手紙
リエルとこの都市の犯罪組織、デス・フォールについての因縁をジークは聞いた。
半年前まで四人で活動していた冒険者チームが、この組織によって襲撃されたのだという。
今は、唯一生き残ったリエルが一人で敵討ちをしているようだ。
ゲリラ的に攻撃をしているみたいだが、いかんせん敵の数が多すぎて効果的なダメージは与えられてないという。
犯罪組織とこの街は繋がっていると彼女は言っていた。そして現在、この街からも彼女は狙われているそうだ。
犯罪組織を束ねているのは三人の男らしい。
そして一人一人がものすごい力を持っているみたいだ。
特に、全体を統括している男はかなり危険な存在だという。彼女の話によると、俺とその者は同等程度の力を持っているのではないか、と言っていた。
暗殺者を軽くいなした俺を見ている彼女が言っているのだ。
その者がどれほど強いかは言うまでもないだろう(自分で言うのもなんだが)。
それでも彼女は諦めないようであった。
それこそ命を懸けても、と言っていた。
彼女の意気込みには感服する。
そもそも俺たちは似た者同士なのかもしれない。
彼女は、復讐のためこの犯罪組織を打倒したい。
俺たちブラック・ヴァルキリーは、自分達の名を上げるためこの犯罪組織を崩壊させたい。
目的は違えども利害関係が一致する。
彼女を遠回しに組織に勧誘してみたのだが、彼女曰く、「私の周りの人は不幸になる。
あの組織との戦いで死ぬのは私だけでいい」と言って、拒否された。
俺は死霊系使いなので、人の死期が大体わかる。
彼女のこともコッソリ見てみたのだが、彼女には死が付き纏っていた。
それに彼女も分かっているようだ。
自分の死がもうすぐそこまで迫っている事を。
俺はあえてそれついては触れなかった。
そして無理やり保護することもない。
それは何故かというとあくまでも俺は裏の組織の支配者、そして彼女は部外者であるからだ。
どれほど自分の中で彼女が大事だろうと、彼女が組織に入らないといえばそれで終わりだし、この組織の素性をバラすわけにはいかない。
俺は彼女の気持ちを尊重している。
そして自分の組織の利益も同じくらい重要だ。
自分自身が死ぬと彼女が分かっていても、あくまで他人である彼女には俺たちの手の施しようが無いのである。
その後俺たちは同じ部屋で眠りについた。
果たしてその夜何かあったのだろうか。
それについてはあくまでノーコメントを取らせてもらおう。
――――
翌日早朝。
「うぅん…」
リエルはベットから身体を起こす。
そして辺りを見回した。
「…おはようジーク」
しかしそこにジークの姿はいない。
ジークはもう起きたの…?
彼女はベッドから出て身体を伸ばす。
ふぁぁ〜。
ジーク何もしなかったな…。
わ、私は別に構わなかったのだが……//
リエルは突然顔を赤くさせる。
昨日、結局何も起こらなかった。
男女が同じ部屋で寝ると、大抵何かが起きると聞いたのだが、ジークはそんな事しなかった。
それは果たして自分に興味が無かったのか。
それとも彼は我慢していたのか。
前者だったら残念だが、後者だったらとても嬉しい。
それに彼が紳士なのは間違いない。
自分の命を救ったのだから抱かせろ。
そう言って言い寄るような者もいるだろう。
だけど彼はそんな事をしなかった。
やはり彼は良い人だったのだ。
今日は非常に良い朝。
窓からはどこまでも青い空が見える。
……ん?
窓から青空が見える?
