「な、なんだお前!?」


もう一人の男が焦るように慌てて剣を取り出す。


目の前の女は月明かりを後光のようにして輝く。

こんな女は見たことがない。

一体何者だと言うのか。


「し、死ねぇ!」


少し怖気付きながらも、目の前の女に向かって男はがむしゃらに走り出す。


先程はよく分からない剣技で仲間が倒れた。

タネの正体が分からない以上、ここは受け身になるのは危険だ。


その判断は正解。

彼女に背を向ける事は一瞬で貫かれる事になるのだから。


ただ、その正解の答えも一つ問題があった。

彼女にとって彼は遅すぎたのだ。


「その程度で人攫いなどするのか」


「ぐはぁ!?」


またもや一瞬だった。

彼女は瞬く間に接近すると、今度はレイピアによる無数の刺突で男の体に風穴を開けた。


「弱いな」


彼女は捨て台詞のように転がった男に向かってそう言って、手錠が繋がれている女性の下へ急いで向かった。


「大丈夫か!?」


「大丈夫です。

助けてくださってありがとうございます」


よほど恐ろしかったのか、助けられた彼女は涙ながらにそう言ってくる。


「良かった。

ここは危ない、早く離れ…」


リエルは最後まで言い切ることができなかった。


なぜならものすごい気配が近づいてきたからだ。

やがて暗闇の中から一人の男が堂々と躍り出る。


「ふん…。

俺の部下がやられたか」


男は何気なくそう言った。

男の見た目は凶悪な人相で巨漢。


身長は2m程あるだろう、体重もざっとだが100kgは超えているようなガタイの良さ。

とは言え太っているのかと言えばそうではなく、男が着ている半袖から物凄い筋肉が隆起している。


これはまずいな…。


リエルは無意識に一筋の汗を流す。

これは強者の気配。

男は少なからずリエルと同等の威圧がある。


あの組織の幹部であるならば、前の暗殺者よりも強いという事になる。


「ここは危険だ!

早く逃げてくれ!」


リエルは女性に背を向けたまま叫んだ。


目の前の男から少しでも目を離したら、とんでもない事になるよう気がしたからだ。


「は、はい!」


女性はそれを感じ取ったのか、素早くこの場から立ち去る。そしてしばらくして彼女の足跡は完全に聞こえなくなった。


「ふん…。

貴様が噂のレイピア使いか?」


男は余裕綽々というように腕を組んでそう質問する。


「あぁそうだ」


「すばしっこいネズミが少し前から我々に歯向かっていると聞いていたが、お前はなかなかの使い手のようだな」


男は極悪人のような顔つきでニヤリとする。


「とはいえ…先日の話によると、もう一人青髪の奴がいると聞いていたが、何故ここにいない?」


「彼か。

彼は私に手を貸してくれただけだ。

私の仲間ではない」


「ほほぅ…そうか。

では貴様一人という訳か。

ならば楽勝だな。まぁその男がいた所で私の方は揺るがないのだが」


「彼はな、お前なんかより遥かに強いぞ」


「――それはなんの冗談だ。

この私、デス・フォールの幹部に匹敵する強さを持っているのか?」


「彼は、お前らの組織を滅ぼそうと考えていると、お前の仲間に言っていた。お前らの終末は近いな」


リエルは堂々と言う。

その姿に一切の迷いもない。


真偽はともかく実に不愉快な発言だ。

この女は何を根拠にそんな事を言っているのか。


確かに、その男の強さについては自分の配下が言っていた。


化け物であると。

人間の領域を超えていると。


その配下は組織を辞めたがっていた。

あれは暗殺者としては、組織の最高傑作に近い。

それが怯えて辞めるという事は、かなりの強者なのは間違いない。


しかしそれでは我らの組織を倒すどころか俺には勝てない。俺はあの配下の何倍もの強さを持っている。


そして何より我らがリーダーがいるのだ。

あいつがいる限り、この組織が負けるなど絶対にあり得ない。


「実に不快なジョークを言うものだな。

その前に貴様の死期が近いぞ?」


男から物凄いオーラが吹き出す。


「くっ…」


これはまずい。

リエルとしては決して良くない状況だ。


先日の連中より確実に強い奴が威圧を放っている。

これほどの相手に受け身になるのは危険。



判断は一瞬。

彼女はその瞬間動き出していた。


瞬く間に男に近づき、神経を尖らせてレイピアによる全身全霊の一撃を食らわせる。

心臓を狙ったレイピアの速さは神速の領域までに達する。


そして先端が男に突き刺さる。



しかし…。


「なに!?」


「…ふん!」


リエルは瞬時にバックステップで距離を取る。


私のレイピアが刺さらないだと…?


自分のスピードと威力を一点集中した一突き。

強固なフルプレートですら貫通できる一撃を、男はシャツ一枚で防いだのだ。


ど、どう言う事だ…?

奴は何かしたのか?


男とレイピアを見比べる。

男はただただ腕を組んで仁王立ちをしている。

レイピアにも何も変わった様子は無い。


「どうだ?

俺の肌は硬いだろ?貴様のその小さな針で俺を倒す事はできんぞ?」


その瞬間、男は突進する。

リエルの速度よりも僅かに速い。

その突撃を彼女は避けることができなかった。


「うっ!?」


大型車にぶつかったかのようにリエルは吹っ飛ぶ。


「脆いな脆すぎる」


こ、これほどの強さとは…。


あまりの衝撃に立つことすらままならない。


男はゆっくりとこちらへ向かってくる。


「その程度の力で、本当に我らを崩壊させようとでも思っていたのか?」


「うっ…!」


男はリエルの背中を踏みつける。


くっ…!


彼女全力を出して男の足から逃れようとするが、全く身体が動かない。


まるで重石を乗せられたような重さ。


それも当たり前だ。

一流の武道家である男に力比べで勝てるはずもない。



や、やはり、私では勝てないのか…。


リエルは自分に失望した。

あの暗殺者に狙われた時もそうだ。


ジークがいたから助かった。

自分一人ではあそこで終わりだった。


一匹狼でありながら自分はなんで非力なのだろう。

せめても…こいつらに一矢報いる力が欲しい。



その時。



「――なんだ?」


「小瓶が…」


リエルのポケットに入っていた紫の液体の小瓶が一人でに転がっていく。


あれはジークがくれたもの。


確か、おまじないだとかおまもりだとか書かれてあったはずだ。


そして中身が溢れ出す。

こぼれ出した紫の液体はスライムのようにまとまっていき、どんどんと大きくなっていく。


「どういうことだ!?」


咄嗟に男が離れる。


男は必死に思考する。


この女は何かしたというのか、それにしては小瓶は勝手に転がっていった。


男にはこれがなんなのか分からない。

それはリエルもであって、二人はただただそれを呆然と見るしか無い。


やがて液体は化け物へと姿が変わる。

ボロボロのローブを身に纏い、漆黒の大鎌を持っていた。

ローブから見える顔はアンデッドのようなおぞましい顔つき。


そう、これはリエルを守るために、ジークがあげたお守り。

彼女の身に死が近づけば発動する死者の守護兵なのだ。



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