昨日、確か寝る前にカーテンは閉めたはずだ。
しかし何故カーテンが開けてあるのだろう。
ジークが先に起きて窓を開けたのだろうか。
何か少し嫌な予感がする。
リエルは彼を探しに部屋を飛び出していった。
――――
彼はどこにもいなかった。
店主に話を聞いたが分からないと言っていた。
何もできずに私は部屋に戻って来る。
何故彼は突然消えたのか。
少しでも私に挨拶してくれても良かったのではないか。
やはり、いや所詮、彼は他の薄情で冷徹な男と同じでしか無かったのだろうか。
私の心にとある感情が渦巻く。それは負の感情。
彼に対する戸惑いと僅かな怒りだ。
私は無意識にため息を吐いていた、そして乱暴にベッドに座り込む。
そんな時、机に手紙とお金、そして謎の液体が入った小瓶を見つけた。それに近づいていく。
「……なんだこれは?」
机に置かれた手紙を拾う。
手紙にはリエルへ、と書かれていた。
リエルはそれを開けて呼んでいく。
書いた人はやはりジークだった。
内容は感謝と別れ、そして机に置かれているものの説明だった。
昨日出会ったばかりだけど仲良くしてくれてありがとう。リエルのおかげでこの街の事についてよく分かった。
何の連絡も無しに旅立ってごめん。
俺は俺のやるべき事をやる。
君は君のやるべき事をやるといい。
昨日君の事を誘った組織というのは、実は僕が所属する組織なんだ。
だけど君は断ると思っていたよ。
またこの街のどこかで出会った時は、ぜひ一緒に話し合おう。君の無事を祈っているよ。
そんな事が書かれていた。
私は膝を落としうずくまる。
「か、彼は…私のことを誘ってくれていたのか…」
リエルは泣きそうになる。
今までリエルは異性から疎まれてきた。
別に近づこうとしてた訳じゃないが、彼らはいつも私の事をうわさし離れていく。
少しリエルに優しくしてくれた男性もいたものの、自分の事を面白おかしく仲間に言っていたのを耳にした時は絶望した。
私はそんなに嫌われているのか、私はそんなに気持ち悪い存在なのかと。
そしていつしかリエルは男性を恐れるようになった。
出来るだけ男性に近づかないようにしたし、話さないようにもした。
だけど彼らは私の事を冷たい視線で見て、ふざけたようにあしらう。
あの連中、デス・フォールだってそうだ。
私たちは何もしていないのに、私たちの命を奪い、私たちの仲を切り裂いた。
あの時襲ってきたのも男たちだった。
いつしかリエルは苦手を超えて、男性嫌いにまでになった。
しかしそれは突然変わった。
自分の考えを変えてくれた人が、昨日現れたのだ。
それは誰でもないジーク。
彼は…ジークは、私の事を助けてくれた。
昨日会ったばかりの見ず知らずの私を助けてくれて、看護してくれて優しくしてくれた。
彼は男性だ。
助けてくれてもどこか頭の奥底では私の事を馬鹿にしてるんではないか、そう思っていた。
しかし違った。
彼はそのまま私を運んでくれて、一緒に食事もしてくれ、そして何より同じ部屋で一緒に泊まってくれた。
彼だけが、凍りついた私の心を溶かしてくれたのだ。
そう、彼だけが。
しかし今日の朝に彼は消えていた。
私は絶望した。
もしかしたら、どこかにいるのではないか。
もしかしたら、私を困らせようといたずらをしているのではないか。
何度そう願った事だろうか。
それでも彼は姿を現さなかった。
そして私の心に邪悪な考えが支配していった。
彼は私を嫌っていた他の男性と所詮は変わらなかったのだと。彼は私の気持ちを騙していたのだと。
そんな時にこの手紙見つけた。
私は涙が止まらなかった。
彼は私を騙してなどいなかった。
彼は彼なりに、一緒に来てくれるか誘っていたのだ。
自分はもはや何も言う資格が無い。
私は他の連中のように、彼を扱ってしまった。
彼はいつも私の事を心配してくれていたというのに。
今すぐ彼に謝罪したい。
……だけど彼に会える事はもう無い。
こんな広い都市で彼に会える可能性など、ほとんど皆無だ。彼だっていつまでこの都市に滞在するか分からない。
それに、私はもうすぐ死ぬ。
最近あの連中も私の居場所を特定するようになってきて、私の身に迫る危険は多くなってきている。
昨日だってそうだったのだ。
つまり私はもう彼に会えないのだ。
彼に謝罪できる機会も無いまま、彼にもう2度と会えないまま私は死んでいく。
死ぬのは怖くない。
ただ、彼に謝罪をしないで死ぬのは耐えられない。
リエルの瞳からは大粒の涙が流れていく。
……もしあの時、彼にその組織に入りたいと言っていれば、これからずっと一緒に入れられたかもしれない。彼にこの感情を、好きだという気持を、打ち明けられたかもしれない。
いや違う。
これで良かったのだ。
彼には謝罪したい。
しかし、彼と一緒になりたいと言えばそれは彼を危険に巻き込むという事。
彼を危険な目には遭わせたくない。
これでいい。
……これでいいのだ。
リエルは無理やり自分の感情を押し殺す。
彼は自分が生んだ幻想。
自分があの連中に殺される前に、神様がくれた最後の夢だったのかもしれない。
どちらにしろ、もはや私に後はない。
彼という希望を見せてくれた事で、私は悔いなく死ねる。たとえそれが今日の夜だろうと。
リエルは残ったお金と小瓶を見る。
手紙によると、このお金は宿代と夕食代のようだ。
それにしては随分と大金。
彼と私2人分合わせても余裕でお釣りが出るくらいの金額である。おそらく、彼の思いやりだろう。
次に小瓶だ。
これは手紙によると、私の事を守ってくれるおまじないと書かれてある。
やはり、彼は最後まで私の事を思ってくれていたのだ。
リエルの心にとても温かい気持ちが広がっていく。
「ありがとうジーク。
君と会えた事は私が死んでも忘れないよ」
リエルの心にもう迷いは無かった。
彼女はすぐさま支度をし装備を整えこの宿を出る。
彼の思いを、仲間の思いを、無駄にはしない。
そしてリエルは今宵、生死をかけた戦いをする事になる。
次回戦闘です。
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